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さて、今回【連動会議】に参加させていただき、『平和実現への道筋』というテーマで、私は「医療大国計画」という議題で記事を書かせていただきました。 そうして、今回の議事での結論というか、まとめを記事にしたいと思います。 のべ44件(私のコメも含め)もの意見をいただきました。 皆さんの意見はどれも貴重で、とても勉強になりました。 コメントにて参加してくださった皆様、本当にありがとうございます。 今回は定義は示すけれども、実現への道筋としての現実的な方法を語ることが主議題ではありますが、この定義自体への提言も多々あったので、まとめます。 ・人間の暴走をとめる手段としての武力牽制も必要ゆえに、武力がないのが平和という定義はおかしい。 ・戦争の反対は交流交渉。平和の反対は、無秩序。 こういう風に、武力による衝突がないことを平和と定義した「はるじおん」とはまた違う形の平和があり、そのうえで実現への道筋という部分をまとめます。 私の提言は、医療大国というような形で、他国に武力以外での存在感を示すことで国民の権利や自由を守るということ。 平和の定義はいろいろありましたが、この方策については、反対という感じの意見はなかった、としておきます。 問題は、本当にそれで武力放棄までいきつけるか、ではあるけれども、そういう方法で国際社会に影響力を持つ日本になるという部分では、多くの人が賛同しました。 また、キューバではこれも武力放棄はしていませんが、医療に力をいれることの重要さを国策としているという現実世界の話もでました。 さて、こういったシステム部分での道筋とは別に、人間というもののありかたについての提言もされました。 その本質ゆえに医療大国という形をとっても、他の形をとっても、どこかで崩壊する。 崩壊というより、ジレンマ。パラドックス。 ゆえに、人間という人種の未熟さを自覚したうえでの、意識改革でのバランスのとれた社会作りこそが平和への道筋であるという話がされました。 医療大国はそれで平和の一端をになうことは可能だが、武力放棄までは現実的には無理。 それらと市民の心の改革とをやっていくことによって、平和に近づく。 以上、こちらの議場ではこういう結論になりました。 今回連動で一緒に記事を提供してくださった sakura(M)さん、VAsaさん、琵琶さん、そして主催者ロマンチッカーnaoさん にあらためて、御礼申し上げます。 そして今回記事にコメントくださった
VAsaさん、雫さん、寅屋さん、わらべさん、ロマンチッカーnaoさんにもまた、あらためて御礼申し上げます。 |
連動記事
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ロマンチッカーnaoさんの提案する「同じテーマの記事を同時期に発表する」という企画が連動記事です。
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この記事は、連動会議として、下記に紹介する人たちと連動で記事を書いています。
タイトルは、同じですが、内容は、それぞれ個々で違います。
出来ましたら、下記に紹介した人のブログにも見にって頂き、どうか議論をしてください。
そして、よりその記事の主張が現実的に、具体的になるように、してあげてください。
そして、1週間後の19日、その会議は終了し、ブログ主は結論を出します。
翌日、この会議の議長が参加ブログの決議を受け、取りまとめの記事を出します。
どうぞ、ご参照下さい。
その上で、ご意見ございましたら、どうぞ、議長の取りまとめ記事にご意見たまわれれば幸いです。。
議長・ロマンチッカーnao http://blogs.yahoo.co.jp/romanticnao
「平和の定義」
1)武力と武力によって、争いが行われている(戦争・紛争)
2)武力によって、民衆の意思や自由が束縛される(専制政治・軍事国家)
これらがない世界、国。
それが平和なのだと考えます。
議題:「平和の実現」
私は平和とは、武力が必要となくなる世界、を実現させることと考えます。
どうしたら、武力が必要となくなるか。
私たちは、自分たちの権利を守りたいという当然の欲求を持っています。
国民の権利、自由を守ることこそ国家の役割といってもいいでしょう。
武力は、そのための手段として使われてきたし、国民も必要としてきました。
ゆえに、武力によらず国民の権利や自由を守ることができたら、そのとき武力が必要ではない世界がやってくるのです。
では、どうやって武力によらず国民の権利や自由を守れるか。
私は、たとえば「医療大国」になることによって、世界での地位を確立する方法、というのを提案します。
医療従事者に対する教育費に税金を投入すること、医療の細分化と同時に国家対策としての統一化。
まずは日本の国民が医療によって困ることがない国づくりをするのです。
そうして、日本の医療国家としての地位をあげ、世界に存在感を示したうえで、自衛隊を縮小します。
自衛隊も救助・医療・救急などの分野を突出して進化させ、武力というイメージがなくなり、救助隊のようなイメージを定着させるのです。
日本がそうして武力によらず平和な国を作ったとき、また医療で他国に影響力を与えられるようになったとき、他国も軍事力・武力の非生産性に気づき、軍力を縮小していくことになるのではないでしょうか。
以上が、はるじおんの提案する平和への道筋です。
平和の定義、医療という分野ということ、軍備を縮小するということなど、ご意見、反論などいただけると幸いです。
以下が今回の連動会議の記事参加者です。
はるじおんさん ひとりしずかに http://blogs.yahoo.co.jp/haruzion_blog
美人秘書さん 民衆革命・連動記事〜談話室〜 http://blogs.yahoo.co.jp/haru_zion_haha
sakura(M)さん sakuraのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/sakurad_d
ロマンチッカーnao 民衆革命・革命の十字架を背負う者たちへ http://blogs.yahoo.co.jp/romanticnao
VAsaさん Vision情報を見る『心』 http://blogs.yahoo.co.jp/asa_mi_26
琵琶 軍事費削って!5秒に一人、飢えで、命を落とす子ら http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/26535188.html
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この記事はロマンチッカーnaoさんの、連動記事企画に賛同して書かれたものです。
『愛』
愛、それはぬくもり。 ひえきった心を あたためてくれた。
愛 それはぬくもり。 この思いで あなたをあたためられるといいのに。
愛 それはぬくもり。 つたわるぬくもりが わたしとあなたをつなぐ。
愛 それはぬくもり。 それは鼓動 それは命。
そして わたしは そのぬくもりを 抱きしめる。
この記事は以下の方々と連動で書いております。
ロマンチッカーnaoさん・・民衆革命・革命の十字架を背負う者たちへ http://blogs.yahoo.co.jp/romanticnao
花凛さん・・花凛の憩いの部屋 http://blogs.yahoo.co.jp/karinn0807
AKARIさん・・のんびり、行こか。 http://blogs.yahoo.co.jp/tengenji_haku はるじおん・・ひとりしずかに http://blogs.yahoo.co.jp/haruzion_blog
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私はアホです。 |

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ブログ友・馬太郎さんのところで、「しきちゃん」という方への記事を書いていた。 それに影響され、私もしきちゃんさん宛てに記事を書こうと思う。 以前、彼女とコメント欄でやりとりしていたが、彼女はさよならも言わず書き込みに来なくなってしまったから。 彼女は自分が書くことが私への迷惑と考えたからかもしれない。 (単に私の意見が的外れでイヤケがさしただけという可能性もあるけど) なので、私はこの記事はコメント不可にさせてもらう。 そのかわり、議論用にも使えるようにと作ったブログのほうへ転載するので、コメントはそちらにお願い しようと思う。 しきちゃんも、もし見ているのなら、そちらにコメントくれたら嬉しい。 私は、「戦争や歴史認識や責任問題なんか、諸説いろいろ論争あるけど、そんな論争より、もっと大切な バカでもわかる感覚的なものがあるだろう(それが大切)」という意見。 そういう論争をするなではないけど、お互いが自分を正しいと言ったところで、全員一致にはならないし、不毛なだけだから。 けれども、しきちゃんさんは「天皇悪い」「日本人最低」などとても偏った意見を長文にて提示してきて、「いや、私はそれについて議論する気ないって言ってるじゃん?」って感じでした。 これはしきちゃんさん宛てのコメントにも書いたのですけど、しきちゃんさんのコメントは全て私に向けていっているものではなく、私のブログを通してそれをロムってる第三者へのメッセージと思えた。 なのでね、「私はちょっと私のこと相手してよ。私のブログなんだから」と言ったら、それからは書き込みに来てもらってません。 (「できれば500字以内」なんて制限つけたから、長文を要約するのに時間がかかってるだけかもしれないけど・・・んなわけないか!) 私は、別場所で彼女のことを「空気が読めないから」と表現しました。 私は自分の意見や思想を(曖昧模糊なものは別だけど)曲げたりすることはあまりないけど、その表現方 法やそれ以前の言う言わないという段階で自粛したりすることで、空気は読む。 だけど、彼女はどういうコメントを求められているかとかそういう空気を読む作業をせずに、とにかく自分の主張を繰り広げるということを、このブログ以外でもしているよう。 彼女は自身の日本批判の意見の中で次のようなことを言った。 「『日本はどうして嫌われるのか、なぜ嗤われえるのか』と問うてみることが大切」と。 これは日本が外交を行ううえで、相手が何を考え何を求めているか、相手は自分たちに何をしてくれて何をしないでいてくれるか、どうすれば相手を動かせるか、などいわゆる「空気読んだ」うえで相手を動かす方法を考えるべきだ、という私の考えと一致していました。 が、しきちゃんさんから見た日本と、私からみたしきちゃんさん(あくまで政治ではなくブログ表現としてだけど)は同じに見えました。 空気よめてない。 しきちゃんさんは、とにかく親しい人そうでない人関係なく大量の書き込みをするという特徴がありました。 また、しきちゃんさんの提供する情報はあまりにも偏っていて、単に日本の悪口を言ってるようにしか見えませんでした。 それがしきちゃんさんにとって正しい情報であるとしても、その情報を相手が受け入れ(この場合は読む)、さらには「なるほど、日本は反省しないと」と思わせるためには、客観性をにおわせる記事でないとダメだと思います。 案の定、しきちゃんさんの提供する情報を多くの人はハナから読もうとしていませんでした。 しかもしきちゃんさんは、その読んでもらえない理由を「自分は嫌われものだから」と結論づけていました。 「なぜ嫌われるのか問うてみろ」と日本を批判していたしきちゃんさんが、どうして嫌われているのか問おうともせず、どうしたら読んでもらえるかの工夫もせず、ただ自分の言いたいことを言ってるだけの状態に私はどうしても納得がいきませんでした。 私はそれまでも、長いしきちゃんさんのコメントに対して「長いよ」とは言わず、彼女よりも格段に短い返信をするという行動で、長いコメントの無意味さに気づいてほしいと願っておりました。 が、さすがに30連投されたときには、「短くしてください。短くしたほうがあなたの伝えたいことは伝わる」と言いました。 けれども、「迷惑なら私に労力を使わせる前に削除とかしてくれればよかったのに」と逆に怒られてしまいました。 しきちゃんさん、私はあなたへのコメント(この記事↑)をみてください。 こんなに、いやこれ以上、何倍も何十倍も頭の中にあり、それを文章にし、さらにいくつかの段落にわけ、1コメント500字以内になるように削り・・・・・その労力を使ったのですよ。 他人のブログへお邪魔する以上、自己主張よりもそうやった「コメントを整理する」という労力のほうが必要なのではないでしょうか。 読まれないのは、読む側が悪いのではなく、書く側の努力が足りないからではないでしょうか。 で、ま私はみっつの質問をし、ひとつの質問につき500字以内(1コメント)になるようにし、それをしきちゃんさんにも求めました。 が、それきりしきちゃんさんは来てくれていません。 さて、「空気を読む」ことにも関係しますが、マナーを守るということもとても大切です。 もしもゲームをしたいというときは、そのゲームのルールに従うというのが暗黙の了承です。 ブログに参加し、コメントするということは、人間関係のうえでのマナーを守るというのは大前提です。 国際社会だって、ルール無用の自己中心的な発言には耳を傾けてくれません。 ま、すくなくともそうであるべきです。 私も含め、複数のブロガーさんがしきちゃんさんに節度ある書き込みを求めました。 が、しきちゃんさんはそれを自身への攻撃ととったのか、「自分は嫌われものだから」と全く違う解釈をしているようでした。 それらのしきちゃんさんの反応をみていて、私はなんだか自分の息子をみているようでした。 うちの息子は厳しく叱られたときに「ボクのことキライなんでしょ?」とスネるんですよね、すぐに。 私にはスネているしきちゃんさんの姿が頭にうかびました。 私は息子がスネたときに言います「キライじゃないの知ってるでしょ?ママはあなたのことが大好きでし ょ?怒られたのはあなたが○○したからでしょ?」と。 だから、私も同じようにしきちゃんさんに「私はあなたとのやりとりを楽しんでいます。けれども、ブロ グが荒れないようにマナーは守ってください」という意図のことを伝えました。 が、それきりしきちゃんさんは来なくなってしまいました。 もしもしきちゃんさんが見ていらしたら、こんな記事をみて、さらしものにされたというように、お気を悪くされるかもしれませんね。 私も欠席裁判のような一方的な言い分だけの記事というのはイヤです。 内緒でもゲスブでもコメントをいただけると嬉しく思います。 残暑厳しい日々がつづきますので、体調などくずされませんように、ご自愛ください。 かしこ
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