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ことし一年を振り返れば、我々国会議員は「田母神」問題を、避けては通れないのではなかろうか。
それはつまり、文民統制問題と、村山談話問題にたどり着く。
「文民統制」こそ、自衛隊が政府の一員として暴走しないように、システム化された国家体制。
しかし、背広組と制服組との確執や、政権維持の思惑先行ばかりが、航空幕僚長にああいう論文を発表させてしまったのではないかと思われて仕方ない。
村山談話が、自社さきがけ政権時代の政治的副産物であることは、論を待たない。
その政治的副産物としての検証をこそ、もう一度立ち止まって検証しなければならないのではなかろうか。
でないと、村山談話に反論する者日本人にあらず、的な思想統制の空気が出来上がってしまうのではないかと危惧される。
なぜに戦後50年のアノ時に、社会党の代表が日本国家の総理大臣となって、歴史談話を出すに到ったのかが後世に伝わらない。
田母神さんですら、参議院での参考人質疑や、在職中の記者会見では何度も、
「私は、村山談話には反してはいない」
と、明言しているにもかかわらず、ほとんどのマスコミ機関は、その発言を封じてしまい、報道しなかった。
意図的な世論リードを感じてしまったのは、私だけだろうか。
自民党内か、社民党内か、さきがけ関係者か、あるいは、国会内のどこかの機関で、
「村山談話成立の事実関係と背景」
について、検証しておくべきではなかろうか。
実際にその文言を調整した人や、国会決議(衆議院のみ)に携わった方々の見解を検証しておかねばならぬはず。
でないと、誰も村山談話に異論すら挟めない国会になってしまうのではなかろうか。
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