衆議院議員 馳浩の赤じゅうたん雑記

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赤じゅうたん雑記

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衆議院議員馳浩の赤じゅうたん雑記をご愛読の皆様
2008年12月31日をもちましてこのブログの更新を終了いたします。

今後は公式WebSite http://www.hasenet.org
にて引き続き日記を更新いたします。

永らくご愛顧ありがとうございました。

                          馳浩

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12月31日

 教え子の田中章仁君こと、「キン二ク万太郎」選手、総合格闘技デビュー戦。
 対戦相手はボブ・サップ。
 埼玉スーパーアリーナでのテレビ中継アリ「DYNMITE!」のデビュー戦。
 ここで勝てば一躍スター。
 しかし、世の中そんなに甘くはなかった。

 敗因はマスク。
 総合格闘技でのマスクは、想像以上にハンディだった。
 視界がさえぎられること、スタミナが奪われること、つかまれやすいこと、などなど、何もプラスに働かなかった。

 ゴングが鳴るまでに「役割」は果たしたのだから、ゴングが鳴ったと同時に外せばよかったのに。
 俺がセコンドについていれば、強引にでも脱がせたのに・・・・セコンドにつかなかったことの唯一の反省がある。
 あの、全身を覆うコスチュームも、無駄。
 つかまれやすく、動きが鈍るし、スタミナがロスする。
 あれで田中も、いかにプロレスのマスクマンが、体力を必要とするかがわかっただろう。

 しかし、負けた試合にも、きらりと光る動きはたくさんあった。
 あのボブ・サップを相手にでも、片足タックルから倒したし、小外掛けで倒したりと終始優勢であったことは事実。
 グランドでの押さえ込みもさすがだった。
 ボブ・サップに、何もさせなかったのだから。
 しかし、力づくでひっくり返されてからがまずかった。
 がぶられたときに、マスクがずれて万事休す。
 顔面を殴打されたら、ひとたまりもなかった。

 今後は、スタンドからグランドへ移行してからのポジショニングと、極め技修得と打撃だろう。
 随所に可能性を感じさせた総合デビューでもあった。
 来年の再出発を期待したい。

12月30日

 ことし一年を振り返れば、我々国会議員は「田母神」問題を、避けては通れないのではなかろうか。
 それはつまり、文民統制問題と、村山談話問題にたどり着く。
 「文民統制」こそ、自衛隊が政府の一員として暴走しないように、システム化された国家体制。
 しかし、背広組と制服組との確執や、政権維持の思惑先行ばかりが、航空幕僚長にああいう論文を発表させてしまったのではないかと思われて仕方ない。
 村山談話が、自社さきがけ政権時代の政治的副産物であることは、論を待たない。
 その政治的副産物としての検証をこそ、もう一度立ち止まって検証しなければならないのではなかろうか。
 でないと、村山談話に反論する者日本人にあらず、的な思想統制の空気が出来上がってしまうのではないかと危惧される。

 なぜに戦後50年のアノ時に、社会党の代表が日本国家の総理大臣となって、歴史談話を出すに到ったのかが後世に伝わらない。
 田母神さんですら、参議院での参考人質疑や、在職中の記者会見では何度も、
 「私は、村山談話には反してはいない」
 と、明言しているにもかかわらず、ほとんどのマスコミ機関は、その発言を封じてしまい、報道しなかった。
 意図的な世論リードを感じてしまったのは、私だけだろうか。
 自民党内か、社民党内か、さきがけ関係者か、あるいは、国会内のどこかの機関で、
 「村山談話成立の事実関係と背景」
 について、検証しておくべきではなかろうか。

 実際にその文言を調整した人や、国会決議(衆議院のみ)に携わった方々の見解を検証しておかねばならぬはず。
 でないと、誰も村山談話に異論すら挟めない国会になってしまうのではなかろうか。

12月29日

 4時23分起床。
 いつも思うのだが、今年は、よっぽど疲れていない限り、毎日4時台には目覚めていた。
 早寝 早起き 朝ごはん!
 自分が副大臣時代に提唱された国民運動だが、別に国民運動だから、どうということはないのだが、やっぱし早起きは気持ちいい。
 電話もかかってこないしメールも来ない。
 新聞記事や、ニュースチェックをし、前日の国会資料に目を通し、はせ日記を書きながら、今日一日のことを構想する。
 時間が余れば読書も出来るし、散歩も出来る。
 国会議員となって、一人沈思黙考する時間がなかなか取れなかったのだが、よ〜〜く考えれば、早朝があったわけだ。

 今年は石川県内での朝起き会にも66回参加し、倫理法人会MSにも20回近く参加した。
 必然的に平日も早起きが身についたわけなのであるが、やっぱり早起きはいい。
 当然、夜9時を過ぎると、眠くて、眠くて、仕方ない。
 昔のように?午前零時を待つことは、ほぼ不可能になったし、片町をはしごすることも、年2.3回になった。
 夜遊びに誘われることもあるが、やんわりとお断りできるようになったし、やむをえないときには1次会で帰ってくる。
 そうやって、お断りするという勇気も出てきた。
 不義理をしているお店やママもいるので、なんとか一杯だけでも飲みに行きたいのであるが、選挙前はなかなか出歩けず来年も無理そうかな。

 それに、体力の回復力も確かに以前と違ってなくなったので、無理をしないこともあるが。
 健康第一だし、朝早く起きてニュースチェックしながら、いろんなことに思いを馳せる時間が、貴重に思えてならなくなってきた。
 わずか2時間ほどではあるが、朝の2時間は、昼間の5時間に匹敵するような気もする。
 それほど集中力が高まって、アドレナリンがでまくっているような気がする。
 社説を読み比べているので、思考回路が働き続けていたのかもしれない。
 つらつら考えてみると、今年の国会運営の最大の分岐点は、「つなぎ法案」の取り下げだった。
 あのとき、議長提案を信じたのが、ミスを呼び込み、あとあとまで響くことになった。

 それに続くミスは、平成20年度予算の衆議院での強行採決だった。
 あのとき、民主党の言う通りに、3月第1週に採決していれば、被害は最小限で終わったかもしれない。
 ガソリン税暫定税率値下げから政局も、地方自治体財政も、GS経営も、混乱は拡大したし、日銀総裁人事の約束も反故にされたし 福田総理の辞任の遠因ともなったし。
 あのとき、つなぎ法案を取り下げていなければ、「ガソリン解散」という小沢戦略は抹殺できたし、当然、そうなれば小沢さんの民主党内の求心力も抹殺できた。
 さらに、予算を衆議院で片肺強行採決しなければ、まだ民主党をつなぎとめて置けたかもしれない。
 でも、国会運営に「たられば」はない。

 それをあえてしなかった伊吹幹事長の判断を、いつの日か聞いてみたい。
 信じきった議長あっせんは万能ではなかったということ。
 つなぎ法案を取り下げた直後の幹事長室で、伊吹幹事長は、二人きりになった私に、どうして取り下げたんですか、信じていいんでしょうか?と尋ねる私に、
 「ここで小沢を追い込んではならないんだ、小沢は民主党で唯一、権力とはどういうものかを知っているからね!」
 と、腕組みして語っていたが。

 参議院の江田議長の判断が悔やまれるも、後悔先に立たず。
 それが、秋の臨時国会の終盤の判断(第2次補正提出は通常国会冒頭に先送り=民主党の一事不再議戦略警戒)につながっているのだが。
 国会運営の一つのミスが、政局を大きく動かすという典型的なミスだったような気がする。
 そういう反省を糧にして、1月5日からの通常国会に臨んで行かなければならない。

 午前8時に野本正人市議を迎えに行き、朝の街頭演説。
 野町広小路交差点〜有松4丁目交差点。
 快晴。
 仕事に向かう方は意外と多く、また、部活動なのか、塾なのか、学生さんも多かった。

 ・ 雇用対策(団塊世代と子育てママ)
 ・ 連合の運動方針への疑問(春闘ベア9000円よりも、ワークシェアリングが優先では)
 ・ 福祉と環境と教育と〜新たなる成長産業としての雇用の受け皿〜
 ・ ips細胞研究、宇宙開発、スーパーコンピューター、海洋開発、ナノテク素材開発など、科学技術こそ成長戦略の基盤
 ・ 定額給付金の財源

 ・ 消費拡大の起爆剤
 ・ 金は天下の回り物
 ・ 通常国会冒頭の政局
 ・ 3月決算期と、6月の法人税支払い時期の乗り切り方
 ・ 税法処理
 など、出来る限りわかりやすく気合を入れてお伝えする。

 野本さんが口角泡を飛ばして
 「民主党に政権を任せられない!」
 と、力説されるので、
 「せっかくの街頭演説ですから、民主党や奥田さんのことを話さないでください。 売り言葉に買い言葉の議論となりますから。 人の悪口をいわないのが私の主義ですし、そんな時間はもったいないです。 相手のことを言う時間があったら、野本さんが地元の三馬や弥生や野町の地区のために、金沢のために、どんな対応や取り組みをしているかとか、市議会の議論とかを前向きに話してください!」
 と、お願い申し上げる。

 街頭演説は、誰も聴いていないようでいて、実は誰かがどこかで必ず聞いている。
 人のことをあれこれ言うよりも、自分のやっていること、自分のビジョンはどうなのかをこそ、的確一語で伝える情熱こそが、はせ浩政治スタイル。
 そして、文句や怒りをぶつけてくださる方には、聞き役に徹し、誤解をもたれている場合は、それを説明するのが、もう一つの、はせ流スタイル。
 その方針をご理解いただく。

 できれば、市議や県議の皆さんが、はせ流スタイルで演説しやすいような「ポケット演説資料集」を、準備しておかなければならないかもしれない。
 皆が皆、このはせ日記を読んでいるわけでもないし、それに、このはせ日記に書かれていることはほんの一部。
 書けないことの方がたくさんある。
 それに、自分のプロフィールや、今まで取り組んできていることや、これからやりたい政策や、どういう国づくりを目指しているかを、体系立てて冊子にしておいたほうが、一番身近にいる市議や、県議の皆さんにはわかりやすいし、自分の言葉で語っていただける。
 今まで14年近い付き合いがあるが、それでも、それぞれの議員さんに、それぞれの馳浩像があるのだろうが、おそらく、まだまだ知らない、はせ浩像もある、はず。
 そういう埋もれた部分をわかっていただく資料を提供することも必要だ。

 午前9時より、いつもお世話になっているJ社にて、恒例の朝礼に参加させていただき、年末のお礼ご挨拶。
 ことし一年の感謝を申し上げ、「変」よりも「縁」の話をさせていただく。
 M社長に、感謝のお礼を申し上げ、次の日程へ。

 9時半より、北陸中日新聞 金沢本社へ。
 臨時国会終了のご挨拶。
 と、いっても、1月5日には通常国会が始まるのであり、当然、新春国会の展望や解散総選挙に向けての心構えも申し上げる。

 10時過ぎには、金石町の故・竹松さん宅 弔問。
 一昨日葬儀が終わったばかりで、まだご主人のいないことが実感できない奥様と、ご長男夫妻と懇談させていただく。
 故人の思い出話に花を咲かせ、合掌。

 終了後、小松空港へ。
 午前11時35分のJAL機で、羽田空港へ。
 自宅でおりんさんをピックアップし、妻の待つ恵比寿へ。
 年末年始の買出しのお供。
 仕事帰りの妻も疲れている様子なので、というか、夫婦そろってせっかちなので、てきぱきと、あれこれと、買出しをして自宅に戻る。

12月28日

 3時起床、シャワーを浴びて着替えて、町岡秘書運転の車で出発。
 今朝は門前支部へ。
 昨日と同じく、北上するにしたがって、雪。
 まだ真っ暗闇にもかかわらず、雪の能登は白い。

 5時前に門前支部に到着。
 出迎えてくださった皆さんは、本当に溌剌として声が大きい。
 県内でも高齢化率はナンバーワンの旧門前町。
 しかし、その年齢を超えた若さたるや、間違いなく青春度ナンバーワンの町とも言える。

 演談でさっそく一句。
 ・ 年の暮れ 大きな声で 長生きし
 昨年、震災のときに視察で何度も訪問したが、そのときの(嘘か誠か)エピソードが蘇る。

 「ところで、青年部長、おいくつでしょうか?」
 「青年部長72歳、壮年部は80歳から。 老人クラブなんてのは90過ぎてから。」
 この勢いの前では、今朝参加してくださった市議も、まだまだかなわない。
 西めぐみ市議、玉岡議長は小さくちじこまっているような雰囲気。
 皆さんの元気さにあてられるように、演談させていただく。

 ・ 終末期医療の問題点
 ・ 自然死の選択肢
 ・ いかに前向きに死ぬか
 ・ 今年66回目の参加
 ・ 県内全支部に参加
 ・ 「が」と「も」人が嫌がることは「私が」と率先して。 人に喜ばれることは「私も」と謙虚に
 など、演談させていただきながらも、皆様の溌剌さに、逆に多くのことを学ばせていただく。

 終了後、金沢に直行。
 午前7時40分には金沢エクセルホテル東急前に到着し、街頭演説。
 ・ 年末年始の政治情勢
 ・ 第2次補正予算と来年度予算を成立させる意義
 ・ 定額給付金
 ・ 対話の政治
 ・ 官僚政治の打破=議員立法
 ・ 雇用対策
 などについて、お話させていただく。
 早朝ではあるが、信号待ちの皆さんや、行きかう車やバスの中から多くの激励をいただく、感謝。

 午前8時より9時半まで、金沢選出・市議・県議と、政局懇談会。
 国会情勢を報告。
 選挙情勢を情報交換するも、やはり、強い地域と、そうでない地域へのてこ入れについて、明確に戦略を立てるべきであると再確認。
 やはり市議・県議の皆さんは地べたに張り付いた選挙をしておられるのであり、充実した意見交換をさせていただく。
 また、「犀川浅野川(支流)治水対策協議会」発足について原案了承する。

 せっかくなので、こういう協議会を立ち上げる以上は、第2次補正予算や来年度予算編成で、治水対策予算をどういう規模で編成しているかを、岡田政務官に資料をいただいて、周知徹底すべきであると提案し、政務官に了解いただく。

 午前10時より、千坂校下ご挨拶回り。
 お昼ごはんも食べず、2時間、田中展郎市議にご同行いただいて、みっちりとご挨拶回り。
 感謝。
 暮れの大掃除をされていたり、餅つきをされていたり、思い思いの年の暮れの日曜日をお過ごしだった。

 午後1時には、福田太郎市議宅を訪問し、暮れのご挨拶。
 そして、テルメでの某社の忘年会訪問し、挨拶させていただき、ホテル金沢に午後2時ちょうどに滑り込み。
 山下としまさ君、結婚披露宴にご招待をいただき、参加させていただく。
 星稜高校野球部〜専修大学準硬式野球部と主将を務めた逸材。
 現在は、稲置学園金沢星稜大学教務部勤務。
 生真面目で、野球一筋の好青年。
 ご夫人とは、星稜高校時代の同期生とか。
 星稜高校野球部総監督の父君も、今日ばかりは披露宴参加者に頭を下げっぱなし、というより、美しい嫁さんに愛好を崩しっぱなし。
 本当に嬉しい結婚披露宴。

 午後4時半から6時まで、馳事務所ミーティング。
 今年一年の反省と、来年いよいよ大勝負への気構えのミーティング。
 選挙戦略再確認。
 とりわけ、3月いっぱいまでの日程調整が重要であり、詳細に打ち合わせをする。
 と、同時に、さらに年末年始のご挨拶回りを、限られた時間を有効に使えるようにと打ち合わせ。

 午後6時より「青柳」。
 いつもお世話になっている伊藤さん2度目の退職お祝いの会&事務所納会忘年会。
 もちろん明日も早朝より仕事はたんまりあるのだが、今年一年、ひたむきにがんばった秘書一同に労いの乾杯。
 また、42年間、一筋に仕事に打ち込んできた伊藤さんに乾杯。

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