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橋沢高広 創作日記
横浜市鶴見区在住。「自称・小説家もどき」が綴る創作活動等のブログです。

書庫【小説】鶴見広告制作社

【小説】鶴見広告制作社

 神奈川県横浜市鶴見区内にある「鶴見広告制作社」。
 ここでは、地域交流を目的とした〈非営利な活動〉を支援する為のフリーペーパーである『Info《インフォ》 鶴見』を発行していた。
 その紙面で急遽連載が決まった『鶴見線の駅案内』の制作に、発行元である鶴見広告制作社以外の人間が携わる事になったのだが……。
 
 この『鶴見広告制作社』は二部構成となっており、その第一部が『鶴見線の駅案内』になります。
 第二部は現在、執筆中。取材箇所が多い為、中々筆が進んでおりません。脱稿までには、かなりの時間が掛かりそうです。
 
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外伝:和倉三姉妹の正月 後編

 

「ところで、二美、私としては物凄く気になる事があるんだけど!」

 一美が発した、その言葉で二美の表情が強張《こわば》る。内心、(『雅隆』の話題に触れる気ね)と考えつつも、(いつまでも黙っていられる話でもないし……)という諦めの意識もあった。

「二美! 彼氏、いるの? この件に関して、美奈に尋ねたら、『その話はフミ姉《ねえ》から直接聞いて!』と逃げられたんだけど!」と言って、美奈の顔を見る。その顔には明らかな〈敵意〉が表れていた。そこには、「何故、二美の事……、彼氏の件について話そうとしなかったの!」という怒りの感情も含まれている。

 一美の鋭い視線を浴びながら、美奈が静かに口を開いた。

「その人の事をフミ姉から紹介された時、『友達』という言葉を使ったけど私は、『彼氏に違いない!』と思ったのも事実。でも、これはフミ姉の問題であって、私が〈とやかく言う〉立場にないのは、カズ姉にも理解出来るでしょう?」

「まぁ、それは、そうだけど……」と言って、一美は、その鋭い視線を二美に向ける。間髪を入れずに二美が、「前にも言ったけど、あいつ、彼氏じゃないから……」と言葉を発した。

「嘘!」と今度は一美が口を挟む。

「二美、あんたは普段、『あいつ』なんて言葉、絶対に使わない。それにも関わらず、あの時……、いや、今もそうだけど、二美は何の躊躇《ためら》いもなく、『あいつ』と言ったわ。これは、かなり親密な関係にある男性と捉えた方が自然じゃないの?」

 そう言いながら、一美は焼酎のペットボトルを手にし、空になっていた自分のグラスに〈なみなみ〉と注いだ。

 この焼酎のアルコール度数は二十五度。ジンやウオッカ等の〈強い酒〉と比べれば、その度数は低いが、それでも、かなり強い酒である。その〈なみなみ〉と注がれた焼酎を一美は一気に三分の一程、喉に流し込んだ。

 その様子を見ながら美奈は、(カズ姉、荒れ始めたな……)と思ったが、様子見を決め込む。

 一方、二美は涼しげな表情を浮かべ、「まぁ、『彼氏』だと思いたければ、それで構わないけど……」と言って、続きを話した。

「あいつ……、石和雅隆《いさわ・まさたか》という名前なんだけど、城崎印刷製本に印刷用の紙等を納品する霧島運輸のドライバーをしているわ……。彼の担当先として城崎印刷製本が含まれていたから、それで二人は知り合った。正直に言えば、プライベートで会っているのも確かよ。でも、ほとんど仕事の話しか、しないのよね……。しかも、その場所はファミリーレストラン。あいつ、トラックのドライバーという事もあって、普段、アルコール類は口にしないんだ。ある時、いつもの通り、ファミリーレストランで、あいつと会っていたら、そこに美奈さんが現れ、『この方、どなた?』という話になって、美奈さんには紹介したという訳……」

 ここで一美が口を挟んだ。

「二美の彼氏って、運転手なんだ……、そうすると、〈車好き〉?」と、本題とは異なる部分で一美は〈喰い付いて〉しまう。彼女にしてみれば、二美の話を聞き、(ファミレスで会っている様では〈深い仲〉では、なさそうね……)と認識する一方、普段の彼女なら、もっと〈突っ込んだ〉思考をするのだが、今は〈酒の席〉。かなりの量を摂取したアルコールによって、正常な思考が困難になっていたのも事実である。

 その上、一美は車好き。ある理由があったものの、ドイツ製のカブリオレに乗っているのも、その為だ。

「二美の彼氏って、普段、どんな車に乗っているの? ドライバーを職業にする程だから、車好きなんでしょう?」

 その言葉に二美は、(変な方向に話が進み出したわね……)と思いながらも、その質問に答える。見た目は〈素面《しらふ》〉の二美も、かなりのアルコールを摂取し、正常な思考が難しい状況となっていたのだ。

「それがねぇ……、軽自動車なのよ。『足として使うなら、これで充分』という、あいつの言い分も解るけど……」

「えっ、そうなの! 軽自動車かぁ……、少し驚き! 別に、軽自動車が〈悪い〉という訳じゃないけど……」

 二人の会話が〈変な方向〉へと進み出した事を美奈も感じている。一方、〈車の話〉は妙に盛り上がっていた。

(あれ?『フミ姉の彼氏』という根本的な話は、どうなったの?)と美奈は思いながら、焼酎が入ったペットボトルに視線を向けた。気が付けば、既に残りが四分の一程度になっている。しかも、ダイニングキッチンの片隅に、もう一つ、四リットル入りの焼酎が置かれている事にも彼女は気付いていた。

(二人共、呑み過ぎよ! しかも、まだ呑む気だわ……)と考えつつも、美奈はテーブルの上にあるペットボトルを手にし、空であった自らのグラスに〈なみなみ〉と焼酎を注ぐ。そして、そのままの状態で口に運んだ。

 この様にして、和倉三姉妹の「初呑み会」は、夜遅くまで続くのである。

 

鶴見広告制作社 外伝(了)

 

 

外伝:和倉三姉妹の正月 前編

 

 三年前……、美奈が二十歳になった年から、和倉三姉妹は一月二日の昼頃に集まり、三人揃って初詣に行く様になった。訪問する神社は京浜急行の鶴見市場《つるみいちば》駅に近い「熊野神社」である。

 

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 この神社を初詣の場所として選んだのは、一美が住むマンションから近いという、それだけの理由に過ぎない。初詣を終えた後、和倉三姉妹だけで行われる「初呑み会」の会場が一美の部屋だったのだ。

 はっきり言ってしまえば、三姉妹にとって、初詣よりも初呑み会がメインである為、三人は〈晴れ着〉を着用せず、普段、プライベートで着ている服で集まるのが恒例となっている。

 熊野神社から戻ると一美の部屋では既に〈呑む準備〉が整っていた。最初に口を開いたのは次女の二美である。

「今年も焼酎……、しかも、四リットルのペットボトルに入った焼酎を、そのままテーブルの上に置くというのは、どうなのかしら?」

 その言葉に長女の一美が応じる。

「どうせ最後は〈酒の味〉が判らなくなる程、呑むんだから構わないじゃない。それに、最初の一杯は、ちゃんと、〈純金粉入りの日本酒〉を用意しているんだから!」と言って、金粉が入った吟醸酒の一升瓶もダイニングキッチンのテーブルに置いた。

 そのテーブルには〈つまみ〉となるものが用意されていたが、全て近くのスーパーで購入したものである。それを見た三女の美奈が、「今年も出来合《できあい》のものね……」と呟く。間髪を入れずに一美が言葉を放った。

「私、料理、出来ないもん!」

「一美さん、偉そうに言ったけど、それは自慢にならないわよ」と、二美が呆れた表情を浮かべ、釘を刺す。

 それを無視する様に一美は、「まぁ、正月なんだから、細かい事は気にしない!」と言って、日本酒が入った一升瓶の栓を開け、各々の前に置かれたグラスに注いだ後、「後は、手酌で!」と告げた。三人はグラスを手にする。

 一美による、「今年も宜しくお願いします。では、乾杯!」との発声に続き、二美も美奈も、「乾杯!」と声を上げ、三人共、一気に日本酒を呑み干す。そのグラスがテーブルに置かれるのと同時に三人は、何の躊躇もなく、しかも、一斉に一升瓶へと手を伸ばした。三人の動きが一瞬、止まる。

「もう、しょうがないわね……」と声を上げた二美が、その一升瓶を手にし、各々のグラスに日本酒を注いだ。その光景を見ながら、美奈が呟く。

「本当に酒豪の集まりなんだから……、和倉三姉妹は……」

 

 三人が呑み始めて、一時間後。既に日本酒の一升瓶は空である。三人は四リットルのペットボトルに入った焼酎で水割りを作り、好き勝手に呑んでいた。この頃になると、酔いも心地よく回り出し、その会話も弾み出す。

「でも、去年は、二美と美奈のお陰で助かったわ。正直に言って、二人がいなければ、『鶴見線の駅案内』は、成功しなかったと思う。特に、二美が提案してくれた〈モノクロのイラスト〉は、かなり評判なのよ。転載許可を求める依頼も何件かあったわ。まぁ、最初は色々とあったし、二美に、『デザイナーとしても、編集長としても失格と言わざるを得ないわ!』と言われた時は、怒りと共に敗北感も覚えたけどね……」

 ここで二美が口を挟んだ。

「私としては、美苗《みなわ》さんの存在に驚かされたわ。特に『海芝浦駅の紹介文』に関しては〈完敗〉。あの後、美苗さんが書いた紹介文を全て読み直したんだけど、どれも上手い文章なのよ。目安として、三百二十文字以上、三百五十文字以下という文字数制限の中で、あれだけの事が書けるのには恐れ入ったわ。その裏には、美奈さんの存在を忘れては、ならないのも確かね」

「私は何もしていないわ……」と言ってから、美奈が話を続ける。

「鶴見線の各駅を取材中、私は美苗ちゃんの話を聞いていただけ。でも、その時、『この娘《こ》、凄いかも……』と感じる事は何度もあったわ」

「美奈さんは、そう言うけど、美苗さんの〈力〉を発揮させる〈裏方〉の役割を、していたんじゃないの? まぁ、それは『結果として』という但し書きが付くかも知れないけど……」

「私を含め、鶴見広告制作社としては、美苗ちゃんにも感謝しているわ。でも、二美と美奈のお陰で、今日、こうして〈美味しいお酒〉が呑めるのも事実。『鶴見線の駅案内』に関しては色々とあったからね」

 そう言った一美の顔には安堵の表情が浮かんでいたが、次の瞬間、その瞳に鋭い眼光が走った。

 

 
第一部 鶴見線の駅案内(最終回):『Info《インフォ》 鶴見:第五十八号』発行!
 
 美苗《みなわ》が企画、提案した『鶴見線の駅案内』の『番外編』は、鶴見広告制作社の編集会議で満場一致という結果を経て実行に移された。同時に「海芝浦駅の紹介文」は「修正なし」で決着する。
 美苗に依頼する『番外編』の文章は三百二十字程度と決まり、彼女は早速、文章の作成に着手、完成させた。
 
 十一月中旬の土曜日。美奈と美苗は鶴見区内に店舗を構えた、お洒落なイタリア料理店を訪れる。そこは一美が贔屓《ひいき》にしている店でもあった。一美から、「今までのお礼、二人で楽しんで来て」と言われている。
 その一美は実質的な〈年末進行〉の真っ只中《まっただなか》。「ちょっと一杯」という訳にはいかず、二人だけで〈お疲れ様会〉を開く事になったのだ。もちろん、その費用は〈一美持ち〉である。
 和倉三姉妹は例外なく酒豪であった。美奈としては、(本格焼酎が呑める店が良かったな……)と思ったが、美苗が相手では、お洒落な店の方が良い事も充分に理解している。
 量は呑めないが、美苗もアルコールを嗜《たしな》む事が出来た。『鶴見線の駅案内』の取材を通して、かなり親密な関係を築いていた二人は、口にしたワインの力もあり、他愛もない話で盛り上がる。
 特に二美の彼氏に関する話題に美苗は喰い付いた。彼女にしてみれば、和倉三姉妹の中でも一番性格が〈キツイ〉と紹介され、その一端を実際に知る事になった二美の彼氏が、どの様な人か気になったのである。
 一方、美奈は美苗の兄に興味を持つ様になっていた。美奈にも彼氏はいない。そして、欲しいとも考えていた。そこに美苗から絶対の信頼を得ている〈彼女の兄〉という存在を知ってしまったのだ。気にしない方が不自然とも言えよう。あわよくば、その兄を紹介して貰おうと考え、この場に臨んだのも事実である。
 しかし、その期待は呆気なく打ち砕かれた。
「兄、彼女がいます。しかも、兄にも負けない〈鉄道好き〉なのです」
(うわー! 鉄道好きの彼女か……。これは無理だわ……)と諦めの感情が美奈の身体《からだ》全体を支配したものの、同時に、(お兄さんに対する彼女の存在を認めているなら、ブラザーコンプレックスの筈はないわね……)と妙な部分で納得してしまう。
 この日。私的な面でも意気投合し、更なる〈良い関係〉を築いた二人は以後、長い付き合いをする事になった。
 
 十一月二十日。『Info《インフォ》 鶴見 第五十八号』の原稿が城崎印刷製本に入稿される。そこに記載された『鶴見線の駅案内』の『番外編』に誰よりも早く目を通す人物がいた。和倉二美である。そして、「良く出来ているじゃない」と呟き、微笑む。その時、二美の脳裏には美苗の顔が浮かんでいた。
(間違いなく〈キレ者〉よね。彼女……)
 
 十二月一日。『Info《インフォ》 鶴見』の十二月号が発行された。
 
Info《インフォ》 鶴見 第五十八号』
【連載コラム:女子大生が紹介する!「鶴見線の駅案内」 番外編 海芝浦駅から見た初日の出】
 海芝浦駅のホームは南東側に京浜運河がある為、視界が開けた恰好となっています。その先には埋立地である扇島がありますので、海から昇るという訳には、いきませんが、海芝浦駅のホームから、初日の出を望む事が出来ます。なお、元日の朝は特別に海芝公園も解放されますので、ここからも初日の出を見る事が出来ます。
 海芝浦駅から初日の出を見る時は、鶴見駅発六時三〇分発の海芝浦行き電車に乗って下さい。日の出時間が関係して、この電車以外では、海芝浦駅から初日の出を望む事が出来ません。
 今年は見られませんでしたが、晴れていれば、この様な初日の出を見る事が出来ます。もし、来年の元日が晴れる様でしたら、是非、一度は海芝浦駅から見た初日の出を体感してみたら、いかがでしょうか?
(文・撮影者:芦原美苗)
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 その記事……、『鶴見線の駅案内』は、通常連載の「海芝浦駅」と共に、番外編の「海芝浦駅から見た初日の出」も、これまでにない反響を得たのは言うまでもない。
 
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鶴見広告制作社 第一部 鶴見線の駅案内(了)
 
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第一部 鶴見線の駅案内:新たなる企画 その二

 

 そして、美奈は何の躊躇もなく、「彼氏と?」という言葉を付け加えた。それに即応したのは一美である。

「二美って、彼氏いたの!」

 驚愕の表情が一美の顔に浮かぶ。しかも、それは〈最大級の驚愕〉であった。それに対して、美奈が冷静に応じる。

「あれ? 知らなかったの? フミ姉《ねえ》の彼氏……」

 ここで二美が口を挟む。

「あいつ、彼氏じゃないから。まぁ、友達には違いないけど、彼氏という関係じゃないわ」

 二美は否定したが、彼女が発した、「あいつ」という言葉によって、その人物が二美の〈彼氏〉である事を一美は痛感する。

(二美、『あいつ』なんて言葉、普段は絶対に使わない……)

 そう考えた瞬間、二美が、「その話は関係ないでしょう」と言いつつも、〈彼氏〉の話題を切り出した美奈には視線を向けず、美苗《みなわ》の顔を見て話し始めた。

「美苗さんとしては、季節限定の話題を『Info《インフォ》 鶴見』で提供、しかも、『鶴見線の駅案内』の記事として、海芝浦駅を紹介する号で初日の出の話題を提供すれば、読者の〈喰い付き〉が違うと考えた訳ね」

 その言葉に美苗は、「そうです。更に初日の出の写真も掲載すれば、その効果は、より大きくなるのでは、ないかと考えています」と即答した。

 二美に彼氏がいたという〈衝撃の事実〉に支配されながらも、そこは『Info《インフォ》 鶴見』の編集長である一美。

「その企画、貰ったわ!」と声を上げる。だが、次の瞬間、二美が疑問を呈《てい》した。

「美苗さんの企画、私も素晴らしいと思うけど、その肝心な〈初日の出〉の写真は誰が用意するの? 十二月一日に発行される『Info《インフォ》 鶴見』に〈来年の初日の出〉は掲載出来ないわよ」

 一美は落胆の表情浮かべた。しかし、その顔を〈歓喜〉へと変化させる言葉を美苗が放つ。

「去年、撮影したもので構わなければ、海芝浦駅から見た初日の出の写真があります。私、撮って来ました」

「その企画、貰ったわ!」と一美は先程と同じ言葉を口にする。しかも、この瞬間、彼女の脳裏には具体的な紙面さえ想像出来ていた。

(写真のサイズは、美苗ちゃんが描かれたイラストと同じ大きさ。本来、紹介文が掲載されるスペースには、少し大きな文字で『海芝浦駅から見た初日の出』とタイトルを打ち、簡単な紹介文を彼女に書いて貰う。そして、撮影者の名前にも『芦原美苗』の文字を入れれば、『鶴見線の駅案内』は完璧な有終の美を飾れるわ!)

 嬉々とした表情を浮かべた一美は美苗に対して、「文字数は後で調整するけど、海芝浦駅から見た初日の出の紹介文を書いてくれない? おそらく三百文字程度になると思う……」と言ってから、今、頭の中で浮かんだ企画記事の概要を三人に話した。

 紹介文の件に関して、美苗は了承する。それは、まだ〈企画段階〉であったが、『Info《インフォ》 鶴見』の第五十八号が抱え込んだ問題に対して、目処が付いた瞬間でもあった。

「上手く話が纏《まと》まった様じゃない」と言って、二美はテーブルの上にある自らが口を付けた、お茶のペットボトルを手にし、「もう、私は、お邪魔なだけだろうから、帰るわ」と告げ、『Info《インフォ》 鶴見』の編集部である〈物置部屋〉を後にした。

 一美も美奈も、(逃げた!)と思ったが、その姿を目で追う事しかしない。ここには今、美苗もいた。二美の「彼氏問題」をこの場で〈詮索〉する状況にない事は二人共、充分に理解している。それでも、一美は、(二美の件、後で〈ゆっくりと〉美奈から聞こう)と決心していたが……。

 一方、美奈は、(フミ姉の彼氏、カズ姉は本当に知らなかったんだ……)と内心驚いていたのも事実である。「彼氏」という紹介はされなかったものの、彼女は二美の〈彼氏〉とは何度か会っていた。

(三十歳を過ぎても彼氏がいない……、いや、本人は欲しがっているけど、中々彼氏が出来ないカズ姉に対して、フミ姉は彼氏の話をしなかったのかな?)と思いながら再び、複雑な表情を浮かべ出した一美の顔を彼女は見る。

(相当、ショックだろうな……)と考えていると、美苗が美奈に対して耳打ちをした。

「二美さんって、彼氏がいるのですか?」

 その問いに美奈は一度だけ、首を縦に振る。意外そうな表情が美苗に浮かんだ。

 

 

第一部 鶴見線の駅案内:新たなる企画 その一

 

 次の瞬間、美苗《みなわ》の口が開く。

「一美さん、一つお聞きしたいのですが、『Info《インフォ》 鶴見』の十二月号で空いてしまったスペースは、どれくらいなのでしょう?」

 一美は、(何故、そんな事を知りたいの?)と思いつつも、「『鶴見線の駅案内』とほぼ同じスペースよ」と相変らず〈厳しさ〉が全く感じられない声で応じる。

 美苗の言葉を聞いた美奈の顔から、困惑の表情が消えた。いや、そこには軽い薄笑いさえ浮かんでいる。

(美苗ちゃん、さては、何だかの〈企画〉を思い付いた様ね……)

 そう考えた美奈は、美苗が発するであろう言葉に全神経を集中させた。彼女が、ゆっくりと話し始める。

「出過ぎた真似だとは重々承知していますが、一つ提案をさせて頂きますと、その空きスペースは『鶴見線の駅案内』の『番外編』として利用出来ると考えています」

 その言葉に、まず、一美が喰い付く。

「番外編って、どういう意味?」

 早口で発せられた一美の声を二美が、「少し黙ってて!」と遮る。彼女の表情からも困惑が消え、好奇に満ちた顔付きとなっていた。美苗が話すであろう内容に興味を持った証拠である。ここで美奈が〈援護射撃〉を行った。

「美苗ちゃん、ゆっくりで構わないから、あなたが考えた『提案』を話してみて。その間、誰にも口を挟ませないから!」

 美奈の顔を見ていた二美は、その視線を美苗に向け、一度だけ頷く。それを見た美苗が再度、話し始めた。

「『Info《インフォ》 鶴見』の十二月号は海芝浦駅を『鶴見線の駅案内』で取り上げます。これはチャンスかも知れません。実は、海芝浦という駅、冬場……、特に十一月下旬から翌年の一月に掛けて、他の季節では見られない光景を目にする事が出来ます」

 彼女の言葉に和倉三姉妹は釘付けとなった。

「まず、海芝浦駅は南東の方向にあります。この為、海芝浦駅から日没が見られるのは、冬の一時期だけなのです。それ以外の季節ですと、太陽は東芝の建物がある方向に沈んでしまいますから……。それでも、残念な事に冬場と言っても、海に沈む太陽は望めず、海芝浦駅から見える横浜市のゴミ焼却施設が日没場所となります。しかし、太陽が沈んだ場所を中心に夕焼け空が広がりますので、海芝浦駅から綺麗な夕焼けを見ようとした時、この冬の季節が一番という事になるでしょう。しかも、冬場の横浜は夕焼けが綺麗に見える季節ですし……」

 美苗の話に和倉三姉妹は何かを言いたげだったが、それを必死に抑え込み、彼女の話を聞き続ける。

「『綺麗な夕焼けが見える駅』として、冬場の海芝浦駅はアピール出来ますが、それ以上のイベントが海芝浦駅で体験出来る日があります。それは一月一日……」

「ごめんなさい!」と言って、ここで二美が口を挟んでしまう。一美と美奈は非難の視線を二美に向けるが、美苗は涼しげな表情を浮かべ、「私の取り上げたい事が、ご理解頂けましたら、どうぞ、お話し下さい」と応じた。

 間髪を入れず、二美の口から興奮気味に言葉が紡がれる。

「海芝浦駅から見える〈初日の出〉! これは記事になるわ! しかも、『Info《インフォ》 鶴見』の十二月号に掲載出来れば、時期的にもタイムリーだし、読者の興味を〈そそる〉のは間違いないでしょう。十二月号だから……、まぁ、発行日を考えれば、一月号でも構わないんだけど、『来年の初日の出は海芝浦駅で!』みたいなフレーズを使おうと思えば、十二月号の方が良いかもね!」

 二美を見ながら、その言葉を聞いていた美苗は笑顔で一度頷く。一方、一美と美奈は、その顔に驚きの表情を浮かべた。そして、「海芝浦駅って、初日の出が見られるの?」と同じ言葉を発する。それに対して二美が、「あなた達、知らなかったの?」と二人とは別の驚いた表情を浮かべた。そして、話を始める。

「有名な話よ。海芝浦駅から見た初日の出。今年は曇っていたから見られなかったけど、晴れていれば、毎年、百五十人以上……、二百人ぐらいの人が集まるわ。今年は南関東で『初日の出は無理でしょう』と言われていたにも関わらず、五十人ぐらいの人が海芝浦駅に、いたんだから……」

 その言葉に美奈が反応した。

「今年、フミ姉《ねえ》は、初日の出を見に海芝浦駅に行ったの?」

 この後に発せられた言葉が〈爆弾発言〉となる事は、この時点で誰も想像していない。

 

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