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著者、根津さんは僕の元組合仲間である。
闘いの人である。
日の丸・君が代に対する意見は僕と同じなのだが、僕とは行動力が根本的に異なる。
僕は君が代を唄う自分が想像できず、君が代を唄ってしまったら僕が僕でなくなる、と教職を去った。
根津さんも君が代拒否までは同じなのだが教職にあり続け、君が代起立を拒否し続け、処分になっても戦い続けている。
根津さんのHPは次のとおり。
http://www.din.or.jp/~okidentt/nezusan.htm
で、本であるが、僕の本
http://homepage3.nifty.com/hasunuma/starthp/subpage01.html
は闘いの経過のみで教職員以外にはとても読みづらいものになってしまったが
根津さんは
どのような育ちで教員になったか、
どうして日の丸・君が代に疑問を持つようになったか、
などゆっくり経過を説明しながら現在の状況を述べている。
そして「希望は生徒」のタイトルのとおり、自分の行動は生徒があってこそ、と
静かに語っている。
日の丸・君が代を反対していた同僚が翌年には自ら進んで歌う・起立するようになっても
それを責めることなく、そういう教育状況なのだと分析する。
しかし、「そういう教育状況」に妥協してしまったら自分は自分でなくなる、と。
日本の教育界で、「憲法を守れ・思想信条の自由を守れ」と当たり前の闘いを続ける教員はもう根津さんが最後かも知れない。
「頑張ってください」とは僕は言えない。
ちょっと前に読んだ本の中で「頑張ってください」と書く人は自分は頑張らない宣言をしている、とあったから。そういう人は自分の問題として捉えていないのだから。
アフリカの難民の映像を見て「かわいそう」と思うことも同じである。
自分は冷暖房の効いた室内で残した食べ物を捨てていながら「可哀想」は行動力に欠ける。本当に傷みが理解できていない。
さて、僕は根津さんと共にどうしようか。
アフリカの飢餓状況をどうやって食い止めようか。
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