全国偽善者連合

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偽善

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ホワイトバンドの末路

今更ながらホワイトバンドの話

今年の夏コンビニに行くとタバコの横に、見慣れぬ白いリストバンドがおいてあった。値段はお手ごろな300円。当時はまだ現在ほどホワイトバンドのシステムが一般に知れ渡らず、そのコンビニの店長と思しき人さえ、「75%がアフリカへの寄付にまわります」と、情報元のわからないデマに踊らされていた。

生産、流通、広告・・コストを考えただけでも、割に合わなそうな商品だ。おそらくこの裏には何かがあると本能的に察した僕は、これも何かの縁と思い、そのコンビニのレジ横にあったユニセフの募金箱に300円を投じた。

「これをつけていたらいい人だと思われる」そんな免罪符的なものは真の偽善者にはいらない。

ホワイトバンドをめぐる事の顛末は、マスコミやネットで騒がれたとおり、いわば「消費者の善意を踏みにじった管理体制」として多くの非難を浴びたのだが、声高にそれを主張する人たちの腕にはすでにホワイトバンドはついていない。

多くの人がファッションとしてしかこの問題に対して取り組んでいなかったことが伺える。ファッションならファッションと割り切って、どこかのブランドのリストバンドでも巻いていたほうがましだろう。この中途半端な「偽」偽善者の多さに、僕は一人日本の将来を憂うのだ。

先日実家に帰ると、母親の腕に例のバンドがはまっていた。偽善者の悩みは尽きない。

今回のテーマは「自然環境問題」だ。非常に重い。

なんでも年々進む地球温暖化、オゾン層の破壊、人口爆発など地球環境は今すごいことになってるらしい。それらに対抗するべく、あるものは植林をし、またあるものはイルカクジラの保護に躍起になっている。彼らは言うのだろう

「人間が現れてから地球はとても汚れてしまった。これは人間の手で何とかしなければ」

ふ〜ん胡散臭い。である。どうも僕は素直さが足りない。

46億年といわれるその長きに渡り地球は存在している。数々の種族の栄枯盛衰をただ黙々と見守ってきた。そして現在、わりと全生命圏に脅威を与えかねない【人間】というものが我がもの面で地球にはびこっている。彼らは人類を地球の癌と位置づけ、その自浄作用を持って地球の復元にとりかかっている。

一生懸命活動をしている彼らには申し訳ないが、話を単純にすると「人間が困る」から彼らは自然保護に躍起になっているとしか思えない。例えばここに絶滅しそうな2種がいたとする。それがゴキブリとイルカであった場合、あなたならどちらが保護に値すると思うか?ゴキブリが絶滅して困るのは殺虫剤のメーカーくらいだろう。その分イルカは商業ベースに乗りやすい。

具体的に言えば、ある種のウイルスなどは人間の手によって撲滅させられた。確かに人間にとって有害なものかもしれないが、ひとつの種を絶滅に追いやった事に変わりはない。しかし誰も文句は言わない。

彼らの主張というのは、どうも人間が自然の上に立って物事を見ているような気がしてならないが、人間は神ではない。そこを巧みに慈善事業として展開するあたりに胡散臭さを覚えるのだ。

エゴイズムの塊のような自論を述べると、絶滅していったものたちは、自然に淘汰されていったものたちなのだ。その要因が人間であれ、人間も自然の一部である。

それを危惧して保護に走るのも自然、それを傍観するのも、批判するのもまた自然。

きれいごとは抜きにして僕はゴキブリが自然に淘汰されるのを願ってやまない。しかしエゴイズム丸出しで環境適応力のない僕が淘汰されるほうがよほど現実的だ。

ひょんなことから撲滅されないようにがんばろう

      勤労している皆さん

        ありがとう

勤労感謝の日ということもあり感謝してみました

偽善者として感謝というものは喜んでもらってなんぼである
勤労者にとって真の喜びというものはなんだろうか?
お客様の笑顔・・仕事の達成感・・人によってその意見はさまざまであると思う
僕の考える労働者への一番の喜びとは・・・・ぶっちゃけると

  「金」

である

正社員であれアルバイトであれ突き詰めれば金のために働いている。もちろんそこには先程挙げた、いわゆる「プライスレス」なものが喜びとして存在するのだろうが、その対価が支払われなかった場合、すでにそれは狭義での仕事ではない。いわばそれは趣味であり、偽善である。偽善というのは僕の目指すところでもあるのだが、そこを生業にするほど僕は裕福ではない。

「労働者にとっての感謝のあらわれ=金」である以上、労働者はこの祝日を身を粉にして働かなければいけない。労働者とはいつの世も大変なものである。僕は感謝されるような身分ではないので、この祝日は己の立場を消費者とわきまえて「勤労者」に「感謝」するつもりである。休日とは実に気分のいいものだ。

ふと財布を見るとそこにはレシートしか入っていない。来年の勤労感謝の日に向けて明日は派遣の仕事でも入れておこうか・・・感謝するのもされるのも楽ではない

最近のテレビ

一人暮らしの寂しさも手伝いテレビは僕の生活にとってわりと大きな存在となっているのだが、僕が物心ついてからというもの、オトナというものは常に、「テレビは子供たちに悪影響を及ぼしかねない」と議論し、事実子供に見せたくない番組、芸能人ランキングまで発表している

まぁその理屈はわからんでもない。暴力・暴言・過激なセックスの描写・・一応分別のつく年になった僕が見ても見るに耐えない番組が世にはあふれている。我が子といわず、小さな子にはみてほしくないだろうなぁという番組がすぐ思い浮かぶ人も多いだろう

しかし考えてほしい。僕たちが子供のころのテレビが必ずしも今と比べて健全なものだっただろうか?
僕は決してそうは思わない。「なつかしの番組スペシャル」みたいのを見ていると感じるのだ。

低俗・・と一言で切ってしまうのは簡単なことだが、PTAと戦い、「良識者」と戦い・・いわばメディアの衣を借る「ワルガキ」たちが、それぞれの心にある「笑い」を具現化するために戦う。
こんな言い方をすると少し番組制作側の人間を擁護しすぎかもしれないが、半分は僕の期待でもある。

万人に受ける柔らかな笑い、感動というものはコアなファンには刺激が少なすぎる。多少の犠牲をはらってでも・・その相手が権力者であったとしても・・その期待に応えるのがメディアの姿であってほしい。

いつか昔を懐かしみつつ、僕も言うのだろう
「そんな番組子供がみちゃいかん!」
そこにはしたり顔で笑う番組制作者がいてほしい。

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ここのタイトルにもなっていますが
趣味の偽善ボランティア団体 全国偽善者連合(全偽連)というモノに所属しております
とはいいつつも所属しているのは自分と友だち1名(本人はまだ知らない)という
非常にアバウト&怪しさ極まりない団体です

別に何をするわけではありませんが例えば・・

例)・道端でおばあちゃんが重そうに風呂敷を背負っていた
  ・幼児が木に風船を引っ掛けてしまって泣いていた
  ・サメに襲われている人がいた

など日常出くわしてしまういわゆる「困った人たち」を無償かつ迅速に救ってあげようという団体です

この度調子に乗ってステッカー的なものを作ってしまいました。
ご一報後、ご自宅のプリンターで印刷、車にでも張って頂けたら幸いです
助けた後は笑顔で言いましょう
  「いやぁ・・僕偽善者ですから♪」

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