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昨年の夏、実家に帰った時、母の様子の変化に気が付きました。 これが、母と過ごせる最後と思い、九月の始めに実家に行きました。 入院中だった母は、一時退院をして、母と妹と三人で枕を並べて、一晩を過ごしました。 ババが、名古屋に帰る時、母も退院。 其の夜、架かって来た電話の声『有難う。済まなかったね』が最後の母の声と成りました。 二週間後、『肋膜に水が溜まったから、入院した』と妹から電話が有りました。 『行こうか』と言うと『大丈夫二週間で退院出来るそうだから』と妹が言いました。 九月二十九日の朝。 『先生が、お姉さんに直ぐ来てくれと言っている』と妹から電話が有りました。 様子を聞くと、話が出来て元気そうだけど、戻していると言うのです。 妹も、朝、先生から呼ばれ、飛んで行ったそうです。 様子も見て、家に帰っていると言いました。 『未だ、大丈夫ね。用意しなくてはいけないし、明日の朝一番で飛ぶわ』 と答えました。どうも良く分からない。 午前は先生は診察中。昼休みに先生に、聞いてからと思い、やる事を先にと 銀行へ行き、お金を用意し、パソコンで飛行機の空席をチェックしたり、していました。 お昼、先生に電話しました。 『ご主人に話して、直ぐ来てください!今さっき、一時的に息が止まりました。直ぐ来てください!! 間に合いません。グズグズしないで!!24時間も、持ちません』と先生に強い調子で言われました。 愕きました!!もうパニック!!そして、どうして急に。 直ぐに、ジジに電話、経緯を話し、ジジは、『急いだ方がいい、空港まで送るから』と言いました。 航空券の手配をして、持って行く荷物を詰め、喪服の準備。(ジジに持って来るよう頼み) 嫁に話をして、後の事を頼みました。この時、孫が風邪を引き、調子が良く有りませんでした。 いざと言う時、遠くに住んでいることは、行きつくのに時間が掛かる事です。 夕方の航空券が取れ、ジジに空港迄送って貰いました。 金曜日だったので、ジジは明日、車で行くからと言いました。 高知空港から、病院へ着いたのが午後六時過ぎ。 母は真っ赤な顔をして、荒い息をしていました。触ると凄く熱いのです。苦しそうでした。 先生がお見えになり、 『突然の、脳内出血です。もう意識は有りません。苦しそうに見えますが、本人は苦しくないのです。時間の問題です。12時間もつかどうか』と 母の身体を押したりして、ババに説明しました。 母には、血小板が有りませんでした。手の施しようが無いのです。 母の側で徹夜を・・と思い、先生にお願いをし、ジジや娘に経緯を電話しました。 其処へ妹が来ました。 今夜は徹夜に成りそうだから、今の内に食事しようと言う事になり、近くの喫茶店に入れました。 注文をし、運ばれてきて、食事を始めた時、 妹の携帯に『今、息が止まりました。』と連絡が入りました。 妹は、慌てて飛び出して行きました。 ババは支払いを済ませて、後を追いました。午後8時過ぎていた様な・・ 病室に行くと、妹はいません。家に帰ったとの事。 母は体温があり、半眼で静に眠っていました。手は肘の辺りまで、内出血で黒く成っています。 ババは、母の目を、『さようなら』と言いながら、閉じました。 先生は、 『間に合って良かった。ご本人は余り苦しまなかった事が幸いでした。』と慰めて下さいました。 着いた時、母の姿が臨終だったのですね。でも、息を引取る時、居なかったのが悔やまれて・・ 母はババに、この様に死んで行くんだよと、教えて呉れたのです。 看護婦さんが、母の身体を綺麗にし、死に化粧をして下さいました。 葬儀屋さんがきて、母を妹の家に連れて帰り、愛用のベットに寝かせました。 夜の12時近く、もう一人の妹がきました。 母を見て、『舌が出て来てる』と言うのです。 妹と見ると、少し舌が出ています。もう一人の妹は暫くして、帰って行きました。 妹と二人で『アッカンベ〜をして居るみたい』と 母の意思表示と思い、そのままにしておく事にしました。 枕経があるそうですね。 知らないものですから、ババの持っていた、白檀の小さな数珠を手に掛けました。 其の夜は、母、妹と休みました。 そして、運命と、佛様のご慈悲を感じました。 アッカンベ〜の意味は又何時か。
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