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千本釈迦堂(大報恩寺)
昨年の12月1日に、京都の神社を回り、最後が千本釈迦どうでした。
神社は「久しぶりの京都」をご覧ください。
お寺の仏像は撮影禁止で、仏像の写真を探していましたが、余りありませんでした。
大報恩寺
貞元年(1227)義空上人によって開創された寺である。
室町時代の応仁の乱などの兵火によって本堂をを残して消失。
本尊は釈迦如来(秘仏)
快慶の弟子 行快の作 胎内に銘があり、作者が分かりました。
快慶の特徴、優美さもありますが、快慶より写実的になっています。
本堂内陣 内陣の柱4本にそれぞれ絵がえがれて居ました。
内陣は佛の世界 浄土を表しています。
本堂の柱(向かって右) 絵が描かれています。(良くわからなかった)
本堂の柱(向かって左) 天像が描かれていました。
霊宝館には六観音、十代弟子などが、納められて、何時でも拝観できます。
六観音は、聖観音、十一面観音、千手千眼観音、准胝観音、馬頭観音、如意輪観音を言います。
千本釈迦堂の六観音は、元々北野天満宮経王堂に祀られていました。
江戸時代に経王堂と共に千本釈迦堂に移されました。
作者は肥後別当定慶です。見た目は快慶の作風にそっくり。
拝観する人を圧倒させる優美さがあり、魅入ってしまいます。
時代は下がり、宋の影響を受け、巧みに取り入れています。
肥後別当定慶は、鞍馬寺の聖観音が有名ですが、この六観音が先に作られました。
釈迦十大弟子の一人 須菩提尊者像です。
十大弟子は、快慶最晩年の作と言われていますが、快慶は殆ど作らず、弟子が作ったそうです。
快慶の特徴、優美さ、力強さ、巧みさが薄いようです。
この頃の快慶は歳を取り、のみを振るう力が無かったのでは・・と
快慶一門の作が正しいと、先生からききました。
千本釈迦堂は今回で3回訪れました。
1回目の時は、観音様の直ぐ傍まで行って、ゆっくり拝観することが出来ました。
2回目に行ったとき、観音様や10大弟子や他の仏様の前にガラスの衝立。
いたずらする人が居るのですね。
悲しくなりました。段々仏様が遠く成っていく・・・
今年は、何処へ行けるのでしょうか?
どの様な仏様にお会いできるか、楽しみです。
写真と絵葉書等からお借りしました。
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