ババラの春夢

いまだに鬱状態が続いています。気持ちに元気が欲しい・・・・です。

仏像に魅せられて

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

冬に逆戻りしたような能登は寒い風が吹いていました。
海は、波が高く暗い感じがして、寂しさを感じさせます。
尋ねた所は、里山。素朴さがありました。

前回の続き、妙成寺です。

日蓮宗北陸本山で、加賀藩、前田家の保護を受けました。
伽藍の配置図をご覧下さい。
イメージ 1

建物は、国重文及び県、市の指定を受けています。

2番目の仁王門から入りました。仁王門は重文
イメージ 2

向かって右に吽形
イメージ 3

向かって左に阿形
イメージ 4

1634年に作られました。仁王像は羽咋市指定

五重塔 重文
イメージ 5

北陸唯一の木造建築の塔です。

日蓮宗は、題目(南無法華経)か多宝塔如来と釈迦如来の二尊が、ご本尊になります。
見えにくいかもしれませんが、向かって右が多宝塔如来左が釈迦如来
イメージ 6


イメージ 7


本堂に安置されていました。他に菩薩等が祀られていましたが、拝観出来ませんでした。
本堂は重文です。
次回、又妙成寺です
3月25日。
大阪の朝日カルチャーに便乗して、能登のお寺を巡りました。
講師は、NHKカルチャーで仏像講座の講師、緒方先生。

イメージ 1
お寺の場所は、この地図で確認下さい。 羽咋で先生と合流。 羽咋(民宿 いわき)で昼食。 日本海が目の前。緒方先生が能登の仏像を調査した時の定宿だったそうです。 昼食後、正覚寺と気多神社へ 明治以前の神仏習合の時、気多神社を守る神宮寺が正覚寺でした。 明治の廃仏毀釈の時、神宮寺が正覚寺となりました。 現在の正覚寺は高野山真言宗です。
イメージ 2
正覚寺 金堂内陣 煌びやかで、荘厳。 護摩壇があります。 ご本尊は、秘仏不動明王。内陣の扉の中におられます。 霊力の強いお不動様でしょうね。 気多神社講堂の佛だった阿弥陀如来は収蔵庫(阿弥陀堂)に祀られていました。
イメージ 4
阿弥陀如来は国指定の重要文化財です。
イメージ 3
平安後期の仏像で、定朝様式で作られていますが、地方色もあります。 首は割首。体は一木で、背面から内刳りをしています。 蓮華座上に、結跏趺坐をして、定印(上品上生)を結んでいます。 衣文の彫りも浅く、全体的に都風。素敵な阿弥陀様でした。 院派の仏師が、阿弥陀如来を作ったそうです。 平安後期の特徴は、大きな肉髻(頭)、小さな螺髪(髪の毛)、少し前かがみの身体など。
イメージ 5
参道には、お地蔵様が、沢山お祀りしてありました。 気多神社  祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)
イメージ 6
次に、気多神社をお参りして、次の妙成寺へ移動しました。 妙成寺は日蓮宗で、前田家の保護を受けた大寺です。次回へ!!
千本釈迦堂(大報恩寺)
昨年の12月1日に、京都の神社を回り、最後が千本釈迦どうでした。
神社は「久しぶりの京都」をご覧ください。
お寺の仏像は撮影禁止で、仏像の写真を探していましたが、余りありませんでした。


大報恩寺
貞元年(1227)義空上人によって開創された寺である。
室町時代の応仁の乱などの兵火によって本堂をを残して消失。

京都最古の建造物で国宝指定を受けています。
イメージ 1


本尊は釈迦如来(秘仏)
イメージ 2

快慶の弟子 行快の作 胎内に銘があり、作者が分かりました。
快慶の特徴、優美さもありますが、快慶より写実的になっています。

本堂内陣  内陣の柱4本にそれぞれ絵がえがれて居ました。
内陣は佛の世界 浄土を表しています。 
イメージ 3


本堂の柱(向かって右)  絵が描かれています。(良くわからなかった)
イメージ 4

本堂の柱(向かって左)  天像が描かれていました。
イメージ 5



霊宝館には六観音、十代弟子などが、納められて、何時でも拝観できます。
六観音は、聖観音、十一面観音、千手千眼観音、准胝観音、馬頭観音、如意輪観音を言います。
千本釈迦堂の六観音は、元々北野天満宮経王堂に祀られていました。
江戸時代に経王堂と共に千本釈迦堂に移されました。
作者は肥後別当定慶です。見た目は快慶の作風にそっくり。
拝観する人を圧倒させる優美さがあり、魅入ってしまいます。
時代は下がり、宋の影響を受け、巧みに取り入れています。
肥後別当定慶は、鞍馬寺の聖観音が有名ですが、この六観音が先に作られました。

イメージ 7

イメージ 6

イメージ 8

釈迦十大弟子の一人 須菩提尊者像です。
十大弟子は、快慶最晩年の作と言われていますが、快慶は殆ど作らず、弟子が作ったそうです。
快慶の特徴、優美さ、力強さ、巧みさが薄いようです。
この頃の快慶は歳を取り、のみを振るう力が無かったのでは・・と
快慶一門の作が正しいと、先生からききました。
イメージ 9


千本釈迦堂は今回で3回訪れました。
1回目の時は、観音様の直ぐ傍まで行って、ゆっくり拝観することが出来ました。
2回目に行ったとき、観音様や10大弟子や他の仏様の前にガラスの衝立。
いたずらする人が居るのですね。
悲しくなりました。段々仏様が遠く成っていく・・・

今年は、何処へ行けるのでしょうか? 
どの様な仏様にお会いできるか、楽しみです。


写真と絵葉書等からお借りしました。

久しぶりの京都

12月1日。
少し寒い日でした。久振りのNHKの研修旅行。
行き先京都!!
カルチャーでは、神社の神々を勉強しています。

朝、7時50分NHK(名古屋)を出発。
快調に京都へ。

一番初めは、松尾大社
イメージ 1

鳥居を潜り、拝殿の前に来年の干支、丑の大きな絵馬が飾ってありました。

イメージ 2


宝物館へ行く途中の「曲水の庭」
宇賀神を表しているようです。松尾大社は水の神を祭っています。
宇賀神は白蛇で顔は老人。これも水の神です。
水といえば、造り酒屋。皆さん、お参りに来られるそうです。

次に向かったのが、大将軍八神社
イメージ 3

武人の神をお祀りしています。
イメージ 4

武人の神は、北斗七星です。昔立体曼荼羅があったそうで・・今は有りません。
宝物館に神々が祭られていました。
イメージ 5



最後の神社が北野天満宮。
菅原道真をお祀りしています。凄い人でした。
イメージ 6


北野天満宮の大銀杏
イメージ 7


最後にやっと仏様にお逢いできました。

千本釈迦堂へ(大報恩寺)
イメージ 11



本堂は、鎌倉時代の建物です。京都で一番古い。

イメージ 8

不思議でしょうが、昔は良く戦がありました。
京都の建物は、戦に巻き込まれたそうです。
ここの本堂が残ったのは、奇跡に近いそうです。
建物の謂れ・・おかめさん。次回に・・・

仏像の話になりますと、長くなります。これも次回に・・・・
千本釈迦堂の紅葉を・・・・・

イメージ 9


イメージ 10

東寺

法金剛院から東寺に移動しました。
午後3時前でした。
この広い境内と宝物館、観智院を1時間とちょっとで回れって、添乗員が言います。
忙しく、駆け足で回りました。

講堂
イメージ 7

昔、講堂が焼けた後の礎石がありました。
イメージ 6

講堂内部・・金剛界曼荼羅が、お像で、立体的に作られて居ます。
中央に、五如来。右に五菩薩、左に五大明王が、四隅に四天王。両側に梵天、帝釈天が
イメージ 1

日本で、始めて作られた不動明王。ポチャとしています。 インドの奴隷の姿だとか。
お下げの髪が証拠と教えて頂きました。
イメージ 3

金堂
イメージ 5

金堂本尊 薬師如来と十二神将
イメージ 2

東寺五重の塔
イメージ 8

観智院の五大虚空蔵菩薩。 唐からの請来品。恵運が唐から商船で持って帰りました。
イメージ 4

観智院の庭
イメージ 9


東寺は、嵯峨天皇より、空海に下賜されました。

教王護国寺と言います。 空海は講堂を新たに造り、金剛界の諸尊の立体曼荼羅を制作しました。

長い歳月が掛かったことでしょうね。

講堂の諸仏の開眼供養は、空海が亡くなった二年後に盛大に行われました。

観智院の虚空蔵菩薩と、お庭を拝見して、急いで宝物館へ。

宝物館の写真はありません。

仏像の写真はリーフレットから取りました。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事