ババラの春夢

いまだに鬱状態が続いています。気持ちに元気が欲しい・・・・です。

短歌・・乳癌闘病記録

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退院して・・・・

6月26日、退院の日です。

前日から、退院の準備。結構な荷物。
洗面具と着替えだけ残して、ジジに持って帰って貰いました。

朝の食事を済ませ、久しぶりのお化粧。  ババでも女ですからね!!

髪は、頭が黒く成っていましたが、天辺が5ミリ位の長さ。
入院中は帽子をかぶっていました。
これも、久しぶりの鬘を付けました。

右胸はペッチャンコ。
前もって、買っておいた、前空きのブラジャーと軽いパット。
これを、付けました。 見た目も大事なのよ!!

請求書を待っていましたが、出来上がらず、後日郵送するからとの事。
退院後の、リハビリや注意事項が書かれた小冊子を貰い、説明をうけました。
次回の診察日の予約を取って、
ジジと、食堂で昼食を済まし、家に帰って来ました。

10日振りの我が家!!
やっぱり良いな〜〜〜ぁ

夜、お風呂に入りました。思い切って、胸のテープをはがしました。

血液のかさぶたがびっしり!!  勇気があるでしょう!!

傷跡の生々しさ!! まともに、傷跡が見れませんでした。

病院でも、お風呂に入っても良いと云われていましたが、
手を動かして、リンパ液が多くなるのも嫌で、身体を拭いていました。


包丁が使えません。

一ヶ月、夜だけ、嫁が食事を作ってくれました。

2〜3日経って、傷が痛みだしました。
どうしょうもない痛さ!!座薬のお世話に。
ボルタレンは常備して有ります。

リハビリも始めました。 もう必死!!

傷は、縮もうとする。ババは伸ばそうとする。
傷との闘い!!

わき腹から胸にかけて、内出血する有様。

努力の結果!!
一ヶ月で、腕が真っ直ぐ、上に上がり、四方八方へ持って行けるようになりました。

病院の診察は、一週間後から2週間になり、1ケ月と間隔が開いていきました。
行く度に、大きな注射針で、リンパ液を取りました。
ババには見えなかったけど、ジジが見ていました。
「大きな注射針を、ブッスと刺したぞ!!」と 恐怖心を煽るジジ!!

余りにも、腕の動かし過ぎで、脇の膨らみが取れないと、先生に言うと。
「問題は有りません。動かして下さい。動かさないと、リンパ浮腫に成りますから。」

退院後、2ヶ月経った頃、胸の傷の痛みが無くなってきました。

やっと、名古屋の栄に有る、ワコールのリマンマへパットを買いに行く事が出来ました。
パットに合ったブラジャーも2着買ってきました。
パットはシリコンで出来ていて、ドイツ製
合計、28、350円でした。 
未だ、女で居たいババ。 仕方がない!!  割り切る、見た目大事よ!!!

それまで、役にたったのが、肩パット。
涙型の肩パット。衣類に付く接着テープ付き。
下着に付けて誤魔化すことが出来ました。
傷に触らずに付けれます。

夏の暑さ!!
髪の鬘は蒸して暑く、胸はパットで汗もだらけ。
皮膚は、赤ちゃんの肌に戻って・・・
皮膚が、一皮剥けました。

本当に困りました。鬘を取るほど、髪は伸びていませんでした。

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  10日間の入院

6月19日の朝、手術着、足を打つ機械が取り払われ、エコノミー予防の靴下も脱ぎました。
無くなった乳房の下方からチューブ。
その先は、液を溜める容器。 乳房のあった胸には一直線にテープが貼ってありました。

パジャマに着替えると、看護師さんは、ポシェットを渡しました。
これに、容器を入れて、24時間、
退院前日に、チューブを抜くまで、過ごすようにと云われました。

パジャマに、ポシェット。想像付きます?

朝の検温。少し熱がありましたが、心配なし。
朝、夕の看護師さんの、検温、脈拍、問診は退院まで続きました。

今日から、食事をとっても良いといわれ、朝食は7分粥。
食事が済み、テレビを見ていると、

執刀医がやってきて
「どうですか?」と聞く。
「右の脇からその下が変」とババ
「脇は、神経を切りました。脇からのリンパを全て除きました。」
「神経は戻りますか」
「ま〜〜人に寄りけりですが、戻らないと思ってください」
「この、チューブ何時頃取れますか?」
「わきの下に、リンパが溜まっています。それを取っていますので、退院前日でしょうな!!
今は血液も混じっていますが、其の内、綺麗な色になりますから!!」
と説明して部屋を出て行きました。

主治医が来て、「痛くないですか?」
ババ「痛くありません。」
主治医は握手をして出て行きました。

テープは、変える事も無く、傷をを見ることも無く、退院するまで、この状態で終わりました。

麻酔医が来て、「元気ですね」と顔を見て出て行きました。
その後、執刀医と麻酔医は見ることが有りませんでした。

昼頃娘達が来ました。
今日、それぞれの家に帰るとかで、一緒にお昼を食べようと。
娘達はお弁当。ババは病院食
おしゃべりをしながら、食事。
娘達は、「頑張って!!」と云って帰って行きました。

ベットに横になっていると、若い医師が何人か「傷を見せてください」と云って部屋に来ました。
研修医でしょうかね〜〜え

心配だったのかしら?
退院するまで、朝、晩とジジが来て・・・ 嬉しかったけど・・・


翌日、普通の個室が開いたからと云う事で、病室を変わりました。
特別室との差。金額の差。納得!!

リンパの液がピンク色になってきました。

朝、夕、器のリンパ液の量を測りにきます。
ババの、液が減らない!!。

看護師さんに「右腕を動かさないで下さい」ときついお叱りを受け・・・
看護師さんに「右腕と身体を縛って!!」とババも負けない!!
看護師さんは「退院が延びます。管が通っている肉が化膿しますよ」

これには、降参。

退屈で、早く家に帰りたいババ。
大人しく、右腕を動かさないように気をつけて・・・

利き手の右。本当に大変でした。
嫁、孫、友達も、見舞いに来てくれて、嬉しく思いました。

傷も痛ます、看護師さんに何度も注意され、退屈な入院生活。

テレビを見て、本を読み、病棟をウロウロ。

息子は、手術日以降、顔見せず!!  親不孝者!!だよね!!

退院前日、チューブを抜きました。

6月26日に退院しました。 テープは其の侭、家で取ってくれって!!

一首目の痛みは家に帰ってから、2ケ月近く続きました。

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クライマックス  手術!!
6月18日

朝、7時半頃目覚めました。
手洗いと、洗面を済ましベットへ。

暫くすると、看護師さんが、点滴を持って部屋に入ってきました。
「いよいよ、手術ですね。今から点滴を始めます。明日の朝まで24時間です。」
パジャマの左袖を脱ぎました。

何しろ抗がん剤や血液検査で血管が沈んでいます。
あちら、こちらと血管を捜して針を刺すことができました。

「手術室に行く準備をして来ます」と云って出て行きました。

8時ごろ、手術着を持って看護師さんが現れました。

カーテンを閉め、
「裸になって、T字帯を付け、手術着に着替えて下さい。」
ババは、寝る時、パジャマの下にタンクトップを着ています。
点滴もぶら下がっている。
看護師さん、点滴をタンクトップに潜らせて、脱げれるようにしてくれました。
手術着は、脇が全部ボタン!!これには納得さえられました。

次に、白い靴下を出し、
「履いて下さい。この靴下は、エコノミー症候群を予防する為です。」
此処で、飛行機のエコノミー症候群が出てくるとは!!

驚き!! 吃驚!!

20年の歳月。医学の進歩!!

「手術中は、注意を致しますが、たまに、血液が肺に飛ぶことが有ります。即死です。
予防の為に靴下が必要です。」と説明してくれました。

白い靴下、ふくらはぎを強く締め付けます。

すべての準備が整い、ベットで休んでいました。
ジジと娘とが病室にやってきました。息子も顔を見せ、会社へ出勤していきました。

9時半過ぎ さ〜〜出陣!!手術室へ

ストレッチャーに乗せられ、手術室へ行く連絡通路に・・・
手術室の看護師さん3人が、迎えに来ていました。

ジジ、娘、病棟の看護師さんに「頑張って!!」と見送られ手術室に向かいました。

手術室の看護師さん、てきぱきとして、美人揃い!
小走りで手術室を目指します。目を開けておれない。
どこを通っているのか分からない!!

「付きました」の声で目を開けると、医師が四人待機していました。

明るい部屋。近代的。テレビで見るのと一緒。パソコンが置いてある。

少しキョロキョロ。

急にマスクを当てられました。
主治医が誘導剤を点滴のチューブへ

麻酔医が
「麻酔ガスが入ります。大きく息を吸って下さい。名前を呼びますから返事して下さい。」

2度ババの名前が呼ばれ返事をしました。
3度目、「もう駄目!!」と云って、奈落の底に落ちていきました。

完全に、意識が戻ったのは、病室でした。

手術室で、無意識に返事したのでしょうね。

ベットの横に、ジジと娘が居ました。
「頑張ったね!!」声を掛けて・・

「喉が痛い」と云うと、チューブを抜く時、傷が付いたと説明。

喉から、痰がひっきりなしに出ました。
ジジと娘が気をつけて、チッシュで取って呉れました。

麻酔で戻すことも無く、痰が絡んでだすだけ、楽でした。

始めて、術後の痛みを経験しました。
急に襲った痛み、訴えると座薬ボルタレンサボを入れてくれました。

困ったのは、エコノミー症候群予防とかで、足の裏を交互で叩く機械。
一晩中続きました。

夕方頃から水分が取れるようになりました。

娘達は、ジジの食事の準備の為、早めに家に帰りました。

夜、8時頃、ジジがチィシュとペットボトルを直ぐ取れるようにして、帰って行きました。

足の裏を打つ交互に打つ、気持ち悪さ。一晩中の点滴!!

うつら、うつらしていました。

夜の12時ごろ、又、息子。
「オー」だって。
「頑張れ!!」と云って手を握って帰って行きました。
泣かせるねぇ〜〜


こうして、手術の日は終わりました。

19日、点滴と足の裏を打つ機会が外されました。

手術着もパジャマに着替えました。

胸から、チューブが伸び、チューブの下に液を入れる容器が付いていました。

チューブは、脇のリンパの所から肉の中を通り、取った乳房の下辺りから出ていました。

赤い血液が容器の中に入っていました。

傷口は、テープがベターと貼ってありました。

退院まで、テープは一度も変える事が有りませんでした。

乳房は消えてしまいました。

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入院・・・・ 手術前日

6月12日入院の日です。

午後2時。外科の外来へ。
ジジと山梨在住の娘、東京在住の娘が付き添い。

看護師さんに連れられて病棟へと病室へ
病棟は、血液内科。

ジジが、リンパ腫の時入院していた病棟!!驚いた!!

病室は個室が満杯で特別室。これも驚いた!!
 一泊一万九千円。

ユニットバス、大きな冷蔵庫。調理室。ふかふかのソファー2脚
32インチのテレビ。 広い部屋。
(この部屋には、三日だけいました。後は普通の個室へ 一泊五千円。)

部屋に落ち着いたら、看護師さんがやって気ました。

看護師さんが、現在飲んでいる薬を聞きました。
多いの!!

整形からの薬ロキソニン。睡眠薬
近くの内科から、コレステロールの錠剤、アトピーの予防薬、精神安定剤、睡眠薬。
術後、飲んでも問題なし、と云われ、ロキソニンは術後に使いますからと持って行かれました。
凄い薬でしょ!!

麻酔医が来て、
「大腿骨の辺りの動脈から血液を取ります。ベットに寝てください。」
「腕から駄目ですか」と聞くと、「腕からだと凄く痛いですよ」と
ベットに寝転びました。
右足は、大きな骨の塊が邪魔して、左から取りました。
「血液の中の酸素の量を計るには、動脈から取らないと、駄目なんです。」と説明。

主治医が夕方来ました。

手術の流れを説明。
麻酔ガスを使うこと。自己呼吸が出来ないので、気管支に管を入れること。
手術は2時間半を予定している。手術が終わって返事がないと、病室に戻れない。
等を話し
「明日一番の手術です。今日はゆっくり休んで下さい」と・・
手術承諾書を持って出ていきました。

別の医師が、「僕が執刀しますので、宜しく。」
乳房を見て出て行きました。

後、2〜3人の先生がきました。
執刀医と主治医、あと何人の医師が参加?

夜、7時ごろ夕食を済ませて、バスタブに入り、眠りました。

夜12時ごろ人影が・・・誰じゃ!! 息子が部屋をウロウロ!!「ヤー!!」だって!!
良く、入れたこと!! 警備が厳しいのに・・・
「明日、頑張れ!!」だって・・泣かせるね!!

いよいよ、手術です!!

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不安
20年振りの手術です。

盲腸、子宮筋腫と手術を体験しました。

盲腸は、診察室の様な所で手術。脊髄へ麻酔注射 意識はしっかりしていました。

子宮筋腫は、コンクリート打ちっぱなしの、ガランとした部屋。
凄く寒く震えました。
麻酔注射で眠らされました。

手術の終わって、覚醒し、病室に運ばれ、ベットに寝かされました。
子宮筋腫のときは、麻酔が醒めず、頬っぺたを叩かれました。

麻酔が体内から抜けるとき、吐き気が襲い、一晩中もどすのです。

(此処まで書いて、ジジとお出かけ、やっと帰って来て続きを 午後3時です)

苦しい事!!一晩中続きます。  ジジは朝まで看病。
盲腸の時も、そうでした。  麻酔注射は苦手。

それに、アルコール消毒も、駄目なの

今回も、麻酔を恐れ、入院日が近づくにつれ、身体が重くなってきました。

心配の必要は無かったわ!!  麻酔ガス!! 後が楽でした!!

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