人はなぜいきているのだろうか

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単純に、何で自分が生きているか理解できると怖いものがなくなります。
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まとめ

まとめ


ここにある有名な科学者の公演の言葉があります。


  『世界の盟主』
 
 「近代日本の発達ほど

  世界を驚かしたものはない
 
  この驚異的な発展には

  他の国と異なる何ものかがなくてはならない
  
  果せるかなこの国の 

  三千年の歴史がそれであった
  
  この長い歴史を通して

  一系の天皇をいただいているということが
  
  今日の日本をあらせしめたのである
  
  私はこのような尊い国が
 
  世界に一ヶ所位なくてはならないと考えていた
 
  なぜなら世界の未来は進むだけ進み
 
  その間幾度か戦いは繰り返されて

  最後には戦いに疲れる時がくる
 
  その時人類はまことの平和を求めて

  世界的な盟主を挙げねばならない
 
  この世界の盟主なるものは 

  武力や金力ではなく
  
  凡ゆる国の歴史を抜き越えた 

  最も古くまた尊い家柄でなくてはならぬ
  
  世界の文化はアジアに始まって

  アジアに帰る
  
  それはアジアの高峰

  日本に立ち戻らねばならない

  我々は神に感謝する
  
  我々は日本という尊い国を

  作って置いてくれたことを・・・」

 (A.アインシュタイン博士 米国・理論物理学者 1879−1955)


 今 、我々がこの日本という国にいきているのは何か意味があって、何か使命があって生きていると考えられませんか?

 いま日本人が立ち上がり、日本的なものの考えかたを世界に発信するときがきていると思います。

 仕事を通じて、人との関わり合いの中で成長していく。

 そうして社会に貢献してさらに自分の「魂」が成長する。

 
 その成長が止まったとき、もしくは、自分の課題が終わったとき、「死」がまっている。

 
 「死」んでリセットかもしれないし、次のステップに行くのかもしれない。

 
 ある意味、死は終わりと同時に次のステップへの始まりでもあります。

 
  ですから、決して怖いことではありません。

  
  そして、「死」の意味は、本人にしか分かりません。

 

  自分できめたプログラムですから。

 
  この原理が、この三次元の本質ではないかと思っております。



  最後まで読んでくださってありがとうございます。

生きがいの創造

 妹が『生きがいの創造を』もらったとき、

「実は兄から借りて読んだことがあります。」

「そうなの?お兄さんはすごくスピリチュアルな人ね」

そして、あなたの前世を見てあげるといい、しばらくして、

「あなたとお兄さんは前世同じ寺の僧侶だったみたいだわ」

このことが事実だとすると、合点がいくことが多いのです。

小学生時代は、なんでこんなに両親は喧嘩ばかりしているのだろう、とか、なんで俺なんか生きているんだろうということばかり考えておりました。しょっちゅう離婚するしないの話ばかりで、俺って数奇な運命のもとに生まれたな、と思っておりました。
 
 何で生きているのかとか普通に疑問でした。

でも、前世があって、自分でいろんな出来事を乗り越えて成長していくようにあらかじめプログラミングしていたのではないかと考え始めると、

人生はなんてシンプルにできているのだろう

と思い始め、自分が何で生きているか、何をしなくてはならないか、とか普通の人だったら理解できていないことが一気に氷解しました。

それ以来、悩みという悩みはなく、ただ淡々と生きる。

だって、いろんな事件がおきても、自分で決めたことだし、それを乗り越え、その過程をふくめて、自分自身の成長の糧にする。

また、そうすることで運勢がどんどんよくなる。

自分が前世や中間生で決めた正しい選択をしているときは運がよくなり、間違った選択をしてしまったとこは、運が悪くなる。

そんな法則にも気がつきました。

「運」って複雑怪奇な気がしますが、いたってシンプル。

選択があっているか、間違っているか。

ただそれだけ。

そう考え始めると、過去生があって生まれ変わることが証明はできないけど、そう信じて、そう行動とったほうがいいよねって言う結論に達しました。

私は、よくひとから「達観しているね」って言われます。

そうなんです、達観しちゃったんです。

生まれ変わりの科学を信じるようになってから。

うそかいなと思っていたんですが、運が悪いとか、病気しただとか、事故にあっただとか、怪我をしただとか、いろいろ聞くと、自分できめてきていることだから、必ず解決策はあるよね、ジャー何なんだろうね、とポジティブに考えられるようになったんです。

うまれ変わりの科学を信じるかいなかは自由ですが、信じたほうが得だよねって言うお話です。

自分で修行内容を決めている


なんで、人間は存在し、今こうして生きているのかという答えらしきものが見えてきました。

人のはそれぞれ、個性があって、生き様、カルマ、試練、修行内容、違うと思います。

「何で私だけが」ってことも起きますけど、それぞれ環境が違うのも、自分が一番気がつきやすいからではないでしょうか?

そうした環境が一番、自分にとって一番気がつきやすい。

だから、それぞれ違う、運命、人生、役割、環境、試練、困難、修行、なんじゃないかな。

という仮説ですが、結構自信があります。

自分自身が、今の両親のところに生まれ、今の自分になれて、実は前々から決まっていたようなき気がしていたんです。

今の両親の所に生まれていなかったら、現在の自分はいない。
肉体的に存在しないという意味でなく、精神的にいろんな気づきがもてるようになった自分はいない。

そう考えられるようになったきっかけがあります。

10年ぐらい前、2歳下の美容師をしてる妹がいるんですが、かるいノイローゼにかかりました。

母から相談を持ちかけられ、奈良にいるカウンセラーにお願いすることになって30万ぐらいかけていかせたんです。

そこでは、やはり退行催眠が行われ、過去のトラウマになったところに行きます(イメージでいく)。

そしたら案の定、父が折檻している場面に行き当たったそうです。
自分もよくしかられました。
でも、結構あっけらかんとしているところも有るので、自分はトラウマにはならなかった。
妹はあっけらかんとしているようで結構繊細なんですね、かなり傷ついたみたいでこれがトラウマとなりノイローゼの原因となったみたいです。

で、どうするかというと、そういう父を許すと宣言するんです。

父を許すことで回復する。

自分の気持ちのなかでひっかかっている、つっかえ棒をとれば治る。

ということは、人間生きているといろんな事件がおきますが、全部自分自身の問題なんですよね。

もっというと、自分で生まれてくる前に今回の課題はこうこうと決めてきていることなんですよね。


自分で今の親の所にうまれ、そういう問題を解決することを前提に生きてきた。

そー考えると、自分におきたいろいろな事件の意味が理解できるのではないかと思います。

妹もそんな作業をして、父を許すことを決めました。

そこで、そのカウンセラーに「いい本あげるわ」といわれいていただいた本が

『生きがいの創造』

  でした。
前世から決められていたんじゃないかと思うようなエピソードでした。

生まれ変わりの科学

「生まれ変わりの科学」



ここで、話の流れを変えます。


人間は死んだらどうなるのか。


科学の世界ではこの問題にふれるのはタブーですよね。


キリスト教のおしえでもそうですよね。


「死んだら終わりだから精一杯生きよう」という考え方が根底にあるように感じます。

(間違っていたらクリスチャンの方ごめんなさい)

そんな中、飯田史彦さんという方が『生きがいの創造』という本で生まれ変わりの科学を発表してしました。


この本の内容は、「人間は死んでもまた生まれ変わり、自分の魂の成長のために自分で親や環境を決め、自分の決めた目標を達成するためにまた生まれてくる。」

仏教でいう輪廻転生の考え方と同じだと思います。

そして、前世の記憶は魂の修行の邪魔になるということで、顕在意識では消されて生まれてくる。

飯田さんは、経営学者として社員のモラル・モチベーションをどのようにあげていくかという事が研究のテーマだったのですが、つきつつめて行くうちに心理療法の手法が不可欠になり、カウンセリングを行い、心の問題を解決することで、何で生きているのかが理解でき、「生きがい」を感じながら仕事に打ち込める。


その「生きがい」とは何だという命題にぶち当たります。




次に、心理療法のひとつに「退行催眠」という手法があります。


自分の過去にさかのぼって、こころに傷をおった原因をつきとめ、それを認識し(顕在化し)その事実を許す。


許すことで癒されるという手法なのですが、(浅学なので詳しいことは分かりません。勘弁してください。)これをやっていくうちに、過去生の記憶ができくる人が出てきました。

それは中世らしき時代であったり、古代であったり、50年前であったり。



はじめは何を言っているのか分からなかったのですが、史実と照らし合わせると、どうもうそ言っているきがしない。


細部にわたって描写できているし、死ぬ直前の生々しい感じ、悲しい感情、その周りにいる人たちの動き、そのあとの中間生(次の肉体の入るまでの中間という意味)の記憶。



信じられないという気持ちと疑い(疑いが科学の初歩だと思います)の気持ちもあったので、気にとめていなかったのですが、いくつもの事例を研究していくと、疑うというより、退行催眠でトラウマになっている過去生の記憶が理解でき、その病んでいる人が結果的に精神的によくなっている、もしくは快方の向かいということがおきてきました。




結果的によくなるならそれを活用しない手はない。



そう考えるようになり、ついに発表してしまったのです。



大雑把ですがこんな内容の本です。


かれは、もともと経営学者で、科学を専攻するものとしてこういう論文を学会に発表すること自体、科学者としての態度ではないという批判を受けてしまいます。



 宗教と袂を分かれたのが科学なので、宗教的なことを論じては科学を否定することになる。



 しかし、そんな批判を省みずに科学者として発表したことに勇気と尊敬を感じます。

科学の話

    科学の話


話しは逸れますが、これも学生時代の恩師に聞いた話なのですが、

「興味を引かれる論文や研究というのは一つの法則がある。それは、一見特殊な事から普遍性を引き出している。」
というようなことでした。

どういうことかというと、一見特殊な事柄なんですが、その事柄の本質に迫り、そこから普遍的な原理を導き出すということです。

精神病って特異なことだと思いますが、しかし誰もがなりうるし、また、だれにでも内在している。

そう考えると、研究する価値がるのではないかと思いちょこっとだけかじりました。

そうして独学なので大変恐縮ですが、ある一つの仮説に行き当たったのです。

それは、
「人間には何かそれぞれの使命があって
今生きているのではないか?」

たとえば、

病気で病んでいるひとは、それを克服すること。
体の不自由な人は、その不自由さを克服すること。
悲惨な運命の人は、その悲惨さを克服すること。
お金で苦労している人は、その苦労を克服すること。
人間関係で悩んでいる人は、その悩みを克服すること。


人それぞれ内容が違うだけで、○○を克服するという命題は同じではないかと言う仮説です。

では、「生きる」というのはなんなんでしょうか?

またちょこっとそれますが、独り言だと思って聞いてください。

4. 「生きる」こととは?


普段何気なく生活していると見落としてしまうことってたくさんあると思うのです。

この前、お店周辺の草取りをしました。

一ヶ月前に草取りしたにもかかわらず、草ぼうぼうなんです。

ツツジの近くに生えている蔓なんかツツジと一体化しているぐらいからみついておりました。

また、夏前になると、ハエやらゴキちゃんやらの大量発生に気を使います。

もちろん、発生する前に何とかしようと、排水溝やゴミ箱など掃除してこれで完璧なんて思っていても、います、店の中に。

一見、人間からしたら害虫じゃないですか。
雑草だって。
次から次へと湧いてくるようにいるんです。

でも、人間からみたら、害虫であったり、雑草であったりしますが、彼らから見たら、こっちが雑人だよなって。

そこで彼らも必死に生きてんだなーって感じたんです。

彼らから見たら人間のほうが邪魔な存在ですよね。

根っこ抜かれちゃうし、ハエたたきでたたかれちゃうし、変な薬まかれちゃうし。

地球規模で見たときに、45億年の歴史があるらしいのですが人類の歴史なんて1万年とかぐらいしかないし、記録に残っているのだって2千年とかぐらいしかないんですよね。

(詳しいことは、あまり調べてないので許してください。)

地球から見たら人間のほうが、邪魔な存在なのではないかともいえませんか?


話しは逸れるんですが、恐竜がなぜ滅んだかの議論て結論は出てないですよね。(でていたらごめんなさい)

むかし、NHKの番組で『生命40億年の旅』とかいう特集がありました。

何でも、「生命というのは、環境の変化に対応して『種』として生き残り、今現在絶滅していない『種』は変化に対応できた生命である」というような生命の進化を表現した内容でした。

そして、急激な温度変化に対応できずに、恐竜は滅んだというのが一般的みたいです。

急激な変化とは隕石がぶつかったりとか、ポールシフトが起きて地球の地軸がずれたりとか、温暖化と氷河期で海水面の隆起によって陸地がなくなったりとか、逆に海に沈んだりとか、いろんな説があるみたいです。

これも仮説なのですが、1万年前にも今よりももっと高度な文明があったとされる説もあるみたいです。

ちょっとミステリアスでワクワクしてしまうのですが、どうしてそういうことが起きるのか?

ある意味、地球からしたら人間の存在って邪魔じゃないですか。

環境破壊しちゃうし、生態系壊すし、オゾン層破っちゃうし。

何で存在するんですかね?

そこまでして、存在する価値がどこにあるんですかね?

と、いろいろ考えていくとまた、ひとつの仮説にぶち当たりました。
仏教でいう「輪廻転生?」の意味があるんじゃないかと思うようになったんです。

つぎの話しをします。

「酸素」って人間が生きていくうえで大事な元素ですよね。

科学は苦手なのですが、「酸」と書いてクサルって読むらしいです。

腐るモトなんですか?

動物って「酸素」吸って二酸化炭素はいて、植物が「二酸化炭素」吸って「酸素」はいて、ということは中学校の理科で習ったと思うのですが、そういう生態系をしているわけですよね。

で、動植物が死ぬと腐って植物の肥料になります。
植物の果実を動物が食べて生きていく。

こういう循環をしているわけですよね。



そんなとき「ふっと」思ったのです。

「生きてんじゃなくて、生かされている?!」

先ほどの話しで恐竜なぜ滅んだかというと、これは、私見ですのでご批判もあるかと思いますが、植物との関係がうまくいかななったのではないか。

過去にあったとされる古代文明が滅んだのも、ひょっとして植物との関係がうまくいかなかったのではないか。

たとえば、恐竜も植物をたべる種がいると思いますが、食った食いっぱなしですよね。

そうすると、そこの場所は砂漠化してしまいます。

いま人間の世界でもそうですが、中央アジアの人たちって遊牧民ですよね。

ヤギとか羊とか放牧して、たべられる草食いつくしたらほかの地にいく。

人口が少ないときは、植物の再生力のほうが、家畜が草食べる速度を上回っているからいいと思います。

人口がこれだけ増えてくると、そうは行かなくなる。

食いつくし、砂漠化し、またほかの地に行き、食いつくす。

そこで、食える場所がなくなったら、ほかの地を侵略して奪い、また食い尽くす。

これが大雑把にいうとこれが人類の歴史ですよね。



植物と共存していかないと動物ってそこでは生きられなくなりませんか?

植物との共存共栄を計れない種は、生き残るのがむずかしい。

ということは、逆説的に言えば
「人間は植物に生かされている」

といってもいいのではないかと思います。

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