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最近、周りの人達が皆、フェイスブックを始めたので、ブログ投稿が減ってしまって、少し寂しい気分
私も、一応、主人が登録してくれてるんやけど、やり方が分からなくてそのまま放置プレーです。
一年余り、ブログ投稿をしてなくて、月日の経つのがこんなにも早いとは・・・
年を取ったんやな〜って思う今日この頃
先日、60歳からあたる年金の案内が届いてるのを見て、額の少なさにビックリ仰天
毎月、多額の税金(厚生年金・国民年金)を賭けているのに・・・って思いませんか?
こんなんでは、老後の生活の不安が増すばかり
生涯現役で働かなくては、生きて行けませんよね
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無題
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朝、雪がほんの少しだけ降ってました
早いもので2010年も、もうすぐ終わりです
今年の後半、想いもよらないことが突然起きて、今では少しづつ傷も癒えて来つつありますが・・・
でも、時として、ふいにその時の辛く悲しい感情が蘇えって来て切なくなるけれど是もまた、時と共に乗り越えられるのだろう〜
新しい年明けと共に・・・
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昨夜、寝れなくてリビングでテレビを見ていたら、夜中、12時半頃、電話のベルにビックリして、出ようか出よまいか迷っていたが、何か嫌な予感がしたので出ることに。
すると、女性の鳴き声で、今の旦那との家庭生活がやっていけないと言うような内容だったので、思わず、「○○か?どうしたん?」と相手の名前を聞く前に、娘の名前を先に言ってました。
とっさの事だったので、うろたえて、心配で、胸が痛くなって心臓はバクバクなってくるし・・・
でも、話を聞くうちに、話し方とか、話の内容が、娘とは合わないし、夕方娘と会ったばかりだったのを思い出して、これは、おかしい、と思って、電話を切りましたが。
うっかり、騙されるとこでした。
俺俺詐欺で騙される人の気持ちがよう分りました。
電話の相手は何をしたかったのか分りませんが、迷惑な話ですね。
後から考えたら、かかってきたのは会社の方だったし、もしかけてくるとしたら、私の携帯にかけてくるだろうし、理不尽な事ばかりなのに、とっさには、混乱するものですね。
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しかしながら、またまた、やっちゃいました。
フロントに着きました。
お名前は?どんなプランで?と怪訝そうな応対に、なんじゃこのホテルは、感じ悪る!! って思っていたら
「○○さんのご予約は、明日、13日になってますけど・・・」
オオーw(*゚o゚*)w 持って行っていた予約確認書を見ると、間違いなく、13日の予約になっていました
「でも、せっかくいらしてますので、ご用意させて頂きます。」とのフロントの親切な対応に、やれやれでした
部屋に通して貰い、浴衣に着替えて、楽しみの温泉。
このホテルは、金泉・銀泉・ラドン泉・ラジュウム泉の
次の楽しみはお料理
私達姉妹の巨大になった胃袋にどんどんと美味しいお料理が運ばれました。
前菜・・取り分け膳
満腹☆,。・:*:・゚★o(´▽`*)/♪Thanks♪\(*´▽`)o゚★,。・:*:・☆゚満腹
帰りは、お決まりコース
心も体もホッカホカ〜〜
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幼い頃から何時も一緒、同級生で、家が近所だったし、親同士が家族ぐるみのお付き合いってこともあり、遊ぶのも、勉強するのも、何時も一緒だった。
幼稚園・小学校・中学校・高校と一緒で、中高のクラブ活動も一緒で、就職してからも、スキーに行ったり、旅行もしたな〜〜、山登りも・・・
でも、結婚してからは、会う機会がなくなっていった。
そうそう、お互い結婚した先で、ママさんバレーをしていた頃、市内大会で出会ったの思い出したわ。中学の時は、バレー部やった。
運動もよく出来て、部活では、彼女は選手で私は補欠。
成績もトップで私は彼女のず〜と後の方。
何事も、全力投球、絶対手抜きをしないで真面目に生きて来た彼女。
五年前、ひょっこり訪ねてきてくれて、「乳癌になってん」・・・
検診で見つかったようで、「初期やから大丈夫」と言っていたが、きっと、ショックだったに違いない。本人以上に私はかなりのショックだったもの
でも、今日まで、泣き言一つ言わないで、闘ってきた。
最後の最後まで、弱音を吐かずに頑張ってきた。
19日の金曜日に親族(彼女の双子の姉妹)から電話で「もう最後になるかも知れないので会いに来てやって」と連絡が入り、覚悟はしていたものの、慌てて病院に駆けつけた。
モルヒネを打ってもらってすでに意識は無かった・・・
2年前に肺に転移。
その時も、病院まで片道一時間強かかる道のりを自分で運転して抗がん剤をうって、その足で午後からは仕事に行っていた。
「主人は何しとんねん
私がとやかく言っても仕方が無い。
去年の8月頃には、脊椎からふとももにかけても転移していた様で、腰から足が痛くて立てなくなったらしくて、放射線治療をして貰っていたらしい。
その頃に私が彼女に連絡をしたら、何時もの元気な声じゃ無かったので心配していた。そして、きっと、私が、心配しているだろうとお盆に訪ねてきてくれた。
元気な姿を見たのはこれが最後だった。
12月に入って、肺に水が溜まって息が出来なくなって入院。
それまでは、仕事も続けていた。
退院したと聞いたので家に訪ねた。
食べれなくなって体重が10㎏から減ったらしく、小さい体がもっと小さくなっていたけど、それでも、前向きで弱音は吐かず、でも、「もう、仕事は行けそうに無いわ」って言ってた。
家族の事、特に子供の事が第一で、下の子が今年大学を卒業して就職も決まりやっと楽になるのに、自分の事は二の次三の次・・・
2人の自慢の子供が独り立ちできる歳まで何とか頑張らなって、今日まで、頑張ってきたんやな
最後の最後まで諦めないで病気と闘って、泣き言ひとつ言わないで
ほんまに良く頑張ったね。
お疲れ様でした。
享年55歳。
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