東北地震・津波・原発爆発

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代表選、なぜ復興語らぬ/陸前高田市長・戸羽太さん

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復興街づくりイベントの公開討論で、市の将来像を語る戸羽さん(右)=27日、陸前高田市高田小
http://www.kahoku.co.jp/img/news/201108/saikihisaichidayori_0829.jpg

 市政に長年貢献された2人の方が8月、相次いで亡くなりました。前市長の中里長門さんと現職の市議会議長だった西條広さんです。

 特に中里さんが市長2期目の約4年間、自分は助役、副市長として市政の一端を担わせてもらいました。党派を超えて協力し合い、新しい陸前高田をつくるため、頑張ってきました。
 病状が良くないのは以前から分かっており、ある程度の覚悟はしていました。でも、1カ月前に会った時は元気そうだったので、少し早過ぎますね。震災後も何度も市役所を訪ねてこられて、アドバイスを頂いただけに非常に残念です。

 中里さんが掲げていた「高齢者や子どもが安心して住める街」という理念を、今後の復興でも大事にしなければいけないとの思いを新たにしました。
 27、28の両日、高田小で催された復興街づくりイベントには多くの方が訪れました。趣旨は、被災した地元の商店主らに、再起する気持ちを持ってもらうことです。

 今回出店した地元の飲食業などの店主たちが、どのような気持ちになられたかは正確には分かりませんが、イベントの熱気を通して少しは再起のきっかけをつかんでもらったと思います。

 このように一歩ずつ前進する中で、国政の混乱は収まらないですね。与党も野党も関係なく、被災地の復興と原発問題は政局に絡めず、一体となって政策を進めてほしいです。

 民主党の代表選の動きを見ても、話題に出るのは「大連立」とか「増税」ばかり。被災地の復興を具体的にどうすべきなのかが語られなければならないのに、忘れ去られている。非常に危惧しています。

 先日、地元の高齢の方と話をした際、「敗戦直後より、街の状況はひどい」と言われました。次の首相には、一刻も早く3次補正予算を成立させてもらいたい。

(毎週2人の便りを定期掲載。次は名取市・名取ハマボウフウの会代表の大橋信彦さんと石巻市・大興水産社長の大塚敏夫さん)
                   

警戒区域は数十年、人も家畜も住めない地域になってしまった。
菅直人27日にも対象となる自治体に直接説明するとしているが、なぜ福島原発は爆発したのか?初動においての疑惑を説明すべきだ。
 
 
 
 
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転載元転載元: レオナルド・ダ・ヴィンチの小部屋 〜最後の晩餐へご招待

巨大地震の影響大

困った顔

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3.11の東北大地震の大津波で南極に巨大氷山が発生
 
地球エネルギーの凄さをあらためて 実感しました。

歴史は繰り返す

 大阪も安全では無いようです。

「千年に一度の巨大地震の世紀」首都圏直下型や3連動型の可能性も

産経新聞 8月3日(水)3時15分配信
 
 東日本大震災規模とされる平安時代の貞観(じょうがん)地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和(にんな)地震など9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似していることが、産業技術総合研究所の寒川(さんがわ)旭(あきら)・招聘(しょうへい)研究員(地震考古学)の分析でわかった。近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。

 寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでマグニチュード(M)7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。

 貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、「海は猛(たけ)り吼(ほ)え、津波が怒濤(どとう)のように多賀城下に押し寄せ、千人がおぼれ死んだ」と記述。当時の海岸から約5キロ内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では道路が寸断された跡が見つかり、仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。

 878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人がおぼれ死んだ。大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。東海から四国にかけて甚大な被害があったという。

 寒川氏の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(昭和58年、M7・7)や阪神大震災(M7・3)、新潟県中越沖地震(平成19年、M6・8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通していると指摘した。

 首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震について寒川氏は、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵する3連動型地震が発生する可能性が高いとした。

 また、6月30日に長野県中部で起きた震度5強の地震は、千年あまり活動がなかった牛伏寺(ごふくじ)断層付近で発生。7月5日にも和歌山県北部で震度5強の地震があったことからも日本列島が活動期にあることが改めて浮き彫りになった。

 一方、古代以降、M8・2程度の元禄関東地震(1703年)や3連動型の宝永地震(1707年)があった「18世紀初め」、安政東海地震(1854年)や、高さ9メートルの津波が襲ったという翌日の安政南海地震、死者1万人といわれる安政江戸地震(1855年)が起きた「幕末」にも巨大地震が集中したが、三陸沖では東日本大震災に匹敵する地震はなかった。

 寒川氏は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話した。

 古村孝志・東大地震研究所教授(地震学)の話「これまで、江戸時代以前のデータは不確かさがあるということで防災対策などでもあまり注目されなかったが、今回を教訓に文献史料などを見直さないといけない。東日本大震災後の余震は以前より落ち着いてきたが、陸のプレート深部はまだ動いており、バランスをとるために再び大地震が発生する可能性が高く、対策が急がれる」
       土地の古老たちは 「大阪は太閤さんの土地だからと」よく云うと
           聞きましたが そう甘いものではありませんよね。
 
         今朝 地震雲らしき雲を見たのですが たいした事がありません様に !

復興を願う 花火

 花火に復興の願いを込めて
 

希望の大輪きらめく 夜空に4500発 石巻川開き祭り

http://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20110801031jd.jpg
「祈り」「希望」をテーマに、夜空と川面を鮮やかに染め上げた花火大会=1日午後7時55分ごろ、石巻市の旧北上川
http://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20110801032jd.jpg
次々と打ち上げられる花火を見上げる相沢さん(手前左)=1日午後7時40分ごろ、石巻市中央

 石巻川開き祭り(実行委員会主催)は1日夜、東日本大震災の犠牲者の鎮魂と復興への願いを込めた花火大会が宮城県石巻市内で行われた。
 
「祈り」と「希望」をテーマに、被災地の夜空に色鮮やかな大輪の花が咲き誇ると、見物人の間にはため息と歓声が交錯した。
 旧北上川に浮かぶ中瀬公園が打ち上げ場所となり、周囲には多くの市民が詰め掛けた。大会には全国から支援が寄せられ、新潟県中越地震の復興のシンボルとなった花火「フェニックス」の縮小版など計約4500発が次々と打ち上げられた。
 例年は東北最大級の花火大会として同市開北の河川敷で約1万6000発を打ち上げていたが、ことしは規模を大幅に縮小、近隣に仮設住宅があることから会場を移して実施した。

◎煙火部長、支援を力に打ち上げ/「石巻、きっと復活」

 大輪の花火が打ち上がると、歓声が沸き上がった。1日夜、石巻市で行われた石巻川開き祭り。「多くの人の助けがあってできた。やってよかった」。花火部門の責任者「煙火部長」を務める電話工事会社社長相沢清悦さん(63)は感慨深げだった。

 東日本大震災の津波で、石巻市は広範囲にわたって水没した。同市の死者、行方不明者は4000人を超し、今なお約3400人が避難所暮らしを強いられている。

 旧北上川河口に近い湊地区にある相沢さんの自宅兼会社も津波にのまれ、家族と共に高台の幼稚園に逃げた。一時は500人が身を寄せた避難所で、食料確保や病人搬送に奔走した。

 震災から数日後、つながり始めた携帯電話に着信履歴が残っていた。「全国花火サミット」に加盟する縁で親しくしていた長野県諏訪市の山田勝文市長(60)からだった。

 「今から職員を派遣したい。必要な物資を教えてほしい」。思いがけない支援の申し出だった。十分な対応ができずにいた石巻市との橋渡し役になって物資を受け入れ、3度にわたる諏訪市への2次避難の世話役も務めた。

 祭りの開催は3月末に決まった。もともと、川や海で亡くなった人々の鎮魂を願って始まった。開催に難色を示す声もあったが、相沢さんは前向きだった。

 祭りに携わって20年、煙火部長として約10年、祭りへの愛着は人一倍ある。何よりも「花火は人を元気づけてくれる」との確信があった。ただ、ライフラインの復旧は進まず、街はがれきに埋もれたまま。「果たしてやれるのか」。不安も拭えなかった。
 祭りの開催が決まると、諏訪市だけでなく、サミット加盟の他団体からも支援の申し出が相次いだ。相沢さんが卒業した湊中の卒業生で首都圏に住む人たちも募金集めをしてくれた。周囲の支えを力に、プログラム作りや関係機関との打ち合わせに当たってきた。
 花火のフィナーレを飾ったのは、新潟県長岡市から贈られた「ミニフェニックス」。新潟県中越地震(2004年)からの復興を願って始まった花火の石巻版だ。「石巻もきっと復活できる」。川面に映る花火を見詰めながら、相沢さんは思いを新たにした。 
大友庸一)
                                                      河北新報より
2011年08月02日火曜日

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