キタノザウルス・北新地駅キタノザウルス(女性) 大阪広告協会50周年記念のために制作した銅像です
あいたかってん、首を長くして待ってます
キタノザウルスの銅像を見ました
キタノザウルスは此処で彼氏を待ってます
米俵のリュックを背負って
首を長くして待ってます
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 キタノザウルスて可愛い顔ですね 実は女の子なんです
待ってる彼が早く来てほしいですね キタノザウルスは佐藤邦雄さんの作です 1997年6月23日大阪JR東西線の「北新地駅」に設置されました
実物は、高さ2m20cmあります キタノザウルスの長いシッポも魅力的ですね 《キタノザウルス伝説》それはそれは遠い、ジュラ期よりもっと遠い昔、地球にとびっきり美しいキタノと呼ばれる娘怪獣がいました。ある日、彼女は恋人との待ち合わせのため、米俵のリュックを背負い大阪北野の浜にやって来たのです。しかし、約束の彼がなかなか現われません。いまか、いまか・・と待つうちにすっかり首がながーくなってしまい、とうとうそのまま眠ってしまいました。ところが、1997年6月23日、誰かが眠っている彼女の足をくすぐると「コチョバイ・・」と言いながら永い永〜い眠りから覚めました。さあ、約束の彼は来るのでしょうか
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転載ブログ 浪速めぐり
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前島密像・・中央区北浜東前島密像
大阪市中央区北浜東3−9
大阪市中央区北浜東の日本郵政 ビルの前で
前島密の銅像を見ました
明治の始めに日本に郵便の仕組みを築いて
郵便や郵便切手などの用語も定めた
その大きな功績から日本近代郵便の父と呼ばれてます 1円の普通切手で見たことが有りますよね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 前島密
天保6年1月7日(1835年2月4日)〜大正8年(1919年)4月27日
前島密の信条
『縁の下の力持ちに なることを厭いとうな 人のためによかれと 願う心を常に持てよ』 日本の近代郵便制度 の創設者で
1円切手の肖像で知られてます
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道路に残る神木・白光大神白光大神
大阪市中央区玉造2丁目
大阪市中央区玉造で道路の真ん中に
大樹がある白光大神を見ました 大阪には道路に残る神木が
数多くありますが此処もその中の一つですね
白光大神のある神木も大事に祀られていました
この神木に神の使いの白蛇が棲みついていたから
神木は切り倒されづに残っているんですね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 玉造稲荷神社から南へ約50mぐらいの所です 白蛇を神使としてお祀りされています 小さな鳥居に白光大神と書かれてて
奥に小さい祠が鎮座てます
白蛇がまつられています
道を通した時に木を残すことになり祀られました
詳しい地図で見る
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八劔神社・城東区八劔神社
大阪市城東区鴫野東3丁目31番8号
大阪の城東区で八劔神社を見ました 八劔神社にも南之町と西之町の地車小屋が二つあり
何時か地車を見てみたいものです
八劔神社は相撲に関係してるようで
宮相撲の郷土宮相撲米川部屋頭取碑や
隠退記念の十四代目朝日山四郎右衛門像がありました
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 野神社:宮地神、鹿屋野比賣命
戎神社:事代主命、大国主命
幸神社:産霊神、狭田毘古大神、奥津比古大神、奥津比賣大神
辨天社:辨財天女、大楠稲生大明神、楠春稲生大明神
狛犬が並べてありました 隠退記念 十四代目 朝日山四郎右衛門 朝日山部屋は、日本相撲協会所属で江戸時代の大坂相撲から続いている
立浪一門の相撲部屋
八劔神社は、宮相撲が盛んで、境内に昭和36年に建てられた
「郷土宮相撲米川部屋頭取碑」があり、面白い四股名が刻まれています
2棟の地車倉庫 南之町と西之町の地車(だんじり)の小屋がありました
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豊臣秀頼公銅像・玉造稲荷神社難波玉造資料館の前に豊臣秀頼公銅像がありました
こま前に来たときには銅像はありませんでしたが
今年の10月13日に除幕竣工された銅像は
文化勲章受章の中村晋也氏が当時の史料を基に制作されました
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 実際の秀頼は大兵にて御丈6尺5寸余り(約197cm)あったらしいです 豊臣秀頼は豊臣秀吉と淀殿との間の
2子として文禄2年(1593)8月3日に大坂城で誕生しまた 玉造稲荷神社は豊臣大坂城期には三の丸に位置にあって
大坂城の鎮守神として崇敬されていたそうです 玉造稲荷神社紀元前12年の秋に創祀されたと伝えられる由緒ある神社。豊臣秀頼奉納の鳥居や千利休の顕彰碑などが並ぶ豊臣家ゆかりの神社でもある。境内には難波玉造資料館もあり、古代玉遺物、玉の歴史や玉作り工程、古代土器など貴重な資料が展示されている。 1日1回クリック
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