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「淡交」サイトに新しいコーナーを作りました。
武田教授のブログより「正しい歴史認識」「四方山話」「日本だけ」を転載したものです。
日本の素晴らしさ、日本人の凄さ、美しさが分かります。
  ↓
「日本を知るコーナー 正しい歴史認識」(音声)
http://www.geocities.jp/tankou_2008/takeda-1.html

音声動画は「淡交 You Tube」の再生リストをご覧下さい。
  ↓
「正しい歴史認識」
http://www.youtube.com/playlist?list=PL7A6-CgCyUUMCf49nI1RKYaUXpXkj7NPu
「日本だけ」
http://www.youtube.com/playlist?list=PLD7707D491C27D5A7&feature=plcp

下記サイトより転載致します。 (Yahoo!ブログの5000字制限があるため全部を転載できません)
  ↓
武田邦彦 (中部大学)
http://takedanet.com/

■ 正しい歴史認識

(1) スペイン・ポルトガル
http://takedanet.com/2013/04/post_667c.html
16世紀から始まったヨーロッパ人の世界支配
ものすごく残虐な大量殺戮

日本の戦争は350年にわたる大きな世界史の動きの一つ
歴史を「どの国にとっても中立的に正しく」理解しよう。

(2) イギリスの七つの海の支配
http://takedanet.com/2013/04/post_a60b.html
ギリシャから始まったヨーロッパの繁栄は時計回りにイタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス、ドイツと進んでいく。
彼ら白人はそのたびに有色人種の国を支配してきた。
19世紀はイギリスがインド洋の回りの国(図)とカナダなどを支配した。
その中で「生き残ったわずかな国」が日本であり、中国もほとんど支配地域を失った。

(3) ロシアの東進
http://takedanet.com/2013/04/post_6efa.html
ロシアというのはヨーロッパの白人の国
17世紀にシベリアを攻略して(侵略して)太平洋に至った。
中国より歴史的には膨張主義の国。
日本の北方からの圧力があることを知っておく必要がある。

(4) アメリカのウェスタン・フロンティア 
http://takedanet.com/2013/04/post_a36e.html
正しい歴史認識の基礎として、イギリス、ロシアと進めてきましたが、今回はアメリカで、次回の中国の考察で基礎編がおわりになります。
アメリカがこれほど膨張主義の国なのに、なぜ日本人はアメリカと敵対しないのか?も考える必要があると思います。

(5) 中国がほぼ見えなくなった時代
http://takedanet.com/2013/04/post_2dee.html
(読者の方からのご指摘で、時間的に「日清戦争ー日露戦争ー第一次世界大戦」なのですが、音声で日露戦争が後のように話しています。また1895年と言うべき所を1995年と言ったりしていますので、早い機会に音声を直します)

今では中国は大国ですが、日本と中国の問題が起きた頃、実は中国という国はなかなか「見つけることが難しい国」だったのです。
アジア民族がヨーロッパ人の侵略で呻吟している頃、中国(支那)はどんな状態だったのでしょうか?

(6) 朝鮮半島の歴史
http://takedanet.com/2013/04/post_a54c.html
正しい歴史認識には、正しい歴史の事実を知ることでしょう。
そして日本にとっては、今問題になっている明治の初めの日本と朝鮮半島、それにロシアの関係がもっとも重要です。

明治の時代の朝鮮がもう少し国としての力があれば、かなり歴史は違っただろう。
ロシアが満州に来ても、それは日本の脅威ではなく朝鮮の脅威のはずだった。
でも朝鮮は実体的には「自衛する国家」ではなかった。
そこに「正しい歴史認識」の問題がある。

(7) 日露戦争はなぜ起こったか序論
http://takedanet.com/2013/05/post_5232.html
日露戦争とは何だったのか? なぜ、ロシアと日本の間にあった朝鮮(李朝朝鮮)は南下するロシアに対して国を守ろうとしなかったのか? なぜ南下するロシアに対して中国は国を守ろうとしなかったのか? その序論に当たります。

(8) 世界には10カ国しかなかった?!
http://takedanet.com/2013/05/post_35be.html
「歴史」というのは過去の事であり、過去は現在とは違う。過去は過去の状態があり、価値観があった。
「なぜ王朝時代に民主主義ではないのか!」と起こってみたとしても仕方が無い。
「正しい歴史認識」というのは、「現在の価値観で歴史を見ること」なのか、「その時代の価値観で歴史をみること」だろうか?
日本が大東亜戦争を始める前、世界にはおよそ10カ国しかハッキリとした国はなかった。

(9) 「侵略戦争」ってあるの?
http://takedanet.com/2013/05/post_947c.html
大日本帝国は「侵略戦争をした」と言う。戦った相手は、中国以外はすべて白人だった。
ローマ帝国は地中海全体を征服したが、日本の歴史の先生はローマから見た戦争を説明したので、「侵略」とはなっていない。
アメリカはアメリカに西部地区、ハワイ、フィリピンを侵略したが、日本を侵略戦争として非難している。

(10) 中国は白人側で戦った
http://takedanet.com/2013/05/post_cff0.html
アジアは「その国」のものではなく、すべて占領されていた。
日本軍が戦ったのは「白人軍」であって、「アジア軍」ではなかった。
その中で白人側についたのは中国だけだった。
「正しい歴史認識」とは、まずは価値観とか利己ではなく、大きな事実を確認すること。

(11) 不道徳なヨーロッパ、浅薄なアジア大国
http://takedanet.com/2013/05/post_c8d8.html
「正しい歴史認識」シリーズの中間まとめをします。
最初のシリーズはいわば「基礎編」で、16世紀から時間をおってヨーロッパとアジアのほんの簡単な関係を振り返ってきました。
不道徳なヨーロッパ人に翻弄されるアジア人が浮き彫りになったこと、日中の議論がいかに浅薄であるかが分かると思います。

(12) 戦争への坂道・・・朝日新聞と法令無視の時代へ
http://takedanet.com/2013/05/post_f61c.html
憲法改正が論議されているとき、もっとも大切なのは「過去になぜ戦争になったのか?」を考えることだろう。

細かい事は後にして、日本が戦争に突入した瞬間は、1914年11月8日であった。この日、朝日新聞は日本軍の青島(チンタオ)占領を報じて、「愉絶快絶、狂喜」という記事を掲載した。青島を占領していたドイツ軍は降伏した。

次の日には、この記事に扇動されて提灯行列、大売り出しなどがあり、さらに朝日新聞は三宅雪嶺という当時の文化人に「青島を中国に返す必要はない」との論陣を張らせて、世論操作を行う。

実は戦いの前、日本政府と軍は「支那に還付の目的」でドイツを攻撃すると最後通牒で宣言している。この理由は形式ではなかった。それまでの日本は「領土的野心」を持っていなかったからだ.それに対して雪嶺は「返さなくてもよい。必要の前に法律無し」と論じる。
(注:管理人 5000字を超えるため中略)
この朝日新聞の一連の「謀略」が日本を戦争に向かわせ、日中関係を決定的に破壊し、さらには日本が「ヨーロッパ人と同じ醜悪な帝国主義」への道を転がっていった瞬間だったのである。
(中略)

(13) 人種差別の国・アメリカ
http://takedanet.com/2013/05/post_82ff.html
アメリカは人種差別で成り立っていた国だった
インディアンは従わないので殺す  アフリカ黒人はおとなしく働くので奴隷として使う
中国人はおとなしいがお金を狙うので殺す  日本人は自分たちより優れているので移民を禁止する

1919年、パリ会議で日本が提案した諸国平等の提案はアメリカによって拒絶
それでも、日本人はアメリカは正しいと仮定している理由
アメリカの正しさをアメリカ人から見ると

(14) 民族移動・・・セム、アーリア、モンゴル
http://takedanet.com/2013/05/post_752c.html
(中略)
カスピ海の北にいたアーリアという民族は「移動したいという耐えがたい欲求」があり、それが人間に何回も悲惨な戦争の原因を作った.
アーリアは徐々にもとに戻ってもらいたい。世界平和はそれによって達成されるだろう。またアーリア以外の民族はアーリアの侵入をいかに防ぐかという団結心を持たないと長い歴史で地球はアーリア人だけになるだろう。

■ 四方山話 親切な日本人・・・壬午政変

じんご政変と呼ぶ。1882年 韓国で暴動があり日本公使館で7人が殺害。
賠償金は50万円10年払いだったが、日本は2年だけ受け取って残りは免責した。朝鮮に汽船と大砲を贈り、日本は持ち出しだった。
清(中国)は軍隊を出して朝鮮を制圧、3000人の軍隊を駐留させて朝鮮の支配を強めた。
その後、朝鮮は日本を憎んだ。



「淡交」 非公開サイト
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真実の情報がより多くの人たちに伝わりますように・・・
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転載元転載元: 青山繁晴氏のファンサイト・淡交 ブログ

肉体に翻弄されない

 
私達がこの世に生まれてきたのは
心を浄化し、魂を鍛え、智慧を得るためです
 
しかし、多くの方々は
肉体を原因とする悪しき精神作用に
魂そのものが敗れていくようです
 
あくまでも肉体は
魂修行をするための車であって
煩悩は、車の持つ快感に過ぎないのにも関わらず
 
目的と手段を見誤っているところに
不幸の原因があると思うのです
 
 
 
 


 
 


 



 
 
 

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

近所で火事 発生

 午後 2時30分位からサイレンがなって 消防車が走っていく音がした。
 
       ヘリコプターの音もする 割と大きいのかも 今日は 生憎の雨なのだが
 
                     まだ ヘリコプターの旋回する音がしている。  
 
                                 大事になっていなければいいが
 
 
イメージ 1
 
 
イメージ 2
 
         近所に 出入りの米屋さんの 小母ちゃんがいるので ちょっと 見にいったが
 
                                 小母ちゃんのお店の 斜め向うみたいだった。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/832405/img_832405_35793132_0?20111107123556

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/832405/img_832405_35793132_1?20111107123556

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良識ある日本国民の皆様には、駆逐艦「雷」(いかずち)の工藤俊作艦長はご存知だと考えます。

私は昨日から風邪気味でテレビでの報道しか確認出来なかったので、本日は、駆逐艦「雷」の工藤艦長の過去記事を再アップさせて頂きますが、前にお読み頂いた方には申し訳御座いません。

私の祖父は昭和19年に戦死した海軍少将で、工藤艦長と同じ山形県出身、「米沢興譲館中学」(旧米沢藩の藩校として設立され、正式名称は山形県立米沢中学校)・「海軍兵学校」(祖父は48期・工藤中佐は51期)も同じです。

駆逐艦「雷」(いかずち)の工藤俊作艦長駆逐艦は、上杉家の義を重んじる心、海軍兵学校の「士官たる前に紳士たれ」の教えを受けた、帝國海軍の職業軍人です。

1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃の2日後、日本海軍航空部隊は、英国東洋艦隊を攻撃、最新鋭の不沈艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と、戦艦「レパルス」を撃沈した。

駆逐艦「エクスプレス」は、海上に脱出した数百人の乗組員たちの救助を始めたが、日本の航空隊は救助活動にはいると一切妨害せず、それどころか、手を振ったり、親指をたてて、しっかりたのむぞ、という仕草を送った。さらに救助活動後に、この駆逐艦がシンガポールに帰港する際にも、日本軍は上空から視認していたが、一切攻撃をしなかった。

1942年2月15日、シンガポールが陥落すると、英国重巡洋艦「エクゼター」と駆逐艦「エンカウンター」は、ジャワ島スラバヤ港に逃れ、ここで、アメリカ、オランダの艦船と合同して連合部隊を結成。2月27日から3月1日にかけて 、ジャワ島北方のスラバヤ沖で「日本艦隊」と「英米蘭の連合艦隊」が交戦(スラバヤ沖海戦)、日本海海戦以来、37年ぶりの艦隊決戦である。

日本海軍は優勢で、日本艦隊は多くの敵艦を撃沈し、敵連合艦隊は大惨敗した。撃沈した英海軍の巡洋艦「エクゼター」・駆逐艦「エンカウンター」の乗組員400名以上が救命ボートなどによる漂流を続け20時間以上が経ち生存の限界に達していた時、目の前に日本海軍の駆逐艦「雷」が現れた。

英国海軍フォール中尉は、「日本人は残虐」という先入観を持っていたため、機銃掃射を受けていよいよ最期を迎えるものと、英海軍の漂流者たちは「死」を覚悟した。

「雷」は海面に浮遊する多数の英国兵を発見した。この時期には、米蘭の多くの潜水艦がジャワ海で行動しており、わが国の艦艇も犠牲になっていた。3月1日には、この海域で輸送船「加茂川丸」が敵潜水艦の攻撃を受け沈没。

工藤の兵学校時代の教官であった、船長の清水巌大佐(海兵39期)が船と運命を共にしている。それほど危険な海域なのである。敵の攻撃をいつ受けるか分からない状況では、国際法上は、海上遭難者を放置しても違法ではない。まさに交戦中の危険な海域での出来事であった。

だが、「雷」艦長の工藤俊作少佐は海軍兵学校で学んだ「敵を敬う」との武士道精神を見せ、「敵兵を救助せよ」と発令。兵士達は、自分たちより数の多いイギリス兵を助けることに戸惑った。

しかし、工藤艦長の海軍兵学校の頃から教育されてきた武士道。敵とて人間、弱っている人間を相手にフェアな戦いはできないのだ。兵士達もこの考えに従うことになった。この命令により「雷」は、「救難活動中」を示す国際信号機を掲げ、英国兵の救助に当たったのである。

長時間の漂流で体力を消耗している英国兵を、海面から拾い上げる救助作業は難航。そこで工藤艦長は「一番砲だけ残し、総員敵溺者救助用意」との命令を発し、船内総力を挙げての救助に当たるよう指示したのである。ほぼ総員に近い兵員と、はしご、ロープ、竹竿、さらには、海中に飛び込んでまでの敵兵救助、魚雷搭載用のクレーンまで使用可能なすべての装備を投入した救助であった。

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「燃料が不足する」との進言を受けても、工藤艦長は「漂流者を全員救助せよ」、「漂流者は1人も見逃すな」、工藤艦長のさらなる命令により、「雷」は進行しては止り、すべての英国兵を救助したのであった。その数は実に「442名」であり、まさに「雷」の乗組員に倍する人数であった。「雷」の兵員は、重油で汚れた英国兵士の身体を、アルコールと木綿で丁重に拭き取り、貴重な水と食料を提供したのであった。

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救助した英国兵の中から将校たちを甲板に招き、工藤艦長は次の言葉を発している。

「You had fought breavely. 諸官は勇敢に戦われた」、「Now, you are the guest of the Imperial Japanese Navy 諸官は日本帝国海軍の名誉あるゲストである」

工藤艦長のこの言葉に、英国将校たちは敬礼を以って感謝の意を表したのであった。

蘭印攻略部隊指揮官高橋伊望中将は、「エクゼター」・「エンカウンター」の両艦長を「雷」の付近を行動中の重巡「足柄」に移乗するよう命令を下した。舷門付近で見送る工藤と、両艦長はしっかりと手を握り、互いの武運長久を祈った。

救助された英兵たちは、停泊中のオランダの病院船「オプテンノート」に引き渡された。移乗する際、士官たちは「雷」のマストに掲揚されている「旭日の軍艦旗」に挙手の敬礼をし、また、向きを変えてウイングに立つ「工藤に敬礼」して「雷」をあとにした。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/832405/img_832405_35793132_4?20111107123556

工藤艦長は、1942年に「雷」艦長の任を解かれたが、「雷」は1944年4月13日、船団護衛中にグアム島の西で米潜水艦の攻撃を受け沈没し乗員は全員戦死した。工藤艦長は、多くの乗組員が犠牲になったという自戒の念から、大東亜戦争終結後もこの救助事実を家族にも話さなかった。

昭和54年1月12日、工藤艦長は78歳の生涯を静かに閉じた。工藤艦長は自らのことを何も語らずに亡くなったが、生前、一度だけイギリス兵について話したことがあるという。

彼がいつも持っている黒いバッグがボロボロだったため、姪が「なぜ新しいのに替えないの?」と聞いたところ、「イギリス兵にもらった大切なバッグなんだ」と語ったという。工藤艦長の甥・七郎兵衛氏は「叔父はこんな立派なことをされたのか、生前一切軍務のことは口外しなかった」と落涙した。工藤艦長は己を語らず、黙々と軍人としての職務を忠実に果たして、静かにこの世を去っていったのである。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/832405/img_832405_35793132_5?20111107123556

この時救助された「フォール」氏は英国に戻り、後にフォール卿となり外交官として活躍し、晩節に差しかかった1996年に自らの人生を一冊の著書にまとめた「マイ・ラッキー・ライフ」を執筆し、その1ページ目にはこの本を「私を救ってくれた日本帝国海軍の工藤俊作少佐に捧げる」と記している。

2008年12月7日、元英国海軍中尉サムエル・フォール卿(89)は66年の時間を経て、埼玉県川口市内の工藤俊作元日本海軍駆逐艦「雷」艦長の墓前に念願の墓参りを遂げ、感謝の思いを伝えた。



海軍兵学校の「士官たる前に紳士たれ」の教えを受けた工藤艦長、たとえ敵兵でも命を掛けて救助する日本軍は、美徳ある日本の武士道精神の持ち主です。

良識ある日本国民の皆様、日本の美徳ある武士道精神についてご考慮下さい。

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転載元転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

 
    何年前のCM かな
 
  民主党に 舵を渡したら 嵐になって
 
     耐えきれずに 舵を放してしまう。
 
  そして 日本に青空が 戻ってくる
 
     分かっていたのですねぇ〜  民主党では 無理だと云う事が
 
   

転載元転載元: 夢之介の独り言

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