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◆チコリ◆
庭の水撒きのときは、日焼けをしないように、
できるだけ長袖を着て、帽子をかぶり、足を覆うような服装をしているのですが、
すでに、足が赤くなって、日焼けをしています
暑い。。。。ですね
先日も、白い帽子に白い長そで、白いくるぶしまであるスカートをはいて、水撒きをしていたら、
お隣の奥様に、
「いつも、絵本の中の女の子みたいにかわいいね^^」と声をかけられました
私も、
「奥様こそ、相変わらず常盤貴子みたいで、おきれいですね^^」と、言っておきました
ここにお引っ越しをしてきてから、ずぅっとご近所さんのなかで私は妹分、
可愛がってもらっています
なんか、寒いですか?
(笑)
チコリ(野菜)の花が咲きました。
初めて見ました。
こんなに青くて、やさしい花が咲くのなら、野菜じゃないでしょ?
こんなにたくさん、毎日つぎつぎ咲いてくれるのなら、野菜として売られていないほうがいいんじゃなくって?
と、ここのところずっと思っています。
もしも、これで、種が実って、
種がこぼれて、
来来年には、一面チコリの庭になったら、すてきです^^
チコリ、冬越しさせて、よかったです
っていうか、ただ、放置してあっただけですけど。。。。
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ふぅ。。。。(2011)
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◆ あじさい ◆
朝起きると曇り
今日は雨が降るかもしれないから、庭の水撒きをしなくてもいいかな
日中は、薄日
軒下の鉢植えが、思った以上に乾いているのをみてあわてます。
今朝は、曇りでもジャバジャバたっぷりお水を撒いてあげました。
スイートバジルの花穂が早くもではじめました。
狭い小庭を歩くと、どうしても、そこここの植物に体が触れたり、踏んだりしてしまうのですが、
そうすると、ペパーミントや、レモンゼラニウム、ローズマリーとかの香草、トマトとかの香りが立ちます。
日によっては、水をかけるだけで、香りがしたり、なんにもしなくても、香っていたり
そういえば、トマトの、茎やぱっぱもトマトの香りがするのを知って、かなり感動したのですが、
蛍の幼虫が光っているのを見たときも、かなり感動したんでした。 こちら地方の北部や、城公園では、
気温と湿度の高くなる6月の第2、第3週ぐらいは、蛍の多く飛びちがいたる光景が見られます。 (厳密に言えば、子供たちが小さかった過去、見られました。今は行ってないのでわかりません^m^)
さて、私、週末あたりから、咳が出始め、やっと昨日、お医者さんに行って、抗生剤をいただくことが出来ました。
高温での発熱、喉の痛み、腫れもないまま、いきなり気管支炎になっていたようで、
梅雨空のはっきりしない日々、ズンバや岩盤浴、サウナに行くこともできず、かなり残念でした。
でも、はるな愛ちゃんやYOUさんみたいなかわいいハスキー声で(?)、
ここ数日を楽しむことができるのは、これ幸いです
今、携帯でお話したら、もれなく、耳元で吐息を感じる、セクシーな会話ができますよ。。。。。???(笑)
追記 2011.06.16 12:40
あ、今、大原麗子的声
ちょっと古いか????(^_^;)
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◆ブロメリア クルセア オーレア◆
そろそろ、バラの季節が終わりかけています。
散ったら散ったで、
舞ったら舞ったで、
バラの花びらもバラ、きれいなんですけど、
鯛とは違って、腐ったらやっぱりバラじゃない。。。。。(p_-)
なるべく散ってしまう前に切る。。。の作業中の今朝、
右足にチクッ〜〜と少し熱さを感じる痛みを感じました。
そろそろ来たか。。。。
と諦めの思いを抱きながら、右足をみたら、
予想通りすねに黒い剛毛が何本も生えてきていました。
左手でバシバシと黒い剛毛を容赦なく叩き落とし、
腕や左足が黒い剛毛にとりつかれないうちに、
作業半ばで家の中へ逃げ込みました。
黒い剛毛=蚊の季節に突入、
アジサイとユリが出番を待つように、背丈を伸ばし、まだ色づかない幼いつぼみを待機させていました。
季節は梅雨に向かっています。
アジサイとユリが色づくころ、梅雨入なんでしょうね。。。。。。
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◆ラレーヌビクトリア◆
庭が一番、華やかな季節となりました
外に出ると、バラの香りと、フリージアの香りがしました。
散り落ちた花びらも好き
と思っていたら、
雨、雨、あめ。。。。。。。
明後日は、ドロドロの花びらのお片づけをしなくちゃ
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ご無沙汰いたしております。
春一番が庭の木戸を揺らした日はいつのことだったのでしょうか。
立ち去るにもあっさりとはいかない冬に、もしかしたら、私の気持ちが届いているのかもしれないと思う日々をすごしています。
昨日の新聞に、ニュージーランドの地震の記事があり、
そのなかに「サバイバーズ ギルド」という言葉を見つけました。
災害や事故に会った人たちのなかで、生き残った人が陥る精神の状態。。。。。。
幸運にも生き残ってしまったことが、罪悪感に変わり、うつ病になったりするそうです。
しばらく、ここで話す言葉を失ってしまっていた私に、
もうひとりの私が、それは、サバイバーズ ギルトと似ているんだねとささやきました。
ここ2年ぐらいは、タイにいる姉夫婦にかわり、
その一粒種の息子に、ちょっとしたことの親代わりをしてきました。
その彼の通院に付き合い、検査のたびに、
ほんの少しの痛みが、思いもよらぬ病気につながっていくのを診察室で、いっしょに聞いてきました。
遠くにいる姉夫婦をいたづらに心配させたり、驚かせたりしてはいけないという配慮も、
先月の半ばには無理だと判断して、
姉だけはとりあえず急きょ帰国してもらいました。
命にかかわる、そして、命があったとしても体の機能にかかわる病気だと判明したのですから。
彼に対する気持ち、姉夫婦に感じる気持ち、わが子や老いた父母への気持ちは、
迷子になったように、同じところをぐるぐると回るばかりでした。
自分の心を軽くすることや、わが子の日々の安全、健康を祈り感謝することすら罪悪を感じ、
また、彼や姉を励まそうとかするにも、どこかで自分が安息の地にいるという前提ではないかとか、
いたたまれない思いでいました。
そして、自分自身も彼の患部と同じところが痛いと感じてしまうのです。
「サバイバーズ ギルト」の本来の意味とは、全く違うのかもしれませんが、
自分の今の状態を一歩遠くから眺めることができる言葉に出会えたと思っています。
私こそが心身ともに健康であることがまず、彼の闘病を支えるための一番大切なことだと思い直し、
化学療法が間もなく始まるだろうと思われる甥と姉といっしょに、今日は鰻でも食べてこようと思っています。
先日は、中華料理を食べたいという彼といっしょに中華を食べてきました。
左手で不自由にお箸とレンゲを使うかと思われたのに、
わしわしと若者らしく食事を平らげる様子を、希望を抱き、目に納めました。
時間よ止まれと思ったり、苦しい時間は一気に進んで、武勇伝として語れるところまで進んでしまえと思ったり、
まるで春と冬のせめぎ合いのこの時に似ています。
中途半端になりましたが、甥と姉との約束があるので、ここで、今日は、終わります。
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