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信者になってはいけない。
寺院を営む僧侶の言葉とは思えない
かもしれませんが、これがわたくし
の本音です。
ここでいう信者とは、僧侶や
宗主に対して「依存」の関係に
ある者を指します。
そう。
宗教を信じて、神仏や信仰心に
あつい精神的態度を持つことは
問題はありませんが、その信仰心
が僧侶や宗主に向いてはいけない
ということなのです。
従来の宗教は、「神の言葉」を
僧侶や宗主が聞き取り、それを
信者に伝えるという構造で成り立って
きました。
このため、「神の言葉」を聞ける
のは修行した者、選ばれた人だけ
ということになり、ここで、信者が
依存関係に陥ってしまっていたのです。
しかし、現代は違います。
神の言葉は何も特別な選ばれた人だけ
が聞けるというものではありません。
今やいろいろな人達が、その気づきを
本やインターネットで公開しています。
つまり、神の言葉とは「おーい」
というような声ではなく、インスピレーション
やシンクロニシティといったことで
全員に届いているのです。
あとは、その声なき声に気づくかどうか、
それは本人次第です。
このため、僧侶などに神の声を聞きたくて
依存する理由はないのです。
だから、依存関係にある信者になっては
いけないし、信者になる必要はまったく
ないのです。
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