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前回の記事で「気づいた」ことにより、
そこから運命が好転していたったという
ことを書きました。
「気づいた」とは、何を気づいたのだろう?
そう思った人もいらっしゃることでしょう。
いろいろ気づいたことはありますが、
まずは「知らぬ間に力を込めてコブシを
握りしめていた」ということです。
これはつまり、自分で作りだした
「固定観念」にずっと支配されて生きてきた
ということです。
女性はこうでなければならない。
大人はこうでなければならない。
僧侶はこうあらねばならない。
といったことから、
あの人は私のことが嫌いなのだろう。
努力し、成長し続けなければ人として
の価値はない。
苦難の末に、発展がある。気を緩めるな
などなど
とにかく眉間にしわを寄せて、肩に力が
入りまくりの状態です。
こんな状態ですから、心の壁は厚く、
すべてが行動で、しかも自力で何とかしよう
とする。
このため、他力を利用できず、インスピレーション
は受けれず、やることなすこと壁にぶつかり
ます。しかも、なかなか前に進めないため
その疲労感たるや・・・。
しかし、もう疲れ果てたとき・・。
もういいや・・そう思えて力が抜けたとき、
自分はなんて「力を込めてコブシを
握りしめていた」のだろう・・・と気づいた
のです。
もっと、力を抜けばいい。
どうしてあんなに「〜であるべき」なんて
思い込んでいたのだろう?
もっと違う考え方があっていい。
いろんな在り方、人がいたっていい。
そう思えた瞬間、周りの景色も
周りの人達も違って見えたのです。
いかに自分が、固定観念をもち
その視点で自分や世間を見て、
その結果、損をしていたかに気づかされた
のでした。
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2015年02月19日
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