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このブログのトイガンカテゴリー第4回目にアームズマガジンの遊戯銃組合除名の話を書きました。そこで当時(1991年)私は東京マルイで仕事をしてたって書いたんですが、今回はその思い出を話しましょう。 私はフリーのトイガンデザイナー(設計者)でしたが雑誌のライター家業もしてました。出版社の(株)ホビージャパン社とは1985年頃から関係があって、1988年にアームズマガジンが創刊された当初からのライターでもありました。それでジャパンの佐藤元社長にも可愛がられていたんですが、マルイとの関係はそれよりも前の1983年からありました。 それで1990年に名古屋から埼玉に引っ越してK.T.Wの社員になって、そして辞めた後にマルイと契約したんです。マルイは旧社屋の屋上にプレハブで私の研究室を作ってくれました。塔屋ともいいますが屋上の建物、つまりペントハウスですね。プレハブといっても結構大きくて15畳くらいの広さはあったと思います。そして二人の若手社員を助手としてつけてくれました。F君とT君です。 当初の私の仕事は基礎的な研究でした。物になるかどうかわからない、商品化に結びつくかどうかに関係なくエアガンの様々な可能性を探求する、という内容でした。それで研究室です。でもあるとき「これをやってくれ」と当時マルイで開発中だったM16とその中身のVer.2メカボックスが持ち込まれました。マルイはこの年の春に日本(世界でも)初の電動ガンFA-MASを発売したんですが、それがなかなか売れなかった。当時はガスガン全盛の時代でしたからね。今では当たり前の電動ガンですが当時のファンは電動ガンなんて認知していなかった。しかも一部のマニアしか知らないようなマイナーな仏軍のFA-MASです。そこでマルイはより認知度の高い米軍のM16を第二弾として起死回生を計ったんです。でもその開発が思うようにいっていなかった。それでこっちにお鉢が回ってきたというわけです。 「ええっ、聞いてないよー」って話だったんですが断るわけにもいかないし、それに電動ガンを発明したのは私だから、メーカー製の電動ガンを手がけてみたい気もあって直ぐに引き受けました。 私のところに持ち込まれた段階で銃本体のM16もVer,2メカボックスもあらかたできていました。しかしそれが上手く動いてくれない。私の仕事はそれを製品として完成させる事でした。全ての問題点を洗い出して改善していく。修正だけですまない部分は設計をやり直す、というのが私の役目でした。 まず最初にやったのはギアの軸間距離の修正でした。M16はFA-MASより回転速度が遅くなっていました。というよりFA-MASは高回転過ぎた。それを実銃の回転速度にあわせて遅くしたんですが、当然ギア比が変わってギアの大きさも違ってくる。それで混乱があったのでしょう。ギアとギアの軸間距離が少し狂ってました。今の次世代は全てのギアがモジュール1になってますが、それ以前のメカボックスはセクターとピストンのラックギア以外はモジュール0.8でした。モジュールというのはギアの歯の大きさを表す単位です。モジュール0.8は小さな歯なので許容される誤差も小さい。僅かな狂いでも大きな影響が出ます。それでそこを計算し直しました。 次にしたのはスイッチやタペットプレート、カットオフレバーといった作動パーツ全ての見直しです。確実に作動するように形状の変更や設計のし直しをしました。メカボックス本体にも修正を加えました。内部パーツとの関連に加えてメカボックス本体の強化もしました。直したい箇所は沢山あったんですが、メカボックスは亜鉛ダイキャスト製で金型には焼きが入っていました。それで修正には制約もありました。また、金型には水穴というものがあります。型に高温高圧の「湯」を押し込んで成型するわけですが、それを取り出すには型を冷やさなければならない。それでその水穴に水を流して冷やします。ちょうど修正したい箇所にその水穴が通っていて修正できないという事もありました。 それでもどうにかこうにかまともに動くものにできました。それで何とか製品として発売する事ができたんです。M16に目処が立ったら次はMP5が待ってました。MP5に関しては六人部さんに貰った実銃の図面を持っていたのでそれも参考にしました。でもそんな風に電動ガンの開発を引き受けているうちに、最初の「エアガンの様々な可能性を探求する」というのがどこかに行ってしまいました。気づいたら基礎研究ではなくマルイの新製品開発を担当する仕事になってました。電動ガンのほかには固定スライドガスガンのステヤーGBやコッキングハンドガンのオートマグⅢなんかにも関わりました。
私はこの約1年後にホビージャパンのオファーを受けてジャパンの社員となりアームズマガジンの編集兼ライターになりました。結局マルイでは基礎研究はできずに終わってしまいました。助手の一人のF君はその後も電動ガンを担当しVer.3(AK47)、Ver.4(PSG-1)を設計しました。もう一人のT君はその後部署が変わりましたが、私がエアショットガンのSPAS12やM3を設計したときにマルイ側の担当者として尽力してくれました。 当初の目的とは違ってしまいましたが、マルイの屋上、ペントハウスで過ごした事は楽しい思い出です。T君は北海道の出身でしたが北海道の人は実は寒さに弱いという事をはじめて知りました。マルイの多くのスタッフと知り合えたのも大きな喜びでした。その内今でもマルイに残っている人は半分もいません。それが少し寂しいんですが、みな私より若い人たちなので今も元気にどこかで活躍していてくれると思います。 |
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設計の方なら分かるかもなのでコメントさせてください
当時のM16を持っています
数年前に気付いた不具合…
それは、ハンドガードの付け根からカタカタ動いて命中しなくなりました…
このガタは修理で直るのか…
出来ればまた使いたい…
どんなもんでしょう…
2018/8/10(金) 午後 8:21 [ すずかっつぁん ]