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香山リカのコラム「小出裕章氏が反原発のヒーローとなったもう一つの理由」に対する批判には、単純な誤読によるものもあるが、意識的にしろ無意識的にしろ何かしらの「悪意」が含まれているものもある。その悪意は、彼女の主張によって自らの自我を傷つけられ、あるいは不安にさせられた、と言う意識から発していると思われる。
 
私は彼女のこのコラムに関してtwitter上で何度か呟いてきた。それはこの日記にもまとめてある。http://blogs.yahoo.co.jp/hayaao2011/4824015.html

私の立場は基本的に彼女の主張を肯定するものであり、彼女の言う「ニート」「引きこもり」を極めて大雑把に「無用者(社会から疎外されたインテリ)」と言いかえ、「一般的な「母親(及び母性)」は適応外です」と言った。
 
このコラムを読んだ第一印象は「ちょっと混乱して焦点が定まってないな」と言う物だった。それが誤解の第一要因だと思われるが、その混乱から「ニート」「引きこもり」という「レッテル」を安易に使用してさらに誤解を深めたと思う。

「彼らはそれなりにやる気もあり、優秀で学習意欲も高く、知的好奇心も強い人たちです。それなのに、どこか歯車が咬み合わず、社会にうまく溶け込めない。自分でも社会が受け入れてくれないと思い込んでいる」人々と言うに留めておけばよかったと思う。
 
論旨の混乱と言うのは、この連続コラムのタイトルである“香山リカの「こころの復興」で大切なこと”とあるように一番のテーマは「こころ」なのだが、その「こころ」だけに焦点を集約できなかった点にある。それを明確に言うのは彼女の中でも憚られた、と同時に、どうしても言わなければ済まない彼女自身の内的衝動との葛藤が混乱を招いたと感じられる。
 
人が政治的あるいは社会的な活動をする場合、その活動の社会的意味と、それに駆り立てる内的動機が別のものであることは少なくない。人々の自由を抑圧する権力に対する反発心が、実は自分の意識下の権力欲、支配欲によって引き起こされている事は普通にある事だ。自己の権力欲が満たされない反動から反権力の立場をとる。
 
合理的な理由のある活動であっても、それを行う動機には非合理な欲望が潜んでいる事は珍しくない。それが軽度の場合なら、恋人ができるとか結婚して家庭を持つとか言ったことで、反権力活動の動機を失う事もままある。恋人や配偶者を支配、所有することで、自身の権力欲や支配欲が満たされたからだ。
 
今の反原発には様々な立場や意見があり、それがネット上を飛び交っている。彼女はネット上で盛んに反原発を叫ぶ声の一部に、そういった匂いをかぎ取って、その「こころ」に言及したわけだが、十分な分析には至ってなかった事と、それを明確に示すことへの躊躇もあったように感じられる。
 
彼女のこのコラムは現在の「反原発運動」に冷や水を浴びせかけたものだが、彼女にその意図がなかったことは自明だろう。では何を目的として彼女はこれを書いたのか。彼女の言葉から拾ってみよう。
 
1)「彼らが原発問題に熱狂して、彼らが何かを変えられるとしても、ネットの中の一つの小さなトレンドに過ぎません。現実に動いている体制には、大きな影響を与えることはできないのです。現実社会との接点こそ、ネット全盛の時代にあっても、ないがしろにできない大切なことではないでしょうか。」
 
2)「それは、自分が脱原発を訴えたりアクションを起こしたりする際にも、自分のこころに潜む問題について認識しておく必要があると思ったからです。現実の問題としての原発問題を把握する上で、「原発問題がもたらした心の変化」を意識していないと、誤った判断を招きかねないと思いました。」
 
1)は少し言い訳めいていて、人の「こころ」を暴くようなまねに対するエクスキューズでもあるだろうが、重要な指摘でもある。ネットでいくら騒いで、もそれが現実の行動と結び付かなければ、社会が変わらないのは事実だからだ。

ただ、これも反発を招いた。彼らは現実社会から疎外されている(少なくともそう自覚している)から、ネットにのめり込んでいる。ネットを過大評価してネットだけで社会を動かせると考え(たがっ)ている。したがって彼女の言葉は自分を否定するものに感じられたに違いない。

ネット社会は誰もが情報の発信者となれる社会だ。情報とは=権力なのだが、ネットのそれはバーチャルでもある。そのバーチャル性を認めず、現実に権力を手にしたと思い込むことで、彼らは自我を衛っている。
 
2)はこのコラムに対する「お詫びと補足 」の中で述べられている。1)よりもさらに整理されていて、明確に「こころ」の問題に絞っている。すなわち「反原発」の中には「原発は危険だから廃止する」といった合理的理由とは別の、人の「こころ」に潜む「内的動機」があるという事だ。そしてそれを自覚しない運動はどこかで間違ってしまう可能性を持っているという指摘である。
 
この指摘が正しいかどうかは今後明らかになっていくだろうが、少なくとも私は彼女の指摘を正しいと判断しているし、同様の危惧も抱いている。この
 
「こころ」に潜む内的動機による「反原発」は、何かのきっかけで容易に「原発推進」に変わりうるからだ
 
現にネット上の「原発推進(擁護)派」には、その位相が180度違うだけで、彼女の言う「ニート層」が少なくないと思われる。さらに敷衍すれば単に原発反対、賛成だけでなく、多くの人が誤った政治や指導者を選んでしまうといった可能性も否定できない。
 
ただ、政治的視点から見れば、彼女の今回の発言は反原発運動にとってのマイナス要因であることは間違いない。その分析の当否にかかわらず「何故今、そんな事を言うのか」との声は少なくない。その意味での(政治的)批判は当然だと思う。彼女自身がそう言った批判を受けて当惑しているだろう。
 
彼女が今後この問題に直接触れ、議論を深めることはないだろうと思う。いわば「言ってはならない真実」でもあるからだ。しかしその問題意識を持っている以上、今後この連続コラムでどのように「こころ」を語っていくのか。注目したい。

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