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 六人部さんの思い出を書いたんでタニコバさんのことも少し書きましょう。

 タニコバさん、タニオ・コバこと小林太三氏は日本のトイガン史上最高峰の人です。これからも氏を超える人は現れないでしょう。ですからタニコバさんの説明は必要ないでしょう。

 私は氏の弟子ではなかったので直接教えを授かることはほとんどありませんでしたが、氏が作り出す数々の製品によって非常に多くのことを教えられました。氏の作品はわたしの教科書でした。

 タニコバさんはMGCを辞められた後ご自身の会社「タニオ・コバ」を設立されて活躍していました。タニコバさんはとても人徳のある人で、これほどすごい人なのに偉ぶったところなどは微塵もなく、氏の周りには氏を慕う多くの人が集まりました。元MGC社員や関係者を中心とする親睦団体のような物があって、タニコバさんを中心に飲み会を開いたり、温泉旅行に行ったりしてました。私もそれに混ぜてもらってました。

 1993年の忘年会のことです。そのとき発売されたばかりのウエスタンアームズ(以下WAと略)のマグナブローバックが話題になりました。当然ですね、その年一番の話題作だったんですから。そのときタニコバさんは「これは負圧弁だよ」って言ったんです。当時のWAの説明では「機械弁」でした。つまりBB弾がチャンバーにあるとフローティングバルブと呼ばれる弁がBB弾に押されて後退し、バレル側を開き、シリンダー側を塞いでいる。そしてBB弾が発射されると弁はスプリングの力で前進し、バレル側を塞いでシリンダー側を開く、という機械的な原理だと言う物でした。WAの最初の特許申請にもそう書いてあります。

 しかしタニコバさんは「負圧弁」だと言った。機械的なものではなくガスの圧力差によって弁が動くんだと。実はこれが正解でした。流石にタニコバさんです。一目でマグナブローバックの本質を見抜いていた。
 
 WAの説明ではBB弾がチャンバーにあるときはフローティングバルブの後ろ側、つまりシリンダー側は完全に密閉されていることになっている。特許申請にはそう書いてあるし、後の東京マルイとの裁判でもそれを訂正してはいない。でも実は違った。フローティングバルブの後ろには直径1㎜の小孔があったんです。完全密閉ではなく弁の後ろにもガスは回っていた。そしてこの小孔からのガスの流入がないとマグナブローバックは作動しない。そのことは実験で確かめてアームズマガジンにも書きました。今のマグナは小孔ではなく2㎜角くらいの大きな切欠きになっています。


WAの最初の特許出願ではチャンバーにBB弾がある時はフローティングバルブが後ろに押されてシリンダー側は閉ざされていると書かれていたんですが、実際は小孔が開いていてシリンダー側にもガスは回っていたんです 

  タニコバさんは「負圧弁」を使うんならもっといいやり方があるよね、って感じでこの後USPを作りました。弁はマグナとは違ってスプリングの力で後ろに押されています。それがガスの圧力によって前進する。最初のUSPはタニコバさんらしいアイデアのシースルーの樹脂製マガジンでした。でもちょっとそれは不利だった。樹脂では熱容量が少ないですし熱伝導性も低い。それを補う為にマガジン内に鉛を入れてました。でも樹脂ではフロンガスに侵されてひび割れしたりもします。それでマルゼンとタイアップしたモデルでは亜鉛ダイキャスト製のマガジンになりました。

 タニコバさんは同じ原理によるマルイのデザートイーグルも作りました。USPとは違って「皿型弁」と呼ばれる円盤状の弁です。タニコバさんが作ったのは「前後同時出し」とも呼ばれる、弁がシリンダー側を塞いでいないタイプです。放出されたガスはBB弾を押すと同時にシリンダー側のピストンも押す。でもピストンはスライドに固定されています。重量比でいえば0.2gBB弾だとしたらスライド側は数百倍の重さです。それにリコイルスプリングやハンマースプリングの抵抗が加わるので実際には2〜3千倍の重量比になる。だからスライドが動く前に軽いBB弾は発射され弁が閉じてしまう。

 でもWAのマグナも実は「前後同時出し」だったんですよ。ただ初期の物は後ろに回るガスが抑えられていただけ。今は後ろにもドバッとガスが流れていますから、実質的にタニコバさんの「前後同時出し」と変わりません。

 この「機械弁」か「負圧弁」かと言う点はこの後にWAがマルイを特許侵害で訴えた裁判で重要なポイントとなりました。そのこともまた書きましょう。



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 ヤフオクに六人部さんの作ったタナカ.380ガバメントを出品したんで、今回はそれに関する思い出を少し話しましょう。

 この.380ガバメント(通称:さんぱあまるがば) は1990年末に発売された製品で、その半年くらい前に同じく六人部さんの手によるベレッタM1934が出てました。このM1934が日本初の1ウェイガスブローバックで.380ガバは2作目になります。どちらも六人部さんお得意のロータリーバルブを使ったアフターシュートでした。

 アームズマガジンで1作目のM1934のレポートを書いたのは元K.T.Wの社員でもあったT君です。彼はモデルガン時代からの六人部さんのファンで、よく六人部さんの工房に出入りしてました。それで六人部作品のレポートは全部彼が担当していたんです。彼と一緒に工房を訪れたことも何度かあります。

 しかしM1934はあまりいい出来ではなかった。数々の欠陥や弱点がありました。まあ、最初の作品ですから多少のことは仕方ないんですけどね。それに前にも書いたように六人部作品は量産には向いてない物が多いですし。でもT君はレポートでその欠陥や弱点をズバズバと指摘した。スライドを引いて初弾を装填しようとするとBB弾がこぼれるとか、2発発射されてしまうとか、スライドの後退量が少なくてリコイルショックが弱いとか、ある意味ぼろくそに書きました。勿論、悪意で書いたんじゃありませんよ。かれは六人部さんの大ファンだったんですから。六人部さんにもっといい物を作ってほしい。六人部さんならきっと作ってくれる、という願いであえて欠陥を指摘したんです。 

 六人部さんは専門誌の批評を結構気にする人でした。当時は「月刊GUN」「COMBAT」「Arms MAGAZINE」の3誌がありました。六人部さんはそれら全部を毎月読んでました。マルシンの樹脂製モデルガン「ブロニングHP」を作ったときにその欠陥をくろがねゆう氏に指摘されたんですが、それをずっと気にしてました。そしてタナカでマグナブローバック方式のHPを作ったときに「今度はちゃんと作りましたよ」と誇らしげに語ってました。(HPに関しては何れまた)
 
 ですから当然T君の酷評も読んでました。それで2作目の.380では気合を入れて作ったんです。このときも「T君に指摘された欠陥は全部直した」と言ってました。レポーターは批評家でもありますから、このときは作家と批評家との良い関係ができました。でもまだ完全じゃなかったんですけどね。

 今回、オークションに出品する為に完全分解してメンテナンスしたりチューンしたりしたんですが、やはりあちこちに欠陥が目に付きました。できるだけ直して、パワーも当時は0.2J程度だった物を0.35Jは出るようにしました。でも今のブローバック製品に比べたら性能は劣りますね。30年近くも昔の物だから仕方ないと言えばそれまでですが。当時は実射性能なんて二の次で、ブローバックすると言うだけでファンは大喜びでした。古きよき時代だったんでしょうね。


昔、私が作ったアームズマガジン別冊の「ブローバックランド」に掲載した.380の解説ページ





2段階に伸びるテレスコピックピストンでスライドの後退量がM1934より大きくなった



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