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【謎の論文】
WAとマルイの裁判は三審ともマルイが勝ちました。マルイの完勝といえるでしう。その判決は科学的には不十分な部分があったと思いますが、常識的には妥当な判断だと思います。判決は「機械弁」とか「負圧弁」という言葉にはこだわらず、現実に何が起きているのかで判断しています。では何がマルイの勝因となったのでしょうか。
マルイはこの裁判の渦中である大学教授に依頼してマルイが有利となる論文を書いてもらっていました。マルイの話ではその教授は流体力学の権威だそうです。その論文にはかなり高額な報酬を払ったとも聞きました。マルイはその論文が決め手になって裁判に勝てたといいます。仮に100万円、200万円払っていたとしても、何億円もの賠償金が掛かった裁判ですから、それで勝てたのなら安いものだったでしょうね。でも判決文を読む限りではそんな論文の影響どころか、それが存在した痕跡すらないんです。
マルイの皿型弁が前に動いているのは間違いのない事実です。しかし銃には弁を前に動かす機械的な仕組みなどは全くない。むしろ逆に弁はスプリングの力で後ろに押されている。それなのに現実に前に動いている。そうなれば弁を動かしているのはそこに充満しているガスの作用による物だと考える以外にはない。そこで判決では
「全中央空間部へ流れ込んだガスが当初から皿形弁の前方側と後方側の双方へ流れ込むことができる構造であること,皿形弁は,コイルスプリングにより,後方への付勢力が働いていること,皿形弁は,コイルスプリングで支えられている外は,比較的自由な動きが可能であることが認められ,これらの事実を総合すれば,被告製品において,皿形弁が後方から前方へ移動するのは,①蓄圧室からの高圧ガスによって,全中央空間部内にガスの流れが生じること,②全中央空間部のうちの,皿形弁より後方部分(ピストンカップ側の部分)のガス圧が,皿形弁より前方部分(中間部形成部材内)のガス圧よりも高くなることの双方又は一方を原因とするものであると推測される」
と判断しています。この推測は正解ですがここには科学的知見はありません。あくまで常識的に考えるとそう推測するしかないという判断です。「ベルヌーイの定理」だとか「流速増大による圧力低下」だとかといった物理学の知見や理論も全く出てきません。科学的知見に基づいた判断ではありません。その論文が決め手になったどころか、その影響すら見られない。第一もしその論文が決め手になったとしたらWAは控訴審でその論文に反論しているはずです。しかしWAの反論を読んでもそんな箇所は見当たらない。
ではその論文はどうなったのか。断定はできませんがたぶん読まれなかったんだと思います。マルイの元専務にでも聞いてみないと確かなことはいえませんが、おそらくマルイは代理人を通じて正規の手続きで証拠として出してはいなかったんだと思います。証拠として受理されたいたら痕跡くらいは残りますからね。正規の証拠でないとすればそれは怪文書の類です。しかも被告が出してきた物だから被告に有利な内容であることは読まなくてもわかる。それで判事(裁判長)はそれを無視したんじゃないかなって思います。
マルイの勝ちにした判断のひとつは、WAが分割出願した「弁前方の圧力低下で弁が動く」という主張を認めなかったことです。単に圧力低下というだけでその原理や機序の説明がないから理解できない、として退けています。
ここはちょっと微妙です。特許庁はそれを認めたんですから、裁判所と特許庁の見解が食い違うことになる。しかしWAにとっては痛手です。負圧弁だと認められなかったわけですから。それを前提としてマルイの物が弁の前後にガスが回りこむ前後同時出しである事、そしてスプリングの使い方が逆である事をあげて、マルイの皿型弁はガスの作用で動く物だが、WAの物はあくまでスプリングが押す力を前提として動くと結論付けました。つまりマルイは負圧弁だがWAは機械弁だと最終判断を下したんです。そしてこの判断は最高裁まで変わることはありませんでした
。
ここで私には疑問なんです。一審で圧力低下というだけでその原理や機序の説明がないから理解できないと退けられたのに、どうして控訴審でその説明をしなかったのか。説明するのは簡単だったはずです。弁の後ろ側にもガスを回していることを言えばいい。それが負圧弁が働くための条件だからです。というか分割出願したときにそれを言わなければならなかったと思うんですよね。
最初の機械弁としての特許の段階ではプレシュートを強調する為に、弁の後ろは密閉されていると言う必要があったかもしれない。でも負圧弁だと言い出した段階では、ガスは弁の後ろにも流していると言わなければ話が通じなくなったはずです。それを隠していたから判事は「理解できない」とした。何故WAはそれをずっと隠したのか。初めに密閉といってしまったから訂正できなかったのでしょうか。もし控訴審で「いやマグナも弁の後ろにガスを回している。マルイの皿型弁と同じ前後同時出しだ。弁の後ろのスプリングはあくまで補助であって、このスプリングがなくても作動する(実際にマグナはスプリングがなくても動きます)」って主張してたらWAが勝っていたんじゃないかって思えます。
これは推測というより妄想ですが、WAはマグナが負圧弁であることは最初から知っていた。だって弁(フローティングバルブ)の後ろに小孔を開けてガスを後ろにも回してたんですから。今のマグナは小孔どころか大きな切欠きになっている。だから最初から知っていた可能性も大きいです。でもただの負圧弁では特許として認められない可能性があった。マグナの弁が動くのは川面に浮かぶ木の葉や船が流されていくのと本質的に同じなんですから。前に書いた「自然法則の発見」に過ぎないとして特許を取れないことも考えられた。それで最初は機械弁として特許を取得した。だがマルイとの裁判で負圧弁だという必要が出てきたので分割出願をした。しかしここでも詳しい原理や機序を説明してしまうと分割出願が認められないかもしれない。あるいはマルイから「それは自然現象だ」と突っ込まれる恐れもあった。判事はガスがバレル側に流れて圧力が低下するのは当たり前だというようなことも言っている。だから裁判でも詳しい説明はできなかった。
以上の事は何の根拠もありません。私の妄想です。
とにかく裁判は終わりました。前に書いたとおりマルイの完勝でした。マルイにとっては「めでたし、めでたし」だったでしょうが私にとってはそうじゃない。最初に書いたように、こんな判決が出たおかげで本当のことが書きにくくなりました。いえ、全く書けなくはないんですが、それを書くとグダグダと長ったらしい説明をしないといけなくなる、でないとマルイからクレームがつきますからね。だから今では全体構造の違いとか弁が動くタイミングの違いを強調して、原理的なことは一般論としてさらっと流すという書き方になっちゃってます。
今の私の気持ちを一言で表現すると
「ふっ 困ったものです」(by古泉一樹)
ですよ。
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2017年08月26日
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【機械弁vs負圧弁?】
ウエスタンアームズ(以下WAと略します)と東京マルイ(以下マルイと略)との裁判の話です。世に言う「マグナ裁判」ですね。WAはマグナブローバックの特許が侵害されたとして数多くの企業やショップを訴え、数々の裁判を起こしました。結果的にはWAのほぼ全敗に終わりましたが。それにマグナの特許も既に切れています。
完全に過去の話ですね。
でもライター家業もしている私には過去の話ではすまないこともあります。私はこれまでに何度もガスブローバックの解説記事を書いてきました。「ブローバックランド」なんて別冊も出した。それの奥付を見るとライターにSABURO AOTANI(青谷三郎)、SHIRO MIDORIIKE(緑池士朗)なんて名がありますが、これ両方とも私のペンネームです。そしてイラストレーションはYUKIO HAYASHI(林幸生)。これは私の本名。で編集人も林幸生です。つまり一人で作ってた。
その別冊を出した頃はまだマグナ裁判が始まる前でした。だからWAのマグナもマルイの弁も原理は同じ、とはっきり書けた。でもいまはそうかんたんには書けないんですよ。原理を争う特許の裁判でWAとマルイの弁は別の原理だっていう判決が出ちゃったんですから。もし「同じ」なんて書いたら当然マルイはクレームをつけてきますよ。「原理が違うことは裁判で認められて、うちが勝訴してる!」ってね。そうなると次の号でお詫びと訂正を掲載しないといけなくなります。何しろ司法のお墨付きがあるんですから。最高裁までいって確定している判決ですから、これを覆すのはまず無理でしょう。
さて前置きはこのくらいにして裁判の話に移りましょう。この先は単に「WA」「マルイ」とだけ表記しますが、これはそれぞれの会社の公式見解だったり代表者の話だったりします。法人ですから一人の人間として擬人化して話を進めます。
裁判が始まったのは平成12年(2000年)で最高裁でマルイ勝訴となったのが平成16年(2004年)です。WAはマルイに特許を侵害されたとしてマルイが製造していたデザートイーグルの製造中止、および金型の没収、そして損害賠償を要求した。最初の要求額は損害賠償金3億5105万4000円と弁護士費用2000万円でした。それに利子がつきますから裁判が長引けば何倍にも膨れ上がります。金型の没収は仮執行がなされて金型の一部が東京地裁に押さえられ、マルイはデザートイーグルの製造ができなくなりました。
この裁判の初期には私も少しかかわっていました。マルイの依頼でマグナが負圧弁であることを証明する実験機を作りました。前のタニコバさんの話でも書いたように、マグナも弁の後ろにガスを流している。その流量を調整すれば弁の動きをコントロールできます。そのことでマグナが負圧弁であることを証明しようとしたんです。
頼まれたから作ったんですが、でもこれじゃWAとマルイは同じだって事になっちゃうから、マルイにとっては不利ですよね。当時のWAはまだ機械弁だという主張でしたから、マルイとしてはとにかくWAに反論すればいいと考えていたみたいです。
その後マルイは「あんたのところのマグナは機械弁でしょ。特許出願にはそう書いてある。うちのは負圧弁だから違うよ」って主張しだしました。
ところがそこでWAが「いや、うちのマグナは負圧弁だ」と言い出しました。分割出願で「弁の前の圧力低下で弁が動く」という原理を追加で出願したんです。負圧弁の原理そのものです。そしてこれが認められてしまった。マルイは当然この分割出願は無効だとして訴えたんですが却下されてしまいました。
このときのマルイは「分割出願した物は原出願には存在しない物だから無効だ」と訴えました。でもこれは拙かったと思いますよ。弁の前の圧力低下は自然現象です。別に圧力を下げる仕組みがあるわけじゃない。したがってそれで弁が動くのは特許法でいう「自然法則の発見」に過ぎない。特許法では第2条第1項において「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と特許を定義しています。しかしマグナにはそんな高度な創作はない。自然にガス圧が下がって弁が動くというだけですから、これは特許法第29条第1項柱書(2)の「単なる発見であって創作でないもの」に該当します。
マルイとしてはそこを攻めるべきだったんじゃないかなと思います。それは単なる自然現象であって特許の対象ではない、と。この事は後でまた話します。
それはともかくWAの分割出願は認められてしまった。分割出願は認められると最初に特許を取得した時点に遡って効力を持ちます。そうなるともうマルイはアウトです。「うちのは負圧弁だ」って言ってきたんですから。WAのマグナが負圧弁でそれで特許を取得しているなら、マルイの特許侵害は確定です。マルイは窮地に立ちました。
【負圧弁と正圧弁?】
しかしそこで今度はマルイが「いや、うちの皿型弁は負圧弁じゃない」と言い出しました。「タニオ・コバさんは負圧弁だって言うけど負圧じゃない。負圧でBB弾を飛ばせるはずがない。負圧じゃなくてショウ圧だ。うちのはショウ圧弁だ」って言い出しました。私はこれを聞かされたとき「はあっ?」って感じでした。相手が何を言っているのか一瞬理解できなかった。
マルイは負圧を文字通り「マイナスの圧力」と誤解していたようです。マイナスの圧力なんてあるわけないじゃないですか。「マイナスの質量」といった物でも考えなければ、圧力の最低はゼロです。つまり真空。圧力がそれ以下になるなんてありえない。
それで「いえ、負圧ってのはそういう意味じゃなくて、あくまで相対的な圧力差の問題です。より圧力の低い方を負圧って呼んでるだけです」って説明したんですがわかってもらえませんでした。因みにこの時の「ショウ圧」を最初は「昇圧」のことかなって思ったんですがどうやら「勝圧」って言ってたようです。「負」の反対だから「勝」。って、いくら裁判が勝負事でも「勝圧」はないでしょうに。もっとも後になって「正圧」って言い直しましたけどね。
そしてマルイは負圧でない事を証明する実験機を作りました。実際の製品の10倍の大きさで、ガスルートの各所に圧力計が取り付けられていました。それを法廷に持ち込んで実験した。10倍の大きさですから少々のフロンガスでは動きません。それでガスの代わりに水道水を流しました。そしてその水圧で圧力計の針が動くのを見せて「ほら、圧力が掛かっている。圧力があるんだからこれは負圧じゃない。正圧だ。わが社の皿型弁は正圧弁である」って主張したんです。そりゃ圧力は掛かってますって。当たり前じゃないですか。そうじゃなくって…いや、もうくどいから説明はしません。
そんなこんなでこの裁判は何がなにやらって展開になっていきました。でも結果的には一審の東京地裁、二審の東京高裁そして最高裁と全てマルイの勝ちで終わりました。
かなり話が長くなったので、一旦区切りをつけます。
後編に続く〜
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