[[attached(2,center)] 韓国宇豆峯神社の御神石(鹿児島県霧島市国分上井)
記紀によると御祭神である五十猛神(いそたけるのみこと)はスサノオノミコトの子供であり、高天原を追放された父スサノオとともに朝鮮の新羅に天降りましたがスサノオが気に入らなかったらしく「この地に留まらず」と言ったのでそこから船に乗って出雲に渡ったとあります。朝鮮半島との関りが示されています。
もしかするとこの御祭神も少しでも朝鮮と関りのある神として五十猛神をあげもとの本来の韓国神(朝鮮の神)とすり替えたのではという気がしてなりません
[[attached(3,center)] 宇佐神宮奥宮大元神社遥拝所(大分県宇佐市)
さらに私の大胆な推理!!
鹿児島神宮や宇佐神宮が八幡である意味は神功皇后の『三韓征伐』にも由来しているのではないかと思います。
つまりは朝鮮三国(新羅、百済、高句麗)を制した神功皇后は朝鮮系渡来人秦氏にとっては敵のはず。なぜ、自分の領した土地にその御祭神を祭祀したのか?
その実は当時はまだ弱小であった秦氏系の勢力が朝廷に気を使い御祭神を八幡神として朝廷への忠誠の証としたのでは?
実際は大分と県境接する福岡県田川郡の香春宮の御祭神と同じ、辛国息長大姫大目命(辛島氏創建神社社の祭神)=比売語曽(ひめこそ)=比売大神ではなかったのか?
因みに香春宮、宇佐神宮、韓国宇豆峯神社、鹿児島神宮(石體神社)のこの四社の共通点は『石體信仰』いずれも上の映像のような石の御神体があります。
話を戻しましょう。宇佐神宮の項でも触れていますが御祭神である比売大神はなぜか拝殿中心に祀られています。文字からも推察できるように、比売語曽=比売大神である可能性は大でありまして宇佐神宮では中心祀られあたかも最主祭神であるかのように思えます。
宇佐神宮の項でもお話しました仮説と更に今回の仮説とリンクさせて考えると。。
宇佐神宮の中心に祀られている御祭神
つまりは卑弥呼は朝鮮半島からの渡来人かその家系のものであり
北部九州の地を統治した女王であったという事。これどうでしょうか?
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なるほど〜。比売大神は宗像三女神と言われてますが、新しい見方ですね。
2008/3/6(木) 午後 4:58
伽月さん。こんばんは。
宇佐神宮の祀られかたはそう思っても当然だとお思います。ここ自体が女王卑弥呼の陵墓だったとの説もあります。
話は変りますが、フジ系の「鹿男」今日見ましたが、これでは奈良が邪馬台国だったとの設定。面白いドラマです。。
2008/3/7(金) 午前 1:14
ガラッ = 扉]*´・ω・`)ノ コンチャ
実は、私も比売大神=卑弥呼って思っています。そうだと思う理由のはハヤチさんとは別の視点ですけど。でも韓国(からくに)の女神は知りませんでした・・・私の宇佐神宮の記事をTBしますね。
2008/3/8(土) 午後 5:40
keiさんこんばんは。TB記事拝見しました。井沢元彦の逆説シリーズですか?おもしいろですよね。
道鏡の御神託事件については時代的なバックボーンが仏教よりであったこと。道鏡があくまで僧侶であること。八幡宮は八幡台菩薩といわれ習合して極めて仏教にも近いものであった事。などから彼が事前に根回し(皇位禅譲ついて)し易かったのであるという考え。
これは私が考えるにもっと政治的かつ宗教的なもので根深いものがあると思います。
皇室が本来「天照大神」を祖神として神道の立場をとるはずが当時の信仰は仏教が根強く皇室に影響を及ぼしていたことからもうかがえるように道鏡のような反逆者がはびこる土壌があったということです。
天照大神からの御神託でなかったというのはこの理由ではと思います。だいぶ飛びますが、結論から言うと天照大神と卑弥呼はやはり別人だと思います。
2008/3/8(土) 午後 8:19
秦一族の末裔の私が本当の事を述べましょう。宇佐神宮の比売大神は元々の宇佐に居た宇佐一族の神である。新羅神こそ秦氏の辛嶋勝一族の信仰神。三輪氏の大神氏が応神天皇霊の誉田分を持って来て、祭神をすり替えた張本人である。八幡の神は菩薩である訳が無いのだ。そして比売大神も八幡神ではない。これは宇佐の神である。八幡神は西方香春岳(かわらだけ)から来た。その場所=辛国宇豆高嶋(からくにうずたかしま)である。これを略して=辛嶋。
[ 銀狼(URIEL) ]
2011/3/19(土) 午前 0:13
八幡さまは古くより多くの人々に親しまれ、お祀りされてきました。
全国約11万の神社のうち、八幡さまが最も多く、4万600社あまりのお社(やしろ)があります。
宇佐神宮は4万社あまりある八幡さまの総本宮です。
御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地に ご示顕になったといわれます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国づくりをされた方です。725年(神亀2年)、聖武天皇の勅願により現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祀りされました。
これが宇佐神宮の創立です。
[ 環境歴史観光防災カメラマン ]
2011/12/17(土) 午後 1:56