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 北欧の強国、スウェーデンの名君と聞いて真っ先に思い出すのは17世紀の序盤に登場した「北方の獅子」ことグスタフ・アドルフ(グスタフ2世アドルフ)に間違いないと思うのですが、その傍らには常にひとりの男が控えていました。名君グスタフ・アドルフに仕えた名宰相、その名をアクセル・グスタフソン・オクセンシェルナと言います。

 オクセンシェルナが26歳の時、彼はグスタフ・アドルフが17歳という若さでスウェーデン王に即位するとすぐに宰相に任じられます。彼の最初の大仕事は、宿敵デンマークとのカルマル戦争を終わらせる為の和平交渉。デンマークに対して不利な条件で条約を結ばねばならない立場だったスウェーデンをなんとか痛み分けで済ませることができたのは、ひとえにオクセンシェルナの外交手腕のおかげでした。

 その後、ポーランドなどに遠征するグスタフ・アドルフに同行し内政面で彼を助け続けます。名君として後世に語り継がれるグスタフの軍事的才能は比類ないものでしたが、彼はやや短気で激情家だった為に下手をすると家臣との間に軋轢を生みかねない危うさがありました。オクセンシェルナは冷静に両者の間をとりなすことでグスタフを助け、スウェーデン軍を効率よく機能させる事に尽力したのです。そのあまりの冷静沈着振りをグスタフは「オクセンシェルナよ、人が皆おまえのように冷静であったら世界は凍り付いてしまうな」と皮肉りますが、オクセンシェルナは「人が皆、陛下のように短気であれば、世界が燃え尽きてしまいます」と返したと言います。両者の関係をわかりやすく表した逸話と言えるでしょう。


 1618年、ドイツにて『人類史上最大最後の宗教戦争』、三十年戦争が勃発。スウェーデンはプロテスタント側を支援する為に参戦、北ドイツに上陸したグスタフ率いるスウェーデン軍は各地でカトリック側の神聖ローマ帝国軍を次々と完膚なきまでに叩き潰していくのでした。しかし、突然の悲劇がスウェーデンを襲います。1632年、リュッツェンの会戦でグスタフが戦死してしまうのでした。


 グスタフには後継者たる男児がおらず、ひとり娘のクリスチナもまだ6歳という幼さでした。オクセンシェルナはドイツに留まるスウェーデン軍の指揮をグスタフ・ホルン、レンナート・トシュテンソンなどに委ねて本国に帰還。彼女を新王に即位させて国内を安定させると同時に、プロテスタント側のドイツ諸侯と軍事同盟を結んで戦争を継続させる為の準備に奔走します。グスタフを失ったからといって撤退してしまってはスウェーデンにとってそれは敗北を意味することになり、和平交渉が結ばれる際に不利な立場になってしまうのでそれを避ける為の戦争継続でした。ここでオクセンシェルナはそれまで財政的な支援に留まっていた大国フランスを前線に引き込むことを画策します。フランス宰相リシュリューとの腹の探り合いと様々な思惑が絡み合った結果、カトリック国であるにもかかわらずフランスはプロテスタント側に立ち三十年戦争に参加するのでした。

 三十年戦争は1648年に結ばれたヴェストファーレン条約によって終結。スウェーデンはバルト海に灌ぐオーデル、エルベ、ウェーゼル三河川河口に渡る北ドイツ地方を新たな領土とすることに成功し、名実共に強国としての地位を手に入れたのでした。スウェーデン最盛期の到来です。
 グスタフの後を継ぎスウェーデンを強国へと押し上げたオクセンシェルナの手腕を、同盟国フランスの外交官は「ヨーロッパの政治家で同じ船に乗り込みそれを動かそうとするなら、その舵はオクセンシェルナに任せるだろう」と評価しています。


 しかし、名宰相としてスウェーデンを支えたオクセンシェルナの晩年はその偉業とは相反するものでした。グスタフのひとり娘で新王となったクリスチナは複数の言語を使い分け、多くの知識人や芸術家をスウェーデンに招きサロンを開いた才女でしたが、フランスから招いた著名な哲学者ルネ・デカルトの影響を受けてカトリックへと傾き、文化の香り高い豊かな南欧への憧れを募らせていくのでした。その為、プロテスタント国家であるスウェーデンを運営するオクセンシェルナと歩調を合わせることなどムリであり、彼女は次第に政治の舞台から名宰相を遠ざけるようになります。引退に追い込まれたオクセンシェルナでしたが、勝利で終わらせる目処がたった三十年戦争の最終局面でカトリック側との宥和政策、つまり「カトリック側と仲良くしよう」と言い出す女王を黙って見ているわけにはいきませんでした。そんなことされてはスウェーデンの勝利は露と消え、先王、そして前線で散っていった兵士達の死が無駄になってしまう、とオクセンシェルナは女王の掲げる宥和政策の反対運動の先頭に立つのでした。


 最後までスウェーデンの為に戦い続けた名宰相は、ヴェストファーレン条約の締結を見届けた6年後の1654年、69歳でその生涯を終えるのでした。



 スウェーデンの首都、ストックホルムには『グスタフ・アドルフス』という名の広場があり、そこにはグスタフ・アドルフの銅像と、それを下から仰ぐオクセンシェルナの銅像があります。スウェーデンにとって最高の英雄と、その意思を引き継いだ最高の政治家、このふたりの物語は永遠に語り継がれていくことでしょう。



 

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