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合宿から帰ってきました。9月3〜5日の行程でしたから、帰ってきたのはもう二日も前の事になります。
今は何もする気が起きません。打ちのめされています。 A・B・Cさんとの会話はどこか噛み合わず、改めて知識不足が露呈しました。 帰ってからぼんやりと物思いにふけってしまっていたのですが、結局これからどうしたいのか、まだよく決まらずにいます。 はっきり言って、僕はあまり映画に惹かれていないようです。本当に映画に興味があるのであれば、もっと普段から情報を集めたりするものなのでしょうが、どうやらそこまでは熱心になれないようです。 そう思うと、だんだん今している他の事だって、本当に興味を持ってやっているのか分からなくなってきました。そう思うくらいには、映画が好きだったつもりなのですが。 僕は何にでも興味があるようで、実は無かったのかもしれません。 同時に、僕は天才なんかでは無いのだと、はっきり気付きました。 いや、常日頃「僕は天才だ」などと思っていた訳ではなく、むしろ「世の中に絶対なものなど無いのだ」と考えていたつもりです。しかしそれでも、それを自覚した上での自分の考えには、またある意味での絶対的なものを感じていたのです。 今までしてきた事が大抵中途半端であった事も、やはり本当の意味では興味が持てていなかったという事だと思います。多くの事を経験するのは良しとしても、長く続けてこれたものは無いように思われます。 要するに僕は、自分が得意「そうな」方へ、常に逃げ続けてきたのでしょう。 勉強、部活、時にはアートの世界へ、付かず離れず、行ったり来たりして過ごしていました。 それでごくたまに、何か結果を残せた時には、よせばよいものを、むやみにそれを大事にして、自信の拠り所にしていました。 それは決して悪いことではないのでしょうが、結果的に自分が狭い世界で全能感に浸る原因を作りました。 喜劇王と呼ばれたチャップリンは、記者の「あなたの代表作は何ですか」という問いに、「Next one.(次回作だ)」と答えたそうです。言葉は知っていても、今まできちんと咀嚼してきませんでした。 今はもう、これからこんな生活を送るものか、と思っているのですが、果たして何をすれば良いのか迷っています。悩んでいます。 今はよくても、1年も後にはまた全能感に浸る生活を送っているのではと、また別の不安もあります。 ……他にも、悩みの原因は考えるときりが無いのですが、あえてもう書かないでおこうと思います。 どうやら僕には、自分を悲劇の主人公に見立て、ものを考える癖があるようです。 恐らくしばらくは、映画とは付かず離れずの距離を置くことになるかと思います。 また同時に、SNSやこのブログにしても、同じく距離を置くことになるでしょう。 それは「インターネットを使えばどんな情報も手に入る」という考えに嫌気が差したからです。 元々、夏休みが始まった8月からはほとんど映画を見なくなり、専ら本を読むようになっていました。 当分は、そういう生活を続けるかもしれません。 |

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