映画生活の終わり ケータイ投稿記事

合宿から帰ってきました。9月3〜5日の行程でしたから、帰ってきたのはもう二日も前の事になります。

今は何もする気が起きません。打ちのめされています。
A・B・Cさんとの会話はどこか噛み合わず、改めて知識不足が露呈しました。

帰ってからぼんやりと物思いにふけってしまっていたのですが、結局これからどうしたいのか、まだよく決まらずにいます。

はっきり言って、僕はあまり映画に惹かれていないようです。本当に映画に興味があるのであれば、もっと普段から情報を集めたりするものなのでしょうが、どうやらそこまでは熱心になれないようです。

そう思うと、だんだん今している他の事だって、本当に興味を持ってやっているのか分からなくなってきました。そう思うくらいには、映画が好きだったつもりなのですが。

僕は何にでも興味があるようで、実は無かったのかもしれません。

同時に、僕は天才なんかでは無いのだと、はっきり気付きました。
いや、常日頃「僕は天才だ」などと思っていた訳ではなく、むしろ「世の中に絶対なものなど無いのだ」と考えていたつもりです。しかしそれでも、それを自覚した上での自分の考えには、またある意味での絶対的なものを感じていたのです。

今までしてきた事が大抵中途半端であった事も、やはり本当の意味では興味が持てていなかったという事だと思います。多くの事を経験するのは良しとしても、長く続けてこれたものは無いように思われます。


要するに僕は、自分が得意「そうな」方へ、常に逃げ続けてきたのでしょう。
勉強、部活、時にはアートの世界へ、付かず離れず、行ったり来たりして過ごしていました。
それでごくたまに、何か結果を残せた時には、よせばよいものを、むやみにそれを大事にして、自信の拠り所にしていました。
それは決して悪いことではないのでしょうが、結果的に自分が狭い世界で全能感に浸る原因を作りました。

喜劇王と呼ばれたチャップリンは、記者の「あなたの代表作は何ですか」という問いに、「Next one.(次回作だ)」と答えたそうです。言葉は知っていても、今まできちんと咀嚼してきませんでした。


今はもう、これからこんな生活を送るものか、と思っているのですが、果たして何をすれば良いのか迷っています。悩んでいます。

今はよくても、1年も後にはまた全能感に浸る生活を送っているのではと、また別の不安もあります。


……他にも、悩みの原因は考えるときりが無いのですが、あえてもう書かないでおこうと思います。
どうやら僕には、自分を悲劇の主人公に見立て、ものを考える癖があるようです。


恐らくしばらくは、映画とは付かず離れずの距離を置くことになるかと思います。
また同時に、SNSやこのブログにしても、同じく距離を置くことになるでしょう。
それは「インターネットを使えばどんな情報も手に入る」という考えに嫌気が差したからです。


元々、夏休みが始まった8月からはほとんど映画を見なくなり、専ら本を読むようになっていました。
当分は、そういう生活を続けるかもしれません。

映画生活 ケータイ投稿記事

見ている人がいたら、お久しぶりです。記事を書くのはもう半年ぶりになります。最近はSNSに入り浸っていたのですが、そこには書けないのでここに書きます。


ご存知かどうかは知りませんが、僕は今、映画研究会という映画サークルに入っています。そこには現サークルの立役者とも言うべき先輩(OB)が二人いて、片方の先輩(以下A)はアニメ等のバラエティ番組制作の手伝い、もう片方の2つ下の先輩(以下B)は、美大の院へ行ってアニメーションを専攻しています。どちらも既存のアニメの現状を良しと思わず、日本のアート分野がより良いものになるよう努力されている方々です。

僕はこのサークルに入ってから、B先輩とはある程度交流がありました。A先輩はすでに卒業してしまっていたので、永らく会うことはありませんでした。

B先輩は、授業こそ不真面目でしたが、日々自主制作アニメを量産し続け(音響はA先輩が担当)、地方の映画祭でグランプリを取るほどの人でした。
僕は入学当時、そういった旨の書かれたサークル紹介のチラシを見て、その映画サークルに入ることを決めました(映画サークル自体には入学前から興味を持っていましたが)。

その後の約1年半は映画漬けの日々を過ごしました。元々映画に興味はあっても、観た本数が圧倒的に少なかった僕は、まず古今東西の有名どころの映画を観る事から始めました。

それから、当時の新入生達で映画を撮る計画も進めました(結果的には、映画らしい映画は撮れなかったのですが)。

直接会ったB先輩には多くの事を教わりました。特にB先輩は哲学に詳しくて、大学教授の話の間違いまで気付くほどのレベルなのです。話をするだけではぼんやりとしか分からないものですが、貴重な話を聞くことが出来ました(もちろん映画の話も)。
でもやはり残念な事は、そういった話のほとんどは、僕の中で昇華できなかった事です。もっと熱心に本でも読んだりしたら良かったのでしょうが、大半は聞き流してしまっていたように思います。
A先輩からも、ネット上で繋がりがあるので、時々貴重な話(アニメ制作者や作品の評価のされ方の問題など)を聞きましたが、どれほど自分が理解していたのか分かりません。
基本的な事の知識が足らなかったので、理解の妨げになった部分が多いのだと思います。


話は変わるのですが、僕は今、そのサークルの合宿にきています。僕が今年からキャンパスを移動した関係で、実は知っている人は数名しかいないのですが、もうサークルに顔を出す機会も減ってしまったので、「今回が最後」と覚悟してやって来たのです。2泊3日の行程を予定しています。

今回はOBとしてA先輩とB先輩も参加しました。A先輩と会うのは今日が初めてで、B先輩と会うのも今年度になってから2回目です。
そして、僕と同学年の中でも特に豊富な映画の知識を持ち、B先輩ともまともに会話をいているC君も来ています。C君には、僕が撮った映画(のようなもの)にも、良い批評をしてくれました。

昨夜は、先輩の近況や、アニメの制作現場と個人創作の現状などを聞きました。こう言うのもなんなのですが、どれも壮絶で、悲惨な話でした。元々そういう話は耳にしていましたが、現場にいる先輩二人から話を直接聞くことは、僕に大きな衝撃を与えました。

ところが、話が少し複雑な方向に行くと、また僕は聞き流しがちになってしまいました。
やがて、僕は気付きました。「1年半映画を勉強してきたが、結局は表面しかさらえていない」という事が分かったのです。

思えば、「映画の勉強をするには本を読んだ方がいい」という事を聞いていながら、ほとんど読んできませんでした。難しそうな事から逃げる事で、全能感を保とうとしていたのでしょうか。あるいは、本当は映画がそこまで好きじゃなかったのかも知れません。

まだ僕は、自分が何を考えているのかすらよく分かっていないようです。

僕は先輩などと話す時、ずっと気にしていた事があります。それは「ある程度分かったふりをすること」です。良くないことであろう事は分かっていましたが、レベルの高い話に加わる為には、避けられない事でした。
もちろん、聞きたいことは(先輩以外にも)出来るだけ質問したつもりです。記号論、コンテクスト、ヌーヴェルヴァーグ、構造主義……

知識が増える度に、話には何となくついていけるようになりましたが、発言をすると全然駄目でした。薄っぺらな事しか言えないのです。

1年半でそんなに理解できる訳がない、と言われれば確かにそうなのですが、それでも僕は悔しいのです。
あれだけ頑張っている人がいるのに、その人の話を理解できてないと感じることが、悔しい。残念です。


僕は今回、この合宿の為に絵コンテを一つ書いてきました。映画研究会に入ってから、2作目の監督作品を想定して書きました。

前に絵コンテを書いた時は1ヶ月ほどかけたのですが、今回は10日程の突貫で書いてきました。なので正直、もう少し時間をかけたかったという思いはあります。

もちろん、撮りたいと思って書いてきたのですが、最終的な判断はみんなの反応を見てから決めることにしました。

結果、反応は悪く、C君からも「小説っぽくて映画でやる理由がない」と、ばっさり斬られてしまいました。もっともな意見だと思います。

C君は時折、誰に向けて撮るつもりか聞いてきます。僕はいつも、「サークルのみんなに向けて撮る」と答えています。でも、それはC君にとっては満足出来ないようです。

それはそうな筈です。それは先輩達とのやりとりを見ていれば分かります。ちゃんと「映画らしい絵コンテ」を書く必要があったのです。欲を言えば、「既存の映画を踏まえた上で、新しい映画を撮れそうな絵コンテ」を書いてくるべきだったのでしょう。

とりあえず今、手持ち無沙汰に映像は撮っていますが、とてもじゃないですが「映画」にはなりそうにありません。

現在再度アイデアを練っていますが、ひらめいては消してを繰り返しています。

FLASHからの色々

久々にブログに戻ってきた。
ただでさえ、話題には事欠かなかった2011年だけども、自分自身も色々ありまして、「こういう事があってな……」というのを、出来るだけサラッと書いていこうかと思います。


◎FLASHを手に入れて

大きくまとめると「FLASHいじってみたい」というのが発端になって、そこから手を広げ過ぎて、収集付かなくなって、今です。

まず、FLASHってのを聞けば大体の人が分かると思います。僕が小学校くらいの時に流行ってたアレです。
まあ、特にアニメが作りたいという訳ではないんだけれども、他にも色々出来るという事で、憧れみたいなのがずっとありました。面白そうだなあと。

で、もし買うとなったらFLASHだけじゃなくて、他のAdobe製品もまとめてほしい所。これを一般人が普通に買うと超お高い訳ですが、学生だと割と手の届くお値段になります(それでも5万くらい)。でもなんとか入手成功。

しかし、そこからが大変だった。

まず、FLASHには「ActionScript」という言語でプログラムを組めるのだけど、それをどのくらい使いたいかで、同じFLASHでもソフトがいくつかあるのです。で、そんなの知らないから、まずどれを使ったら良いのかが分からない。
それで、ようやく起動しても、使い方が全く分からない。ネットで調べてみるけれど、自分が持ってるCS5のバージョンの解説で良いのが無く、なんかもうこの辺りでやる気が失せ始めました。


◎Adobeのソフトについて

まず、Adobeのソフト自体がいっぱいありすぎて、結構目移りするんです。しかも、どのソフトがどういう時に使うものなのか、よく分からない。

それでも、なんとか色々調べるうち、「Photoshop(フォトショ)とIllustrater(イラレ)くらいは、多少は使えるようになった方が良いんじゃないか」と気づく。
フォトショは主に写真を加工するのが専門で、イラレは主にデジタルな感じのイラストを描くのに適してるソフト。時間が経つにつれ、「こういうのもやりたいなあ」と思うようになり、やり続けました。

しかし、これも思ったより難しく(機能が多すぎることが原因)、「ベクター曲線ってなんやねん」、「乗算ってなんやねん」とか言いつつも毎日(嘘。たまーに)修行。
「あー、携帯の使い方が分からないおばあちゃんってこんな感じかなあ」とか思いつつ、何とかある程度機能を把握して今に至る。


◎JavaScriptからActionScriptへ

さっき少しだけ出てきた「ActionScript」というもの、これはプログラム言語ではなく「スクリプト言語」というものになります。
違いは「コンパイラーを使うかどうか」。スクリプト言語の場合、プログラムを書いたらそのまま処理してくれるのだけど、プログラム言語の場合、「コンパイラー」を使って「コンパイル」という作業をしないと、プログラムを処理してくれません。

要するに、手間はスクリプト言語の方がかからない(はず)。

で、FLASHをやる上でActionScriptを使うと知り、色々調べてみる訳だけど、ここでまた新たな問題が出てくることに。
それは、どうやら歴史的には「JavaScript(JS)」が先に出て、後から「ActionScript(AS)」が開発されたらしい、という事。

JSはホームページとかでよく使われてるやつ。どうやらこのJSとASは似てるようなので、「それならJSも使える方が便利かも」と思い立つ。
実際、本屋にはJSの解説本の方が多いので、ならやってみるか、という事に。

しかしここにきて、また面倒な事が起きてしまった。
このJavaScriptというもの、ホームページを作る時の基本となるHTMLの知識が多少無いと、出来ない(ついでにCSSの知識も)。
つまり「HTML→CSS→JS→AS」の順に学ぶのが一番良さそうというのに、ここでやっと初めて気付く。

そんな訳で途方に暮れていたところ、大学の授業でホームページ作りの授業を見つけた。なんとこの授業で、HTMLとCSSとJavaScript(さわりだけ)をやってくれるという。
「ほほう、コイツは……」と、その授業を取り、JavaScriptが使いこなせなくとも、大体どういうのかは分かった所で今に至る。


◎映画について

ことの発端は、大学の映画研究会というサークルのチラシを見て、「なんか得られそうなものがあるかも」と入った所から。

当然得た物はあったのだけれど、本当に映画が好きな人の集まりで(当たり前)、CGとかそういうのに興味ある人が少なかったのが、最初の半年の印象として残ってます。
まあ、CG系は物語性や意味とかが映画と比べて弱いので、「CGはそんなに興味が無い」という人の意見も今では分かる。

で、逆に自分は映画に限ってそんなに見ていた訳ではなく、むしろ見てないほうだったので、せっかくサークルに入ったのに話が合わないという現象が発生。

よく周りを見れば、別にそのサークルに入ってなくても映画をたくさん見てる人はいる訳で、むしろ「俺って全然映画見てないじゃん」と気づき、まず映画を片っ端から見る所から始まる事になりました。

大学近くのTSUTAYAが、DVDを五枚借りると1000円だったため(愛知だと1枚100円だけど仕方ない)、一度に五枚借りたりして、有名どころから見ていった。今年で50本くらいは見てると思う(でも多分サークル内では少ない量)。

ついでに映画の本とかもちまちまと読み始めました。映画の世界ってのがまた深い。

ともかく、はじめは単純に「なにか映像の技術を知る事ができたら面白いかなあ」と思っていたところから、結構知っておくべきことも含めてどんどん出てきて、とりあえず基本的な所はようやく分かってきたかなあ、という所で今に至ります。


◎要するに

全然、最初に書いたように「サラッと」行かなかったのだけど、つまり、

「FLASHに触れてみようかと思ったら、FLASH以外のモノやコトにどんどん興味を持って行かれてしまった」

「いや〜、人生って分からないねえ」

ってのが言いたかっただけです。長い。

保存のためここにコピーしておく。内容は一部変えてある。

いさやふへ
成績表が届き真面目にやっているようだね。
生協のはがきが届き「楽しんでます」の言葉に安心し、妬みすら感じました。
 ○○大学合格以来、あわただしく松本に行ったため俺の体験談を踏まえた話もできず今回、メール
でも送ろうかという気持ちになり、参考になれば参考にするといいと思う。
いさやふが今までに頑張って自分で勝ち得た学生生活(いわゆるモラトリアム)は今後自分の
人生の中でかなり為になるはずである。ただ、なんとなく過ごしたのでは時間が過ぎるばかり
で何の意味もない。この人生の中で二度とない有意義な時間を常にかみしめながら学生生活を
過ごしてほしいと思う。
 最近の新聞報道や、本などを読んでいると円高、産業の空洞化による企業の流出、社会の
グローバル化による海外からの優秀な人材の採用、借金過多等、TTP参加とはいうものの今後日本を取り巻く 環境は厳しいものがある。いさやふが卒業するころでも東北の復興景気はあっても根本的には
厳しい状況下であると思う。日本のかつての経済大国として、世界をリードしていくことはもう無く、
インド、中国、ブラジル等が取って代わり、日本は守りとして生き残りを図っていくこととなると思う。
日本はアメリカのようにいい大学を出ても就職できない、又今でもそうだがいい大学を出て大企業に
就職し、年収一千万円を稼いでいた人が路上生活を経て現在生活保護を受けているという現状もあるということ を考えると、俺たちのように大学さえ卒業すればいいという時代では当然なく、いさやふも分かっているとは思うが理工系とはいえ満足のいく就職は難しいと思う。そうすると自ずと学生時代に常に自分の将来を見据えた 学生生活、勉強(例えばゼミ選び、語学)、経験が必要であると思うのである(勿論、勉強だけではない)。
 平等な環境は学生時代までである。社会に出ると不平等、不条理なことばかりで頑張ったものが出世
できないならまだしも、生き残れないとなると話は別である。特に中小企業などでは人間のできた
良い経営者ばかりではない(大企業でもよい上司ばかりではない)。最近池上彰の「そうだったのか中国」 を読んでいるが、毛沢東の建国、大躍進政策、文化大革命の一連の流れ等はここまでひどくないものの 近いようなものがある(我が社でも例外ではない)。学生時代にできた友人はこうした損得感情もなく 一生付き合える友人を何人か作っておくと将来悩みを話せるなど心強い。又、アルバイトなどを通じて 雰囲気を味わうのもいいと思う。
 学生のうちはモラトリアムであり、あまり外部から制約が無く、自己責任において自分の思うことができる。
この時間を本当に大事にしてほしい。いろんな分野の本を読み、友人と話をし、異性とも話をし
外国人とも話をし、いろんな所でいろんなものを見て、自分の感性を磨き、自分に足りないものは何か、 自分に偏りは無いか、自分は何者なのかをを考えて自分を高めて豊かにすることにより、今後何をすればよいのかが 分かってくると思う。又それが自分の財産になるとも思う。
 我々を取り巻く環境は、今より良くはならないという将来を悲観的に書いたが、自分を高めた考え方、それに伴う 行動はどんな環境に置かれても自分を豊かにしてくれる。今はそういった準備の時間でもあるのではないか。
 挫折は必ず誰にでもある。ただ雨の止まない雨は無いと言われるようにいつかは必ず終わりが来るので これも経験の一つと考え、途中で投げ出さず、こうと思ったら最後までやり遂げなければ意味がない。
 逆に自分は何でもできると思うときがある。要注意である。常に謙虚であり、常にチャレンジャーである 事が自分を成長させることになる。
 
思いつくままに書いたため乱文となってしまった。これからも気が向いたらメールするかも知れないが
特に返事はいらないから体には気をつけて学生生活を楽しむように。もし池上彰にあったらよろしく。




最後の一文、なんで池上彰かといったら、まあ大学にその人が来る機会があったから、というそれだけなのですが。別に会う予定があるとかそういうのではありません(笑)

以前父の学生時代を聞いた事があったが、どうもしっかり勉強をしていたようには思えなかった。
多分、会社に入ってから変わったのだろう、と子供ながらに思ったりする。
そして多分、遊び続けていた大学時代を後悔したのではないか。

……じゃあ、勉強でもしますか。

とある授業で、会社で働いてる方の話を聞いて、興味深かったので書いておきます。


・夢は無い方が良いこともある

夢を無理して持つ必要は無く、目の前の事をきちんとこなせる方が、あとから更に仕事を頼んでもらえるそうだ。
雑用が出来ない人は、何を頼んでもダメらしい。自分がどちらかというと夢見がちで雑用が苦手な方なので、気を付けなければならない。


・行動すること

授業で話をしていたその人は、会社の後輩から「どうしたら彼女が出来るか」と尋ねられた時、「この人は結局、自分は変わらずして、人が寄って来る方法を知りたいのか」と思ったそうだ。
自分が変わって、行動していかないと、周りも変化していかない。


・自己分析とは「自分が何を考えているか」ではなく、「今まで何をしてきたか」を考えること

面接でも、大学で何をし、何を感じてきたかを尋ねられる傾向があるらしい。「何をしたかを知ること」は結構重要なことだ。

鯖の水煮のピリ辛丼 ケータイ投稿記事

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〇材料(全て目分量)

鯖の水煮の缶詰(重要)
ジャガイモ
もやし
キャベツ
キムチ(重要)




〇手順

上記の水以外の材料を全てフライパン(強火)に入れる
ジャガイモを煮るのに十分な量の水を加える
水が蒸発するまで加熱
「ジュー」と音がするまで炒める
ご飯に盛って完成



ワイルドな調理法だけどおいしかったので記録。
水を完全に飛ばしきらないのがコツだと思います。

あと、鯖の水煮とキムチが割と万能。覚えておくと便利。

愛知と長野の違い

今更ですが、僕、地元が愛知でして、現在は長野県に住んでいます。
もう松本に来て半年たちましたが、長野県人と触れ合う中で知った事がたくさんあったので、メモとして書いておきたいと思います。
 

基本的に、地元愛知と比べて感じたことを羅列していきます。
 
◎長野県
・松本が地元の友人A曰く、「縦に長いから、北と南で気象が違う」。(事実、長野県内のある地区で大雨洪水警報が出ていても、自分が住む松本市には霧雨、という事があった)
・台風の被害をほとんど受けたことが無いらしい。(友人A曰く、どういう訳か台風が直撃した経験が無いらしく、台風による「暴風」を知らないとのこと。台風のせいで学校が休みになることはあったが、授業の途中で帰るような経験はないらしい。ちなみに愛知県民の自分はどちらも経験した。)
・やっぱり、海をあまり見たことがない様子。(9月中にサークル合宿で海に行ってきたのだが、漁港などで「海見てると引き込まれそうで怖い」とか、「思ったほどじゃない」とがっかりしていた人がいた。どうやら期待しすぎてしまったらしい)
・360度の大パノラマで山が見える。(愛知だと町と町の間は特に何もないが、長野は完全に山によって町が分かれている県だと思う。愛知の自宅からも山は見えたが、「生活の中に山がある」という感じはしない。しかし長野に来てから急に、山が物理的にも精神的にも近くなった) 
 
○松本市(松本駅以北)
・松本城がある元城下町という事で、道が基本的に細く、かつ見通しが悪い。歩道がある道が珍しい。(正直な所、車で移動するのも結構面倒な気がする。住み始めのころは確実に道に迷うと思われる。松本市北東部では「この一本向こうの道に出たいのに」と思っても、その道に通じる道がなかったりする。しかも道に段差が多い)
・町全体がなだらかな坂になっていて、緩やかな坂がずーっと続いている道が多い。(故に自転車をこぐのがつらい)
・夏は思ったより涼しくない。(普通に気温が30度越えたりするので、他県と比べれば涼しくても、暑いものは暑い。当然半袖で外出)
・意外と雪が降らない。(長野市は冬に割と降るようだが、松本市はただ寒いだけとのこと)
・「牛伏寺断層」という活断層がある(友人A曰く、小学校から先生に「この断層が動いたらみんな死ぬからな」と言い聞かされてきたらしい。東日本大震災後、一度松本市で震度5弱の揺れがあった。しかしこれは松本市南部(具体的には松本城近辺)だけで、僕が住む北部はそんなに揺れたようには全く感じなかった(体感で震度3くらい)。本当に直下の地震なので、揺れもほんの1秒だけ「ミシッ」と揺れただけ。あとでニュース映像を見たときの方が驚いた)
・日本共産党や創価学会といった思想に割と寛容。(「日本共産党」と書かれた大きな看板があったり、創価学会の大きな建物がある。ちなみに友人A曰く、南部にはヤクザの家が結構多いらしい)
・標高が600メートル以上なので、紫外線の量が全国の街の中でもトップクラス。(しかし肌を焼く機会が無いので、夏でも肌が黒い人は見かけなかった気がする)
・3月と11月は「冬」。(4月もそれなりに寒かったので、10月も結構寒いと予想してます)
 
○長野市
・東京からは行きやすい。(新幹線があるため。愛知の自宅からだと快速電車に乗っても4時間くらいかかってしまう。ちなみに名古屋から京都なら1時間ちょっとで着く。愛知から長野は意外と遠い。関西から長野も意外と遠い)
・海は日本海側の方が近い。(当たり前と思うかもしれないが、自分にとっては大きな発見だった。「そうか、この辺の人は海を見ようと思ったら日本海の方が近いのか」と。愛知出身の自分ならではの発見だろう)
 
○上田市
・上田が地元の友人B曰く、「歴女ブームなどで有名になった上田城があるが、それ以外は見所なし」。(地元民からすれば上田城さえも「何もない所」とのこと。石垣があるくらいらしい)
 
○伊那市
・田舎(これは伊那を知る人に聞けば必ず帰ってくる言葉。「伊那は田舎」とすると覚えやすいかも)
・一応名物は「ソースかつ丼」(愛知出身の自分からすれば「味噌カツ」が先に思い出される所。というかトンカツにソースって普通なはず。なぜそれを名物と言っているのかはよく分からない。伊那出身の者に聞いても困惑していた)

○栄村
・東日本大震災の誘発地震による被害が結構大きい。(全国版のニュースではあまり報道されないが、栄村も住宅や田畑の被害が相当あったらしい。長野県版のニュースでは、しばしば栄村の現状を取り上げた報道をしていた)
 
 
と、こんなところだろうか。
まだ冬の松本を経験してないのでよく分からないことも多いです。
 
長野以外の他県の情報も結構入ってきてるので、それはまた次の機会にまとめたいと思います。
 
「今の農業事業を拡大するには、ちょっと時期が悪いワン。農業から撤退するんじゃなく、新事業参入と考えればいいワン」
「そんな事言っても、自然エネルギーに詳しい人は知らないし……。何かあてはあるんですか?」
「僕らを派遣した社長の知り合いに、詳しい人がいるワン。バイオマス発電を研究していた人だワン」
「バイオマス? ……そうか! 今までは残飯を肥料にしていたけど、それをバイオマスに利用するのか!」
「さすが、桃太郎は鋭いワン。そういう事だワン」

テレビでは、相変わらずと農産物出荷制限のニュースが流れています。早く手を打たなくてはなりません。

「そういえば桃太郎、近々再生可能エネルギー買い取り法案が成立するケーン。僕もいい案だと思うケーン」
「おまけに最近はひどい円高だウキ。元々海外に輸出なんてしてなかったけど、やはりここは内需に頼るべきだウキ。日本の復興の為にもなるウキ」

雉川さんと猿谷さんも桃太郎を後押しします。


「もしかすると、日本全体を変える事になるかも知れないな」

桃太郎が進む新たな道が、今、決まりました。
 
「犬山さん、それでは早速、そちらの社長に掛け合ってみましょう」

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