アートが丘

「嵐が丘」のヒースクリフの思いは想像力?強迫観念?

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日本の神話「天岩戸」はよく知られている。
須佐之男命の乱暴に怒り困り果てた太陽神である天照大神が天岩戸に隠れてしまう。闇になってしまったので、天照大神をださせようと天宇受売(あめのうずめ)が神々の前で裸体をさらけだして踊る。大騒ぎになった様子に興味をひかれて天照大神は岩戸を開けて覗き見る。
 
この天宇受売の身体を使ったパフォーマンスこそが芸能の始まりだと、「風姿花伝」で世阿弥が書いているらしい。
実際、天宇受売のパフォーマンスは、神々が「集団」で「共通の感情を共有」するという点で、ジェーン・ヘレン・ハリソンが言う芸術の始まりは「祭儀」からだとする考えによく適っている。
 
ハリソンはこんなことも言っている。
「一人で食事を消化するのはけっして祭儀ではない。共通の感情に支配されながら共同でする食事は、祭儀となる傾向をもつかも知れない」
なるほど、通夜や法事、結婚式後などの会食ならずとも、家族のちょっとあらたまった誕生日の食事は「祭儀」といえるだろう。
そして、この「祭儀」こそが「芸術」の始まりだとハリソンは主張している。
 
山崎正和はハリソンのこうした考えを、芸術は現実を模倣したり理想化したりして再現することではなく、現実にかかわる人間の行動、あるいは行動を通しての自己確認の行為なのだ、と解釈している。
 
「肉体のアナーキズム 1960年代・日本美術におけるパフォーマンスの地下水脈」(発行 grambooks刊行された。
著者は黒ダライ児さんだ。
 
とりすました永続的な「物」としての美術作品に対して、そのアンダーグラウンドで激しく息づいていた、ある特定の場所と時間で展開された「身体」によるパフォーマンスを虱潰しに拾いあげた700頁にも及ぶ労作だ。
 
下の画像のようなゼロ次元は、わたしも、東京、神田にあった神話化された内科画廊で見て度肝を抜かれそうになったことがあった
 
イメージ 1
※「肉体のアナーキズム」から借用しています。
 
わたしが、この本を開いて最初に想いだしたのが、ハリソンの「古代芸術と祭式」だった。
ゼロ次元の集団での儀式的なパフォーマンスから、感染魔術のようにその場に居合わせた観客であるわたしもゼロ次元と同じ共犯者めいた感情を共有したことを記憶している。
 
 1960年代のこうしたパフォーマンスは「反芸術」や「反体制」、アンダーカルチュアだのサブカルチュアなどと関連して、ロックやフォーク、ヒッピー、さらにはヴェトナム戦争反対にまでつながっていく。
 
モダンアートが「現実化」して最後に逢着した地点は「身体」による「パフォーマンス」と、現実の「物」による「インスタレーション」だった。
けれども、それらは「かたち」として残されることが少ない。その場、その時のリアルタイムで現実に関わる行為が重要だったからだ。
この地点で、美術のフレームを揺るがして、あらたな美術/無美術とでもいうべき「かたち」を提示したのが「もの派」だった。
 
1960年代後半から1970年代前半にかけて展開された、身体や行為をもとにしたラディカリズムはそのうちあらたな芸術メディアの再構築へと収斂させられてしまった。
そのころ行われたパフォーマンスは今まで総括されることなく、そう多くはない人々の記憶のなかで脈打っていただけだった。
黒ダライ児のこの本に羨望を禁じえない。

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