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「嵐が丘」のヒースクリフの思いは想像力?強迫観念?

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<アーカイヴhayami> 「現代の眼621号」2016年12月 東京国立近代美術館

 山田正亮の前に山田正亮の先駆者は見えない。山田正亮の後にも後継者としての山田正亮はみあたらない。」4年前、雑誌「アート・トレース」の「山田正亮」特集に寄稿したときのわたしの文章の断片だ。本当にそうなのかどうか、ときどき思いだしては考えていた。

 そんなとき、東京都写真美術館で杉本博司の「ロスト・ヒューマン」展を見て思いをあらたにした。展示されていた杉本の作品のなかで、山田と関係があるのは次の二種類だ。京都、三十三間堂の千手観音を撮影した「仏の海」と、すでによく知られている「海景

「仏の海」は階段状に整列した千手観音が撮影されている。当然、千手観音の繰り返しということになる。「海景」は海と空との均等二分割。「繰り返し」と「均等分割」は山田の絵画の主要な二つの構成法だ。山田の場合、「繰り返し」はストライプ、「均等分割」はクロスやグリッドになる。両方、基本的に「均等分割」ということで片づけることもできる。「均等」だから、山田自身が言ったとおり、絵画の全体が一つになっている「一様性」ということになる。

 「仏の海」や「海景」の写真だけを見ると、突き放され対象化された写真なので、イメージは意味を剥ぎとられて、そこにそのようにあるだけといった趣が感じられる。杉本のこうした「繰り返し」と「均等分割」も「一様性」といえる。山田というよりもミニマル・アートの方法だ。杉本の作品はそれで終わってはいない。「仏の海」の展示場に置かれた「五輪塔」に封じこめられた「海景」のタイトルは「バルト海、リューゲン島」。暗い展示場で千手観音の写真と五輪塔、「バルト海、リューゲン島」が重なると連想に拍車がかかる。C・D・フリードリヒのリューゲン島を舞台に壮絶な孤独を醸す「海辺の僧侶」や、平安時代末から鎌倉幕府誕生の激変期に死後の極楽浄土を希求した人々が思い浮かぶ。「繰り返し」と「均等分割」によって感覚的な恣意性が消し去られた写真は、だからこそ、人の感覚的な気まぐれを封印する死に捧げられていると思えた。

「繰り返し」や「均等分割」は、クレメント・グリンバーグがミニマル・アートについて述べたときに指摘した「新しさの終わりとしての新しさ」だ。いつの時代でも、だれもが知っていたけれども、だれも使おうとしなかった方法。なぜなら、アーティストの個人的な感覚を発揮する余地がないから。世間で流通しているものに該当させると、「繰り返し」や「均等分割」は貨幣に似ている。貨幣はそれ自体ではなにも意味しないゼロの記号だ。ほかのなにかと交換されたときに初めて意味が生まれる。逆に考えることもできる。貨幣は、実は、いろんな意味を潜在させていて、交換されるたびに封印が破られて意味が顕在する。「どこでもドア」や江戸の長屋の千変万化の四畳半を想いださないだろうか。

 だから、杉本の写真はキャプションの付加のような微細な刺激で、連想をかき立てるイメージに変貌する。潜在していたものが露になる。一つにまとまっていたはずの「一様性」は、実は、束ねられた多数多様なヴェールなのかも。微妙な刺激が加えられると分化し増殖するSTAP細胞みたいではないか。実際、モダニズム美術の終局のミニマル・アートで使われた「繰り返し」や「均等分割」は、アーティストの感覚的な気まぐれという「意味」を排除して作品を客体化する方法だった。

 こうした個人的な感覚を封印する仕組みの「繰り返し」や「均等分割」を使って、山田が登頂した「一様性」の頂上の嶺を形成する絵画の一つが、画面の周囲をわずかに塗り残しただけの1966年の「WorkC-273」だ。山田のストライプの「繰り返し」による絵画を特徴づけていたペイント・ストロークは極度に抑制されている。「均等分割」は画面のフレームとわずかにずれた矩形として残されているだけで最小限だ。

「一様性」が極められた最高峰は、描かれた絵画の表面と描かれるべき絵画の支持体とが一つに合体してしまう地点だ。絵画の空間がなくなる。現実の物体と同じになってしまう。アクリル箱に白い粒子を入れた1967年の「Whiteobject」はこうした文脈の終点に位置している。

 山田自身はこうした絵画の最高峰を極めた後、再びもう一つの最高峰を目指すかのように、いったん最高峰から下っていったのが1960年代末以降の絵画だ。開口部をもった矩形が凝集する山田のキャリアの始まりの絵画、山田が命名した「アラベスクの絵画」方向に、いわば、下り坂サイコーといった趣で逆走した。匿名的で黙示的な1960年代半ば過ぎの作品に比べると、それ以後はデタント状態だ。「WorkC-273」や「White object」が、山田の「WORK」という絵画制作の円環の半分、180度の地点だとしたら、以後、そこから、1990年代末の360度の地点にむかって、山田は自分の絵画を分化、増殖させていったのである。

 わたしは、山田のこうした自己再生産、あるいは、自動的なリサイクル制作の仕組みを「絵画を生む絵画」と名づけた。自動的なリサイクルなので円環状に閉じるほかはない。円環の外部はない。山田は自分で自分の絵画を継承展開させた。だから、ほかのアーティストが円環のなかに入って山田を継承展開する余地はない。こう考えてきた。けれども、杉本の「ロスト・ヒューマン」展を見てから別の見方もあることに、いまさらのように気づいた。

 すでに1970年代に「一様性」は、山田とは違う場で分化、増殖させられていた。山田とは違うかたちで「一様性」を継承展開させて大きな成果をあげたアーティストがいる。もっとも早い例の一つは、1970年代にグリッドから始めてストライプに展開し、さらに「一様性」をフィルターにかけて並べ替えたかのように立体感のあるモチーフを浅い空間にまとめあげた1970年代後半からの辰野登恵子。そして、1980年前後から、数色をストライプ状で幾層にも塗り重ねた櫻井英嘉。薄く重ねられて深い奥行きのある空間にまとめられていたヤン・ヴァン・エイクの絵画を、まとめないまま重層する色彩の深さに置き換えたと言ってみたい。

「一様性」は中心のあるまとまりをもった空間が絵画では成り立たなくなったときに見いだされた。まとめる必要がないまとめ方だ。限定されたフレーム内で成立する一点透視図法は、空間をつくり出す方法である以前に、空間を統合するまとめ方なのである。モダニズム絵画が用いたまとめる必要のないまとめ方は、ワン・イメージ・ペインティングやシェイプト・キャンヴァス、アンバランスのバランスによる調和を問題にしないシンメトリー、全面をおおう(オール・オーヴァ)などを想いおこせばわかりやすい。辰野登恵子や櫻井英嘉は「一様性」という閉じた円環の軌道上でスピードアップして遠心力を振り切り、円環を破って放物線を描きながら飛び立っていった。

 現在、旺盛な制作活動で、「一様性」をしなやかにずらし、文字通りの多層的な絵画を描いて成果をあげているのは平体文枝だ。正方形の画面の「告げる鳥」を半世紀前に描かれた山田の「Work C-273」と比べてみるのは興味深い。

「告げる鳥」は、いくぶんペインタリーなストロークを画面全体で左右に展開させてイエロー系のいくつもの色彩でおおったり、画面の縁で止めたりすることが繰り返されている。画面の周囲に下層にあるパープル系の色彩が見える。緩やかなペイント・ストロークと異なる色彩の縁どりという点で山田の「WorkC-273」を思わせる。けれども、平体の絵画のフィールドに残されたパープル系のノイズのような痕跡に注目すると見え方は複雑になる。痕跡はフィールドを彩る緩やかなストロークに即してもいれば、離反してもいる。そう見えると、近似した色彩と繰り返されるストロークで形成されていたかに思われたフィールドは、おおらかな広がりと豊かな色彩をもった揺れ動くアトモスフェリックな空間に変貌していく。力動的でしかもたゆたう柔和さをたたえた光だ。ゴールドやピンクに輝きながら、見る者の記憶をかきたて、情動を震わせる光の海。それとも、実りの秋に広がる稲田に漂う大気かもしれない。

「告げる鳥」の豊かな表現性は、匿名的で黙示的な山田の「Work C-273」の表現性と隔たっている。「繰り返し」と「均等分割」による「一様性」が潜在させていた多層性や複雑さを顕在化させているのだ。オーヴァー・レイでハイブリッドな「告げる鳥」の空間は、20世紀に発明された、山田も含めたアブストラクションの絵画のあらたな可能性をさし示している。

 石津ちひろの詩「あしたのあたしはあたらしいあたしあたしらしいあたし・・・」を想いおこしたい。似たことばが少しずつ差異をもって繰り返されているので、「一様性」が逆にイメージの広がりと情動の豊かさをもたらす。平体の絵画のストロークや色彩、痕跡のようなタッチは、このように「一様性」を転位させ、わずかにずらすことで山田を継承展開というよりも力強く転回させているのである。山田正亮のあらたなレッスンをここに見いだしたい。 

   (はやみ たかし)

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