ごく普通のおばさんのひとりごと

平凡な一市民がこれからの日本に不安を感じて

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返信: 3611件

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[ 通りすがり ]

2018/8/10(金) 午前 0:24

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自分の国や育った故郷を愛する気持ちは自然なことであるにも関わらず、政権忖度だとか差別主義者などと批判されたことがあり驚いてしまいました。いろいろな方たちがいるのですね。

マフィア同然の創価学会、朝木明代さん殺害事件

危険極まりない創価学会・公明党

[ 羊 ]

2018/8/9(木) 午後 11:51

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通りすがりの宗教素人です。
仮にこの団体から命を狙われているとしたら、身を守るためには、どのあたりの人たちと共に行動すると安全でしょうか。共産党?他の宗教?

[ マレーシアにまた行きたいな ]

2018/2/12(月) 午後 1:45

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●1452年:ローマ教皇ニコラウス5世はポルトガル人に異教徒を永遠の奴隷にする許可を与えて、非キリスト教圏の侵略を正当化
・・・・・・・
●1571年:当時のポルトガル王セバスティアン1世から日本人貧民の海外売買禁止の勅令が発布されるが、奴隷貿易は根絶せず
●1587年 (天正15年):豊臣秀吉はバテレン追放令を発布して、イエズス会布教責任者であった宣教師ガスパール・コエリョに人身売買と宣教師の関わりについて詰問
●1596年 (慶長元年):長崎に着任したイエズス会司教ペドロ・マルティンスはキリシタンの代表を集めて、奴隷貿易に関係するキリシタンがいれば例外なく破門すると通達
・・・・・・・
●1603年 (慶長8年):徳川家康が征夷大将軍。江戸に幕府樹立
・・・・・・・
●1624年 (寛永元年):スペイン船の来航禁止
●1633年 (寛永10年):奉書船以外の日本船の海外渡航禁止
●1635年 (寛永12年):海外渡航と在外日本人の帰国を全面的に禁止
●1637年 (寛永14年):島原の乱
●1639年 (寛永16年):ポルトガル船の来航禁止

[ ハム ]

2017/12/30(土) 午後 0:29

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> nanking_atrocitiesさん
ベトナム人強姦して大量虐殺した中国軍が何だって?中国の歴史は都合悪いことは教えないから他国へ行って勉強すると良いよ

[ sekiyann ]

2017/3/4(土) 午前 9:52

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おはようございます
拠らせていただきました
晴れております
日向路、曇後晴 17℃[+2] 6℃[+1]
佳き一日を

[ ゆうママ ]

2015/3/24(火) 午後 3:01

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キーワード検索でたどり着きました☆
普段はコメントしないのですが惹かれてコメントさせて頂きました(*´∀`*)
バイナリーって知ってますか?私のブログに結構詳しく書いてます♪
初心者なのでブログの感想とか知りたいので是非是非、見に来て下さいね♪

[ ハシストに死を!! ]

2014/10/23(木) 午前 11:36

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管理人様
在特会の桜井会長との対話も「お前」呼ばわりで挑発して…
こいつ弁護士の品位なんて何にも無いのでしょうねw
奴が持ち込んだ「弁護士懲戒請求」でフルボッコにされればいいのに

[ yaya369 ]

2014/8/11(月) 午前 7:52

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朝鮮総連、共産党、カトリックの下関労働教育センターは
下関市を脅迫しています。

下関の市長が朝鮮半島の植民地は事実ではないと
真っ当なことを言ったのだが、
在日朝鮮人や共産党、左翼連中が下関市に言いがかりをつけた。
当時、呼びかけた反日連中↓

赤司暸雄・占部 弘・岩間正治
大城研司 (医師 東チモールの会)
大谷正穂(下関の行動と言葉をつなぐ「海」編集委員)
林尚志( イエズス会 神父)
小野寿夫
北野恵子・鍬野保雄・崔 吉城
嶋田淑子・沢村和世・沢村 裕
広崎隆一・松崎佳代子
堀内隆治 大谷正穂・廣崎隆一(廣崎リュウ 広崎リュウ)
纐纈厚( 山口大学 )
安渓遊地( 山口大学 )、
佐々木あけみ(山口県議・宇部市)
田辺よしこ(下関市議)
赤司瞭雄(10フィート映画を上映する下関市民の会)

[ - ]

2014/7/15(火) 午前 0:35

古くても、メンテナンスさえしていれば、半永久的に使えます(あくまで、昔の純日本製の場合のみ)それをマスゴミがネガキャンして買い替えさせようとしているだけです。 メンテナンスを怠らず、発火には注意して、大切に使ってやってくださいね。

[ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ]

2013/7/13(土) 午後 0:01

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環シナ海地域の変化

1501年から1525年頃には、明、李朝、日本、琉球、東南アジア諸国の環シナ海地域においては、それまでの勘合貿易などの朝貢形式の明王朝主導の貿易ではなく、海禁政策に反する非合法な中国人倭寇商人の活動や、堺や博多の豪商などを中心にしたネットワークが構築され、また1510年には三浦の乱、1511年にはポルトガルがマラッカを滅ぼして東アジアでの交易を始め、1523年には寧波の乱が起きるなど、明王朝の海禁政策を逃れた貿易が広がっていった。

嘉靖帝の時代に、武力による海禁政策の厳格な取締りが進むと倭寇や南蛮人の活動も過激化し、1554年6月には済州島で唐人と倭人の同乗する船が朝鮮水軍と衝突する事件が起き、1555年には倭冦が明の南京や朝鮮の全羅道を侵している(乙卯の倭変)。

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