銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話(アメーバに引越しました)

去年は70の山を愛し、今年は100の山に恋をする・・・不動産・人生相談・株に経済なんでもござれ!!

全体表示

[ リスト ]

 身体中の皮がむけてきてる。
 真夏に大自然の中で動き回ってるとこうなる。
 
 米国債バブル、他にメジャーな投資先が無いためでもあるが、いよいよバブルの様相となってきてる。
 旨味がなくなれば米国債とて売られる。
 あとは日本?
 この国を海外から見た状況は、とても健康的な投資先には見えない。
 対米従属? たしかにアメリカやらの圧力はあるにせよ、外交とは圧力のかけ合いな訳だから、本当に悪いのは日本の官僚や役人、政治家や上場企業、の旧態依然なイジイジした保守勢力。
 アメリカのせいにして、仕方が無いと嘯いて、自分たちの利益だけを守ろうとしている。
 これらがコッパミジンにならなきゃ〜信用ならない成金の浮ついた安物価値観。
 母親や女房や娘を売春宿に売らされて、その利益まで吸い上げられて喜んでる日本男児。
 世界があんまりにも酷い状況だからよく見えるだけのことで、中身は大差は無い。
 
 世界中で金融危機対策だと言っては紙幣をどんどん印刷して、その金の使い道を考えるだけの経済が続いていたが、中身は借金・負債を原資にして事業を進める現代版バブルとおなじで、いずれ急ブレーキがかかるとまっ逆さまに奈落の底を目指す。
 高級マンションや高級住宅を満額に近いローンで購入して、自分も高級だと勘違いしてる阿呆な大人たちと大差ない。
 そもそもそんな連中のオツムには高級という価値観がCMと一緒に収まっている。
 俺の価値観でいえば、低級も低級、中身すっからかん。
 
 この国も治安は悪化してくる。
 子供たちはみな訳のわからない不安感でいっぱいになっている。
 これが直感で身の危険を感じる正常な獣の姿で、狂ったロボットの大人たちにはなにも解ってはいない。
 それが俺には一番辛い。
 俺も、君たちとおなじだった。
 結局、この40年ばかり、世の中社会は何も変ってはいない。
 孤独は群れの中で感じるものだから、群れの騒動は群れの中で起きる。
 あくまでも他人がいなければ自分を語れない、自分の位置が解らない大人や子供たち。
 俺は山の古木を見て自分の命を考え、川の濁流を見て儚さを思い、海の波に流されて愉しみを得る。
 そういう生き方って、他人や社会の動きは気にならない。
 ただ自営の商売のために身を置いているだけの仮の棲みかでしかない。
 
 ひとつの家庭だけを養って、それで満足してる男にはなるな。
 可能な限り、自分の時間を割いてあちこちに関わって行く男であれ。
 それが茨の道であっても、男とはそういう強く孤独な獣なのが本当だ。
 そうやって価値観を共有し、どんどん大きくして行く。
 その価値観とは、残念ながら、言葉では言う気がしない。
 頭でっかちのド阿呆どもが、勘違いして自己満足するだけだ。
 
 恐慌だという、大恐慌だという、だから過去の恐慌の法則から今後を理解しようとする。
 金融・経済面だけの恐慌ならばそれで良いのかも知れないが、今回は違うと断言できる。
 つまり? 過去のデータや経験則はなんの役にも立たない。
 人間の価値観そのものが根底からひっくり返るのよ。
 だから人間を勉強するほうが先なんだな。
 解ってる人はまんだまんだ雀の涙ほどしかいないだろう?
 新聞・テレビ・マスコミというチンドン屋集団に回帰してしまってる連中は、そんな時期に自分たちの日々やってることの怖ろしい結末を知っているんだろうか?
 まんず、自らが犠牲になるしかない
 
 大人社会がすでにあちこちでイジメ社会になってしまってる癖に、子供らのイジメについてギャ〜ギャ〜社会では喧しいが、俺が育ったエリアや時代は原爆が落ちた後の後遺症で苦しむ大人たちや、森永ヒ素やら水俣病やら多くの公害による病気が騒動になった時で、同級生にも多くの奇形や病を抱えるものが多かった。
 早死にする子もけっこういた。
 小学校は6校ほど転校しているが、どこに行っても虐められる子と虐める子は必ずいるもので、部落や貧しい家の子や片親・犯罪者の家庭の子やらもまた肩身の狭い扱いを受けているものが多かった。
 だいたい転校して行くと新しい学校や学級ではその力関係というものが1週間もあればすぐに解り、俺は決まって虐められる子や差別されてる側の子とまず仲良くなることが多かった。
 自分でも、それを偽善クサイと解ってはいた。
 ただ、孤独だった者らは、異端者・流れ者にはことのほか優しく、いろんなことを情報として教えてくれた。
 あとはその情報の中身から、僻みや妬みやらを差し引いて、平等なものに変えていた。
 ただ俺の時代は野山海川が遊び場だったから、危険が多く、学校では虐めてる子らでも大自然の中に入るとただのヒヨッコでしかなく、そこで俺なんかは生きるために必要な知識と狩猟・漁の技の違いを見せつけてやって黙らせたもんだった。
 毎日毎日クタクタになるまで遊んでいたから、他の子をイジイジ延々と虐めるなんてこともなかった。
 クタクタになるまで遊び、眠れない夜なんざありもしなかった。
 そうして大人の社会やら大自然との関わり方を危険と一緒に学んだもんだった。
 学校の勉強だけやっておれば後はなにをしても良いなんて狭い世界ではなく、果てしなく広い大自然が俺の前にはいつもあった。
 だから遊びにしてもキリが無いほどだった。
 そうやって考えると、今の子供たちは毎日クタクタになるまで大自然の中を走り回ってるんだろうか?
 可哀相なのは虐められる側だけでなく、虐める側もおなじだろう。
 こんな社会や教育を許してしまってる大人たち全部に責任はある。
 そういう意見がまるで無く、誰が悪い彼が悪いの犯人探しばかりを見ていると、それこそ殺伐としたものを感じるがな。
 
 オリンピック、全国大会、世界大会・・・体育の授業を例にとれば、決められた競技で身体測定をやらされ、それで能力の良い悪いが決められる。
 もっといろんな身体能力の測定があっても良いのに、小さなモノサシしか使わない。
 他の学問もそうだ。
 模範解答が先にあり、問題や試験はそれを導き出すためにある。
 答えの決まってない試験なぞなく、解答も決めてない問題なぞなくて、そんな奴隷に首輪をつけるような教育ばかりが普通になっている。
 そこで優秀だと言われれば偉いんだとさ。
 ただ、奴隷として、優秀なだけだろう?
 
 デフレ不況が長く続いているという。
 新しい物を造ることばかりに目をやって、古き悪しき規制を緩和して、世界中で横に繋がって、そうして新しい物を造れば消費は上向くという考え方がある。
 机上の学問とも、言う。
 人間は消費することを生き甲斐にして、消費するために働いて、消費こそが幸せの究極、そんなことを信じている人がいるとしたら、これは未開の後進国にでも行くしかない。
 人が生きて暮らす価値を考える時、そこには家族や愛するものやの存在が必ずある。
 消費さえしておれば幸せ・・・これは年中モノを喰って糞をしている猿か、気楽で自由だと信じている独身者の偏狭な自己満足と時間つぶし。
 そういう時代を作った小泉・竹中社会に、消費に生き甲斐を感じる独身者がたくさん街に溢れたのも偶然ではない。
 しかもFXだの投資だの運用だのとお部屋の画面の前で孤独な時間を過ごす独身者。
 世界の金余りのおかげでたまたま景気が少し良かっただけのことで、偶然が重なった好況でしかなかった。
 これらの操り人形みたいな独身者たちが、やがて高齢化し、気楽で自由だと言えるのか? ただの変態の可哀相な爺様婆様だと、大自然や社会との関わりを絶ってしまってる年寄りに何が出来るのか? 子供たちに伝える、社会に残すものは何かあるのか?
 ショッピングセンターやパワータウンの片隅でワンカップでも握り締めて、ホームレス化してしまうのが関の山だろう。
 
 どんなに高価な釣り道具を揃え、どんなに美味い餌を揃え、どんなに経験豊富な知識を詰め込んでいても、魚のいない海ではなにも釣れやしない。
 子供でもわかる当たり前のことだ。
 人間が解ってないと、そういう珍妙な場所で1年中釣り糸を垂れている太公望になる。
 需要とは人間の今の欲求であり、これを洗脳と煽動で人為的に作りあげてきた高度経済成長には、人間自身の成長も、人間自身の価値観の転換も、いっさい行われなかった。
 俺がガキの頃から大人がド阿呆に見えていたのはそんなこと。
 人間の欲求を離れてしまった新製品の開発も、金銭ギャンブルとコマーシャルでなんとかなっていたのはたまたまのお話だった。
 それが人間の価値観の多様化と大きな転換期を迎えている現在、行き詰まるのはこれも至極当たり前のことだろう。
 インフレ? デフレ? 金融経済? 政策・方策? ・・・いま一番だいじなことは、人間が人間として、生きて行く意味、なぜ生きて行かなければいけないのか?
 なににも先立って考えなければいけない命題だ。
 消費生活でそれをおざなりにしていたツケが、長引く不況となっているだけのこと。
にしか過ぎない。
 
 日本語には、漢字・ひらがな・カタカナなどがあるけんども、これらはあくまでも代用品であってそのもの自体にはなんの意味も無い。
 並べて絵画の鑑賞のように黙って眺めておれる人なら別だが、現代ではこれが算数の計算式に使われる数字のような扱いになってしまってる。
 殺伐とした・・・無味無臭な・・・その字そのものに意味を与えるような教育の間違い。
 字をいくつも並べて言わんとすることをあらわすのが日本語というものだ。
 日常語の文字に規制を加え、義務教育でその範囲を頑なに守ることを教え、なにが教育だか? 逆に我が日本人にはストレスしか溜らない幼少年期を過ごさせる。
 その中で優等生と呼ばれていた連中が、いまの政治や行政を執り行なっている。
 小さな毛虫みたいな変態しかいないのは、仕方の無いことだ。
 
 官僚・公務員・政治家・・・税金で食ってる連中がどんだけ多いか? ヨーロッパの国々に較べれば少ない? いずれ破綻するのは目に見えているが、ギリギリまで貪り喰らおうという連中には違いないがな。
 公僕とは、国民に配当を配る立場にある奴隷でなければいけない。
 それが世界中で貪る乞食に成り下がっている。 
 そもそもの大きな間違いだろうな。
 
 

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事