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キリスト教とはキリスト道 キリストはこう言われた「私は、道であり。真理であり。命である。」 こう語られた人は他にはいない。「私が道」と語っている。道の1つとか 道を示そうと言っているのではない。道そのものだ、と力強く語る。 キリスト教もあえて呼ぶなら、キリスト道と呼びたいくらいだ。 教えもあるが、それが全てではない。本質は生きておられるこの方との 交わりにある。キリストとどれだけ親しくなれたかにかかってくる。 2千年前教会が始まった時、新約聖書はまだ今のようには完成していなかった。 にもかかわらず、信じる人々は増えていった。 それは、彼らにキリストとの交わりがあったのも1つの理由だと思う。 使徒行伝(新約聖書)にはクリスチャンのことを「この道の者」と呼んでいる。 そして後にキリスト者と呼ぶようになった。 信じた者はキリストと言う救いの道を通って救われる。 イエス様は、今日こう言われます 「私を、踏んで行きなさい。私は道です。」 自ら私たちと神との間の道となり十字架の救いの道を開いてくださったのです。 ただただ、イエス様に感謝! 下のテキストにクリックお願いします。 ↓ ↓ ↓ [https://philosophy.blogmura.com/christian/= にほんブログ村 キリスト教=]
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転載して下さり感謝です。
キリストとの出会いにつながれば
と思います。
2009/1/19(月) 午後 0:59
あの時、ガリラヤ湖で彼は佇んで貧しい人々・差別された人々と共に生きようと思った。「共にあること」「共に生きること」私も貧しい信仰ながら「彼とともにありたい」と思っている1人です。
2009/1/20(火) 午前 7:59 [ kabanotakara ]
いいですね〜。まったくの同感。
と思ってたらJOHNさんでしたかw
2009/2/22(日) 午後 11:17 [ g_topspeed ]
わたしも同感です。!
2009/2/22(日) 午後 11:30 [ 虫けらのヤコブ bichinho de Jaco ]