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弥生時代小説 「神 武」 連載に当って 2
ジミー・イワレヒコ
『「邪馬台国」はなかった』
古田武彦著 昭和52年10月10日 初版発行
昭和57年 3月30日 6版発行
約30年前の本で、その時は著者も含めてあまり頓着せず、
ただ書名の『「邪馬台国」・・・』になんとなく反応している自分を
その文庫本に貼ってあった〈¥100〉百円のラベルが後押をして、
4,5冊まとめ買をした歴史小説の中に“まあいいか”と言う具合に
紛れ込んだようでした。
その後2ヶ月ほどは私の部屋の片隅で
読まれる優先順位待ちをしてくれていましたが、
気が付いた時には、その百円のよれよれ本は私の読書人生の
9割以上を支配するに至っていました。
以来、古田著の本は初期の3部作から数えて30冊以上
目を通しました。
私にとっては理解に難しい物も多く、
能力的に読めない漢字、初めて出会う語彙、用語等
とくに初期のうちは、2回読み、3回読みしてなんとか理解できる
個所も少なくありませんでした。
ただ理解出来た物の殆どは衝撃的で、目から鱗・・・の状態が
続きました。
他の著者の古代史書も何冊かは目を通しましたが、
“納得の度合い”に明らかな差を感じています。
この『「ワタクシ」の納得』と “連載に当って 1 ”で記載した
『「ワタクシ」の何かを残したい』の気持ちとがコラボしまして
弥生時代を背景にした小説が可能ではないかと考えるに
至りました。
なぜその様に考えるに至ったかのポイントは、
弥生時代小説 「神 武」 連載に当って 3 に続く
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