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録音装備を持っていっていなかったので、曖昧な部分あるかも。
むしろあるものと思って読んでちょんまげ。
新撰組三番隊組長(元副長助勤、一時期は四番隊) 斎藤一のひ孫さん。
長男の長男の長男の、藤田太郎さんのお話。
小柄で寡黙、柔和そうな方である。
大企業へ務められ、海外を股にかけた大仕事の後引退、現在は自治のお仕事をなさってるとか。
当時の趣味まで語ってくださるサービスっぷり。
丁寧なパワーポイントの資料を用意してきてくださっていた。
佐藤……えーと;時尾さんの家の筋の方(口から生まれてきた男)と共にトーク開始。
※追記:佐藤功武(よしたけ)さん
えーと、時尾さんの妹さん?だかが嫁いだから親戚になったとか……(曖昧)
ウチのかーちゃんの同級生らしい。
時尾さんは戸籍上はトキヲとの表記らしい。
意外と太郎さんはエゴサーチしてるらしいが、ネットにわざわざ書き込むのも……といった様子。
Wikiの斎藤一のページに出ているスポックっぽい肖像画は、実は太郎さんの父親の實(まこと)さんの顔をもとに書いてもらった肖像画であり、「長男・勉をもとに描かれた肖像画」というのは全く似ていないので誤りである。
ヘルメットの様な髪型は、實さんが普通のサラリーマンだったことから、当時七三分けな典型的な髪型をしていたからではないかとの推測。
勉さんの写真は全て短い坊主頭に、軍人だったからか立派な髭を蓄えたものが多い。
えーと、陸軍の36なんちゃら隊……?;襟に36と書いてある。
残された藤田五郎の写真を見るに、恐らくハゲではなく同様に短くしていたのだろうとのこと。
ネットでフランケンと言われている西南戦争時の写真も全く別人のものと思うと言ってた。
藤田家は昔から頭が尖っており、太郎さんは頭を触られては「藤田家の頭だ」と言われたという。
勉さんは耳が大きく横に張り出しているが、太郎さんも耳が大きかった。
先日斎藤一の写真が公開された後、すぐにWikiの画像が差し替えられているのに気づいたとかw
その日か次の日には変わってましたよねー、きっと大ファンの方が書いてたんですよー、と言われ、少し嬉しそう。
奥方の時尾さんはかなり厳しい方で、女子寮を営んでいた。
その中でみどりさんという、かなりお金持ちの家柄のかなり美しい方を見初め、是非息子の勉と一緒になってくれと何度も家に訪ねて貰い受けた嫁だったとか。
松平容保公から賜った歌が二首。
忘れちゃったので割愛。
ふみなれど よみかえすのは さんどにど 窓の外には 梅の
波うつ かわの 中洲の 田鶴 千歳ののちも 影はかわらない
観覧者からの質問。
★斎藤一って左利きだったの?
最近見た本に、坂本龍馬の暗殺現場に左利きの者がいたことから斎藤一がいたのではという説があった。
それは全くの創作。
某作家が物語の中で「左利きのものに斬られた死体だから斎藤の仕業であろう」という風に書いており、恐らくそれに引きずられた説だから竜馬暗殺の場にいたのもないだろう。
そもそも剣を扱う場合、全員右利きの持ち方である。
ただし右利きだったという確固たる証拠を出すことも出来ない。
★有名人の子孫ということで苦労したことってある?
太郎さんが曽祖父の話を聞かされたのは小学生の頃。
ただ、当時太郎さんは新撰組を知らなかったので父に聞いたらしい。
そしたら「今で言う愚連隊みたいなものだよ」との返答。
これはあまり口外しない方が良いのではないかと思い、仲のいい数人にしか話したことがなかったらしい。
その点で、話したいのに話せないという苦労はあったかもしれない。
ただ、その後いろいろ知ってくるとやはり登場作品が多かったりする。
表に出るのは苦手だが、いろいろと話させていただくようになった。
★長男勉さん、次男剛さん、三男のたつおさん(?)、三男は○○家へ養子へ出したと聞いたが、藤田家には資料などが残っているか?
三男は生まれる前からあげるという約束をしていたことは聞き知っているが、表へ伝わっている以上の個人的な資料は持っていない。
★YOUは何しに日本へ?というテレビ東京の番組で、オーストラリアの女の子2人が新撰組の子孫に合いたいということで阿弥陀寺に来ていたが、結局彼女らとは会ったのか?
TVクルーに会うように打診され、カメラは無しでカフェで一緒に話した。
コスプレからファンになったらしいが、大変に勉強熱心で、日本語も少し話せる。
楽しくて2時間ほど話し込んでしまった。
彼女らの一人は斎藤一、もう一人は沖田総司が好きだとのこと。
名刺も新撰組仕様で作ってあり、彼女の名字が斎藤になっていたとのこと。
お金を貯めてまた来たいとのこと。
来年の会津藩公行列に二人で参加するらしいとの情報。
やっぱり新撰組で出るのかな?w
★大河ドラマ土方歳三スピンオフで、オダギリジョーが近藤勇の晒されていた首を奪還してきたけど、それって本当?
それも多分嘘。
その頃は会津へ兵士たちを連れてきていた時期だから合わないのでは。
トークショーが終わった後、写真をせがまれている太郎さん。
照れてしまって後ろを向いたりと、可愛らしい一面も。
観覧者は7割ほどが女性で、若い方もいらっしゃいました。
大変勉強になり、とても楽しい場でした。
こんな何も知らない人が行ってもいいのかなーって気にもなってしまったりw
近くの骨董屋、兼、お土産屋、兼、資料館に立ち寄ったら、何と薄桜鬼グッズに見入る女子数名がっ!
うーむ、いつの間にそんなグッズを置くようになったのか……
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