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以前、イタリア・アッシジの聖フランシスコについて書いていたの記事の続きです。
「平和の祈り」で有名な聖フランシスコですが、晩年「太陽の賛歌」という詩を書いています。
 
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一神教のキリスト教にあって、自然のあらゆる存在を兄弟姉妹と呼び心を寄せる姿は
アニミズム的精神を持つ日本人にとっては親しみやすいかもしれません。
 
聖フランシスコは小鳥や動物に対しても説法し、回心までさせと言い伝えられています。
(私が聖フランチェスコの姿を初めて見たのは、高校の世界史の教科書で、
彼が小鳥に向って説法をしている絵でした。ご記憶にある方もいるかもしれません。)
 
「太陽の賛歌」
 
神よ、造られたすべてのものによって、私はあなたを賛美します。
私たちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。
太陽は光をもって私たちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。
私たちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。
月と星はあなたのけだかさを受けています。

私たちの兄弟、風によってあなたを賛美します。
風はいのちのあるものを支えます。
私たちの姉妹、水によってあなたを賛美します。
水は私たちを清め、力づけます。
私たちの兄弟、火によってあなたを賛美します。
火はわたしたちを暖め、よろこばせます。

私たちの姉妹、母なる大地によってあなたを賛美します。
大地は草や木を育て実らせます。
神よ、あなたの愛のためにゆるしあい、病と苦しみを耐え忍ぶものによって、
私はあなたを賛美します。終わりまで安らかに耐え抜くものは、
あなたから永遠の冠を受けます。

私たちの姉妹、体の死によってあなたを賛美します。
この世に生を受けたものは、この姉妹から逃れることはできません。
大罪のうちに死ぬひとは不幸なものです。
神よ、あなたの尊いみ旨を果たして死ぬ人は幸いなものです。
第二の死は、かれを損なうことはありません。

神よ、造られたすべてのものによって、
私は深くへりくだってあなたを賛美し、感謝します。

 
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イタリア・アッシジの自然は本当に美しく、空を流れる雲、空を飛ぶ鳥、
街を照らす光、風にそよぐ草木から喜びの歌が聞こえてくるようでした。
 
豊かで穏やかな自然が、聖フランシスコの万物と調和する精神を
醸成する素地となったのかもしれません。
 
聖フランシスコは12世紀、ローマ北部の街、アッシジに裕福な織物商人の家に生まれます。
利発で繊細で心優しく生まれたフランチェスコでしたが、
何不自由のない生活で、目に見えるものを愛する放蕩生活を送ります。
 
しかしその後参加した戦争で人々が争いあう事の無益さを目の当たりにし、
現世のはかなさを知ります。そして捕虜となり、心と体に深い傷を負い、アッシジに戻ったのでした。
そしてその後フランチェスコは莫大な財産をすべて放棄して、ぼろ布に身を包み伝道を始ます。
 
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「貧しき人」と呼ばれたこの聖者は「もう一人のキリスト」と呼ばれるほど、
キリストの生き方と教えに忠実に従った者として今でも世界中の多くの人に敬愛されています。
 
大学時代、「平和の祈り」を通じて知った聖フランシスコ。
去年夏のイタリア・アッシジ訪問は、私の人生に、はっきりとは形容しがたいけれども
大きな変化をもたらした気がします。
 
彼の様な生き方は出来ないかもしれないけれど、
せめても万物と調和した、目に見えないものをも大切にした生き方をする努力をしていきたい、
と思うのでした。
先日、イタリア・アッシジの聖フランチェスコの人生を描いた
「ブラザーサン・シスタームーン(1972年)」を見ました。
この夏アッシジを訪れた感動がよみがえるとともに、
聖フランチェスコの喜びに溢れた清貧の生き方に心が洗われました。
 
 
聖フランシスコ―サンフランシスコ(スペイン語読み)
アメリカ西海岸の町の名前にまでなっている、
12世紀のイタリアに生まれたキリスト教の聖人です。
 
また聖フランシスコの「平和の祈り」はマザーテレサが最も愛した祈りと言われ、
今でも多くの出版物や映画、TVでなどでその祈りが登場し、人々に愛されています。
 
 「平和の祈り」
 
わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
争いのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
悲しみのあるところに喜びを、
闇のあるところに光をもたらすことができますように。
ああ主よ、わたしに、
慰められるよりも、慰めることを、
理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを求めさせてください。
わたしたちは与えるので受け、
ゆるすのでゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。
 
 
私が通っていたのはカソリック系の大学で、その隣には荘厳な大聖堂がありました。
クリスチャンではなかったものの、よく授業の合間に教会に立ち寄り、
一人静かな時を過ごしていました。
 
教会の座席には讃美歌の冊子や祈りのフレーズ集などが
何冊か置いてあったように記憶していますが、
その中でも私の心を捉えて離さなかったのがこの祈りでした。
 
毎回教会に行くたびにこの祈りのフレーズを心の中で繰り返し、
生きる勇気と力を貰っていたように思います。
 
今年、ドイツからイタリアに渡ったのは、バチカン市国を訪れてみたい、
そしてこの平和の祈りのもととなった聖フランチェスコが生きた町に行ってみたい、
理由はそれだけでした。
 
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                           イタリア・アッシジ
 
それにアッシジを訪れるまで、聖フランチェスコが
どんな生き方をした人かも知らなかったです。
(わざわざアッシジに行こうとする人間が彼の生涯を知らないなんて・・・
とクリスチャンの友人は呆れていました笑)
 
彼の人生と映画についてはまた次回書こうと思います。
 
 
 
先月用事でアメリカに行っていました。
学生時代から考えて10年ぶりのアメリカ訪問です。
 
東海岸ワシントンD.C.の空港からアメリカに入り、
西海岸ワシントン州シアトルから日本に戻るまでの間の約5000キロ、
車でのアメリカ横断となりました。
 
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                                  乗り継ぎで立ち寄ったサンフランシスコの街並み
 
 
友人にアメリカ横断をすると人生観が変わると言われていましたが、確かにそうでした。
 
車を西に進める度に、心の垢が大自然や風によって洗い流されていく気がしました。
 
また開拓者達の勇気や行動力、強い信仰心に思いを馳せ、
ハードな旅でしたが西に西にと進むことが出来ました。
 
ヨーロッパがすっぽり入っても余るほどの広大な国土。
州ごとに変わる法律、移動するごとに変わる自然、気候、アクセント、そして複雑な歴史・・・
改めてこの国は一つの言葉で形容する事のできない多様性に溢れた国で、
この国のユニークさから学ぶことを拒否するのは、人生の恩恵を拒否する事の様な気がしました。
 
もちろん暗い歴史もあり、問題も山積する国ではあるけれど、
物質的にも、精神的にも、信仰に於いてもセカンドチャンスを求めてやって来た人たちが築いた国、
その懐の深さと多様性は世界でも稀有なもであると改めて実感し、多くの事を学べた気がしました。
 
学生時代の前半を過ごしたアメリカ。
多感な学生時代、9・11テロもあり、この国の悪い所ばかり見えて帰国してしまった事は、
古傷のように心の中で疼いていました。
 
大学を卒業してからは特に英語を勉強する事を避けていましたし、
アメリカには行きたくもないし、二度と訪れる事もないだろうと思っていました。
 
しかしあれから10年、色々な経験をした今になって訪れたアメリカは、
全く違った表情を見せ、多くの学びを私に与えてくれたのでした。
 
自然だけではなく、この国で出会った美しい人達。
慎ましく、謙虚で、働き者で信仰心の篤い人達。
自分を越える存在を謙虚に信じて日々を懸命に生きる中で、
大きく人生を変え、多くの人の影響を与える仕事をしている人達。
それはまさにミラクルであり、アメリカの懐の深さが可能にする事のように思えました。
 
物質至上主義の代表の様な国ではあるけれど、
信仰心を元に建てられたこの国は同時にとてもスピリチュアルな国である事を実感したのでした。
 
個人的にも途中立ち寄った場で未来への新たなビジョンを得た旅になりました。
この旅は私にとってビジョンクエストになった様に思います。
 
 
 

旅に生きる イタリアへ

急遽決定したイタリア旅行。
 
ドイツから一人DB(ドイツ鉄道)の夜行列車に乗り込み、
イタリア、ローマを目指しました。
 
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 DBの夜行列車@ミュンヘン駅
 
イタリアに行こうと思ったのはバチカン市国とローマ北部の都市・アッシジ
(アメリカ・サンフランシスコの名前の由来となった聖人・フランチェスコの生誕の地)に
行ってみたいと直感的に思ったからです。
 
夜行列車は大学の卒業旅行で行ったスペイン旅行以来なので少し緊張しましたが、
同じコンパートメントで一緒になったドイツ女性とおしゃべりしながら楽しいひと時を過ごせました。
 
彼女は50代半ば位で、ドイツ北部の高校でフランス語とドイツ文学を教えているとの事でした。
長い夏季休暇の間にこれまで、ヨーロッパだけでなく、
アジア、アフリカなど世界中を旅してきたそうです。
またフランス語を学ぶため若い頃フランスに住んだ経験もあり、世界中に友人がいるようでした。
 
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                              車窓から・日差の強いイタリアらしい向日葵畑が広がります
 
 
彼女は今回はフランスに行く前フィレンチェ郊外の町で2週間程
イタリア語とイタリア料理を学ぶ予定だと言っていました。
スペイン語は喋れるので、スペイン語がイタリアでどの程度通じるか試してみたいの、
と茶目っ気たっぷりの笑顔を見せていました。
そして、このように旅する度、その経験が授業に生きていると、微笑みながら話してくれました。
 
彼女は
「私は大きな家も、大きな車も自分の家族もなくていい。
ただ、こうやって旅をして沢山の人と知り合って、自分の世界を広げられればそれでいい。」
と話していたのが印象的でした。
 
なんと潔よい姿勢でしょう。
 
自分の魂が求める生き方に正直になる。自分の心に嘘はつかない。
他人や社会が求めるスタンダードに従うのではなく、自分の心が求める生き方に従い、
シンプルに生きる。
 
昔から旅に生きた詩人や哲学者、宗教者たちは、
最小限のものだけ持ち、シンプルに「旅に生きて旅に死す」覚悟で旅をしたものです。
 
急遽イタリア行きが決まったので、情報も少ない中
ローマまでの道のりでは「イタリアはヨーロッパ一危険な国」とのイメージばかりが頭をよぎりました。
 
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車窓から・小高い丘に広がる街
 
色々な国を旅してきましたが、何かあったらどうしよう・・・・と少し怯えてしまいました。
しかし昔の旅人は死をも覚悟したものです。
現代にしたら話しが大げさすぎますが(笑)・・・何かあったらそれが運命、受け止めよう、
来る物、起こってくる事をありのまま受け止めよう、
出来るだけ物は持たずシンプルに過ごそう、そう腹をくくった時から、
この旅行が本当に人生において大きな意味を持ったように思います。
 
終わってみれば、この旅が人生で一番波乱に満ち、楽しく、思い出深く、
そして人生おいて確実にターニングポイントになる旅になったのでした。
(後から分かった事ですがローマは比較的安全な街でした。)
 
日本に帰ってきてから
’EAT, PRAY, LOVE’(邦題「食べて祈って恋をして」ジュリアロバーツ主演で映画化)を
読み始めています。
この小説の最初の舞台はイタリアです。
多くの人の人生観を変える力をこの国は持っているのかもしれません。
 

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