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わが子はかわいい。
何人あってもかわいい。
一人だからかわいくて、五人もあればかわいくない・・・・・・そんなものではない。
五人あっても十人あっても、誰かが病気でもすれば、わが命にかえたいほどの祈りに立つ。
一人ひとりがかわいくて、一人ひとりがわが命なのである。
科学の進歩につれて、おどろくほどに物が多量につくられるようになった。
一枚一枚の紙の手づくりの紙が、今は流れるようにすかれてゆく。
たくさん物があって、たくさん使えるのである。
だから、ついつい雑に粗末に扱いがちである。
しかし、手ですかれた紙も機械ですかれた紙も、紙そのもののねうちには何のかわりもない。
押しいただくほどしなくとも、一枚一枚いたわるように使いたい。
子を思う心で使いたい。
そこに心のゆたかさがある。
人間のゆたかさがある。
そして、この心を失えば、物のゆたかさが、暮らしの真のゆたかにむすびつかなくなるのである。
きょうこのごろの、ありあまる物のゆたかさのなかでお互い三省四省してみたい。
(松下幸之助著『続・道をひらく』より)
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うーん。これは難しくて分かりません。
噛み砕いてどういうことなんでしょうか。
読解力がなくて・・・。
2009/10/2(金) 午後 8:35
ゆきんこ母さん、せっかくコメントして下さったのに、ブログ放置気味ですみません・・・。(^^;
大量生産され物が沢山あるからといって決して物を粗末にせず、苦労して作られた1枚と同じような気持ちで、あるいは自分が子供のことを思うような気持ちと同じくらい物を大切にしよう。暮らしがいくら豊かになっても、物を粗末に扱う貧しい心ではいけない。ということだと思います♪
2009/10/17(土) 午後 11:56