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心と違う言葉を口にしたからと言って、言葉が嘘だとなぜ決める?
言葉が嘘なのか−それとも心が嘘なのか。
言葉が偽りなのか、心が偽りなのか。
そんなことは誰にもわかるまい。
人がウソをつく理由は、いろいろある。
みんながみんな、人をだまそうとか、人を陥れようとか、そういう理由でウソをついているわけじゃない。
自分を守るために、自分が壊れないために、ウソをつく人もいる。
もしかしたら、私やあなただって、そういう理由でウソをついていることがあるかもしれない。
実際、自分はどうなんだろう…。
しかし、他人のウソになると、とたんに許せなくなる。
ウソをつかれたという事実だけに、心がとらわれてしまう。
絶対にウソをつかれない状況、絶対にウソをつかせない状況、ウソを見抜く方法を探るようになる。
きっと、それが自分を守る方法なのでしょう。
傷つかない方法、ガッカリしない方法、とでも言うか。
けれど、だます目的じゃなく、ウソをつく人間には、ウソをつくだけの理由がある。
ウソをつかせない状況、ウソを見抜く方法より、その理由の方が大切なケースが多いように思う。
それを分かっていても、なかなか寛容になれないことが多い。
ウソをつかなければいけない心理状態になっている、それが真実なのです。
(西尾維新)
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「口は禍の元」
「口は心の発露」
難しい問題ですね。
2009/11/10(火) 午後 4:48
kenkenさん、心に正直にとは言っても、発した言葉も心の一部。難しいですね。
2009/11/25(水) 午前 10:55