Heartail---ココロのシッポ

特亜問題や凶悪犯罪が続く上、度重なる天災等でいささかココロも疲れてゆる〜いブログにしてます

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水間氏のブログからです。
 
本当に恐ろしい!
狂おしいほどまで
腸が煮えくり返る!
 
 
---転載ここから---
 
2012年05月20日 19:50 
超拡散《故中川昭一先生の酩酊記者会見の闇を知る原聡子が「バンキシャ」に出演》
 
 
■日本人の忘れやすい性格を逆手にとって、あのイタリアでの「仕組まれた酩酊記者会見」の裏側を見ていた日テレの原聡子記者が、ほとぼりが過ぎたと判断してか。ノコノコと日テレ日曜日の「バンキシャ」で、ニュース原稿を読んでいました。
 
 
当時、イタリアでの重要会議を終了して、故中川昭一先生が軽い昼食を済まして記者会見に臨んだのだが、その食事に同席したのは、男性は中川氏と玉木林太郎財務省国際局長他1名、女性は、日テレ・原聡子記者、読売新聞・越前屋知子記者他1名だった。
 
その時飲んだ赤ワインは、6名で一本だけだったにも拘わらず、中川氏はあの状態に陥ったのです。中川氏本人もあの一瞬自分がどうなっていたのか「帰国してテレビを観てはじめてわかった」と、中川義雄先生に語っていたのです。
 
誰れが一服もったのか。
 
当時のマスメディアは、異常を通り越し、すべてが謀略機関に成り下がっていたことを忘れてはいけない。
 
あの謀略報道がなければ、中川氏が死に至ることにならなかったのであり、一服もった犯人は、間接的に中川氏を殺した犯人になるからです。
 
 
あの記者会見後、バチカン美術館で非常ベルを鳴らしたとか、彫像に触れたとの報道もすべて嘘だったのです。
 
 
それは、故中川昭一先生の叔父さんで参議院議員だった中川義雄先生から聞いたことだが「郁子さんにバチカン美術館を最初から最後まで案内したバチカンの神父さんから手紙がきていて、日本で報道されているようなことは一切なかった。ずっと間近にいて一切お酒の匂いはしなかった」と、綴られていたとのことでした。
 
 
皆様方は、我が国のゴミマスコミと神に仕える神父さんのどちらを信じますか。
 
 
一国の財務大臣を失脚させたスキャンダルの現場にいたジャーナリストの原聡子記者と越前屋知子記者は、国民に対する説明責任があるのだ。
 
 
ところが、越前屋知子記者は、帰国後姿を消したと思いきや、米国へ転勤になり未だに隠れている状態です。そして、原聡子記者は週刊誌などからの取材を逃げ回り、未だに一切取材に応じていない。
 
 
よほど都合の悪いことを知っているから逃げ回っているのであろが、ことは、我が国の将来の首相を嘱望されていた政治家を、死に至らしめるきっかけのスキャンダルの現場にいた当事者として、きちっと国民に説明責任を果たさないかぎり、ノコノコ素知らぬ顔でテレビに出ることは許されないだよ原聡子記者。
 
 
覚醒されていらっしゃるインターネットユーザーの皆様、原聡子記者と越前屋知子記者はジャーナリストですので、説明責任を果たすまで絶対許してはいけません。これからも逃げ回るのであれば、地獄まで追いかけるしつこさが日本人には必要なのです。
 
 
※「『南京の実相』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会」代表 ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-591.html?cr=ba5237382c263b508786a3b46575c7c8》(条件;上記全文掲載)
 
---転載ここまで---
 
原聡子
 
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越前谷知子
 
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じゃんじゃん転載!
大拡散してください。


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---転載ここから---

【追跡〜ソウル発】
北朝鮮政治犯収容所の地獄風景 脱北者がスケッチで人権状況を告発

2012.5.20 18:00 (1/3ページ)北朝鮮
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120520/kor12052018000001-n1.jpg
スケッチ(1)北朝鮮収容所の収監者の靴下と靴
 北朝鮮の独裁支配体制を根幹で支える政治犯収容所。その内実を描いた脱北者らのスケッチ集が韓国で編集され話題となっている。すべてのスケッチは、公開銃殺や絞首刑、拷問などの目を覆いたくなる惨状を脱北者自身が描いたもの。金正恩第1書記の新体制となったいまも、大量の住民が強制収容され、暴力と死の恐怖におののきながら暮らしている現実を告発するスケッチの内容を紹介する。(ソウル 加藤達也)
 スケッチ集は「脱北者が直接描いた北朝鮮政治犯収容所」。1975年から2002年までの27年間、収容所に囚われ「最長期の収容者」として知られる女性脱北者、キム・ヘスクさんらが提供したスケッチを韓国の北朝鮮民主化推進団体である「社団法人 北朝鮮民主化ネットワーク」が編集した。
 冊子は「衣・食・住」から「強制労働」、「拷問」そして「死」へ−と、収容所の“恐怖のシステム”の流れに従って編集されている。

スケッチ(1)は、「政治犯」の靴下と靴。
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 収監者は、ブタの皮革を足に縄でくくりつけて靴下の代わりとしている。そして廃棄タイヤの側面ゴムを針金で縫製した靴を履く。すべて収監者自身が作ったものだという。
 スケッチ(2)の上は、収容所の住居だ。5〜6家族が入居する長屋は、藁葺き屋根に泥の壁で作られており、雨が降ればじめじめする最悪の居住環境だ。
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 その下は「食」。収監者に与えられる1日あたりの食糧は主にトウモロコシで350グラム未満。このほか、塩水に漬けた白菜の葉が3切れと若干の塩。ブタのえさも食べる。肉類は供給されないため、収監者たちはネズミを捕獲してタンパク源としている。
 スケッチ(3)から(7)は拷問場面の再現だ。
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 (3)は天井から弓ぞりにつるす「鳩の拷問」。(4)は、意識がなくなるまで下半身の屈伸を繰り返す「ポンプ訓練」。(5)の「殴打拷問」は、直径5〜8センチの硬い木材で全身をくまなく殴打する。
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(6)は指の切断。約5万人が収容されている平安南道の14号収容所の被服工場でミシンの修理を担当していた男性が2004年夏、ミシンの台を工場の2階に運ぶ途中でうっかり落として破損。それだけの理由で罰として受けた拷問だった。
 (7)は火あぶりの拷問。この男性は14歳のとき、母親と兄が逃亡。その責任を負わされて秘密監獄送りとなり、手足を縛られて火あぶりを受けた。やけどのケロイドがいまも残っている。
 収容所では、1週間に1度、監房を出て日光浴が許されていたが、その間にも銃床で殴るなどの暴行を受けた(8)。
イメージ 5

 最悪の衣食住の上に、過酷な拷問と強制労働。そのあげくに待ち受けているのは、死だった。
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 (9)は、1万人以上が囚われている平安南道の18号収容所での公開銃殺の場面。トウモロコシを盗み食いしたとして処刑された。
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(10)も18号収容所での絞首刑の様子だ。収容所内で宗教活動を行った疑いだという。
---転載ここまで---
昨年、「NO FENCE」などが主催した北朝鮮における人権問題の集会でも悲惨なスケッチを見ました。写真を撮りましたが、この世のものとは思えないほど悲惨すぎてまだアップしていませんでした。
この記事には無いスケッチなので、後でブログに掲載します。

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