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ゴールデンボンバー/令和 Full size 『揚羽』
Sさんが十代のころ、家族とともに実家に帰省したときの出来事である。
縁側に座って祖母とふたりで談笑していたおり、ふとした流れから、
Sさんが生まれる数年前に死んだ、祖父の話題になった。
「ほんと、あの人には苦労させられっぱなしでねえ」
しみじみと祖母が漏らす。
なんでも、祖父という人物は『飲む・打つ・買う』が服を着ている』ような、
ずいぶん粗暴な男であったらしい。
「なけなしのお金をタンスからひったくってね、背中に追いすがる私を
失神するまで夜間で殴ったこともあったわ。
ほら、こっち側が聞こえないのは、そのときからなの」
祖母が愉快そうに自分の耳を指で弾く。
なんと答えて良いものか解らず引きつり笑いを浮かべる孫娘を見ながら、
祖母は「死んだときも、そりゃ大変でね」と頷いた。
祖父は春のはじめ、お妾さんに殺されたのだという。
「別に包丁で刺したとか首を絞めたとかじゃないのよ。
一緒の布団に入っているときに苦しみだして、そのまま昏倒しちゃったんですって。
ところがね、お妾さんってば面倒を嫌ったのか、ウチの人を大八車で近所の河原に運んで、
そのまま転がしておいたらしいの。土砂降りの夜だってのに、信じられないでしょう」
翌朝、祖父はフンドシ一丁の姿で発見された。
前夜の雨で散った桜の花びらが、斑点のように身体じゅうを飾っていて、
それはもう“美しくも惨めな死に様”であったらしい。
「きれいなんだか汚いんだか…いくら乱暴者でも、あんな死に方しなくてもねえ」
袖で涙をぬぐう祖母を見ながら『夫婦っておもしろいな』と、Sさんは妙に感心した。
虐待を受けても、余所の女性のもとでなくなっても、夫婦というのは
言葉であらわせない絆があるのだなと、妙な嬉しさをおぼえた。
と、祖母が鼻を噛んでから、「でもねえ」と言葉を続ける。
「悪いことばかりじゃなかったのよ」
葬儀の日のことであったという。
公民館から墓所まで続く野辺送りの先頭を歩いていた祖母は、妙なものに気がついた。
1匹の揚羽蝶が、祖母の抱えている遺影の周囲をひらひらと飛んでいたのである。
虫があまり好きではなかった祖母は、遺影を落とさぬよう気をつけながら
片手で蝶を追いはらった。
けれども何度余所へ行くよう促しても、揚羽蝶はふらつきながら遺影の前に戻ってきてしまう。
「そこで、ハッとしたの。この蝶はお祖父ちゃんじゃないのかしら、って」
祖父母の暮らす地域には、『死者が虫の姿で遺族のもとを訪ねてくる』という言い伝えがあった。
祖母は、咄嗟にそれを思い出したのである。
おそるおそる掌を空中へ突きだす。
蝶は吸い寄せられるように指先へ止まると喪服の袖へ移動してから、そっと羽根を閉じた。
嗚呼、そうだ。これはあの人だ。
祖母はやさしく蝶を喪服のたもとへ誘い、そのまま家まで連れ帰ったのだという。
「で…その蝶々、どうしたの。育てたの、それとも放したの」
予想外のロマンスに沸き立つSさんを見てから、祖母が恥ずかしそうに笑う。
「そんなの、決まってるじゃない。殺したわよ。
お線香の先で羽根を炙るとね、それはもうきれいに穴が開くのよ。
そのあとにお裁縫の裁ちばさみで足や触角をちょっとずつ切って。
最後はまち針で頭をぷちぷち刺したけど、そのころはもう蝶なのかボロ布なのか
解らなくなっちゃって。まあでも」
最後の最後にこの手でちゃんと殺せたから、良かったわあ。
祖母は心底嬉しそうに、、何度も何度も頷いた。
数年後に祖母が亡くなったとき、Sさんは火葬場の窓の外を舞う蝶を目にしている。
捕まえるために表へ飛び出そうとする彼女の前で、蝶は二、三度、ひたん、ひたん、と
窓ガラスにぶつかってから、何処かへ飛んでいってしまったという。
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こんばんは〜
ナイスの欄がなくなりましたので
コメント欄にナイスです!
2019/4/1(月) 午後 9:33 [ ゆきちゃん ]
ゆきちゃんさん
いつもありがとうございます



ナイス欄が消えたのに気付きませんでした
令和…馴染むのに時間かかりそうです…
日本最高齢の田中力子(かね)さんは現在116歳で明治から
令和まで5つの時代をお過ごしになりそうですね
いつも感謝しております
2019/4/1(月) 午後 11:55 [ ANGIE ]