実話でつづる、宅地開発に関するヘン

明日からチョット、ブログサボるかもっす

全体表示

[ リスト ]

第6弾 災害から、歴史から何を学ぶのか!

報道されることのないカーテン
 
大震災の時、避難所の様子は度々テレビに登場する。しかし、現場に行って初めて知った、避難所の一角に白いカーテンで仕切られた場所のあることを。そこは線香の香りが絶えなかった。避難所には似つかわしくない立派な花が飾られ、人の出入りも多かった。そしてその場所を目にしたときに避難住民の本当の姿を見たように思った。
日常を失い愛する家族を失う悲しみを、慰めに来る人もつらい。しばらく話し込み、励ますものの、そんなことは気休めにしかならなかった。やがて帰宅する時間となる。「又くるねー」と手を振る見舞いの友人を見送る被災者の後姿は、そのままスーっと透き通って、小さくなって、消えてしまうのではないかと思われるほど頼りなく力なかった。「来てくれるのは嬉しいねんけど・・・」そこまで言って黙りこむ被災者に、かける言葉を捜せなかった。阪神大震災のボランティアでの一場面だ。

報道が全てじゃない

 災害報道は第一報、被害状況など事実を伝える。でも数日が経過すると、現場での小さなドラマに焦点があてられてゆく。そして被災者や犠牲者が数字で表現されることとなる。
 悲惨な状況には、時にはフィルターがかけられる。情報の受け手がお茶の間なのだから、配慮もしょうがないことかもしれない。しかし忘れてはならない、災害の被害が残酷だということを。そしてそこから、被害を最小限にくい止めるということを学ばなくてはならない。

地震の爪痕

 阪神大震災では高速道路がなぎ倒された。飛び跳ねたグランドピアノが天井を壊し、図書室ごとガラガラと引っ掻き回したように本棚も本も散乱。住宅は、だるま落としのように道路の真ん中に移動していた。
篠籠田の宅地開発の場合、多量の盛り土をするわけだ。擁壁下の住民は大地震が来たらひとたまりもないだろう。どんなに頑丈な擁壁だって絶対安全なんて言えない。安全なんて保障出来るもんじゃない。そんなに盛り土して、宅地造成しなくってもいいのではないか。
私たちは歴史から何を学ぶのだろう?それとも学ばないのだろうか?「財産権」がどうのこうのってそんな事、大地震には通用しない。近隣住民の命の危険と引き換えにしてまで宅地造成はしなければならないことなのだろうか?そうまでして、業者が宅地開発する権利を守ってゆかなければならないものなのだろうか?
私は、人類の土木技術の進歩をあざ笑うかのような膨大な力が構築物を破壊してしまった現場を見た。あれを見ると、「安全基準に基づいて許可」とか、そんなセリフが虚しく感じられる。

閉じる コメント(1)

顔アイコン

はじめまして・・。被災地の岩手の田舎の漁師です。
関連き記事なのでまいりました。マスコミの世論調査など全く当てになりませんが、おそらく、時期選挙があったときに、「どこにも投票したくない」と考えてる国民は多いと思います。
やはり、「危機管理の能力」のない政府は、一番頼りなく感じますから・・。
また、愚痴ってしまいました・・。
でも、これも本音です。お許しください・・・。
TBさて頂きます。よろしくお願いいたします。

2011/9/25(日) 午前 6:19 みさご丸

開く トラックバック(1)


.
heb*tot*tak*uka*ru
heb*tot*tak*uka*ru
女性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索
友だち(5)
  • ☆まさ&あっこ☆
  • chococo_55
  • カエル( ̄π ̄)チュルチュル
  • もぐらおやじ
  • かいるd(。▼▼。)b
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事