環境問題を読み解くhechikoのブログ

環境問題を単に「読む」だけでなく、考察を加えて「解き」ます。

全体表示

[ リスト ]

先日紹介した毎日新聞「記者の目」の温暖化懐疑論について、反論に引き続き再反論が掲載された。
科学の問題から政治の問題へ論点がシフトしているが、前回同様ツッコミどころの多い記事となった。


 ◇公害などの事案とは違う−−徒党組まぬ異論も貴重

 私の「人為的地球温暖化論は真偽不明」(11月29日)に対し、東京科学環境部の江口一記者が本欄で反論を書いた(12月6日)。事実誤認と勘違いの目立つ主張だったので再反論する。

 江口記者は水俣病やアスベスト問題などと人為的温暖化論を並べ、「科学論争の決着まで行動しないのは、弱者に大きなリスクを負わせる『不正義』だ」という。だが、列挙された事案は被害の発生後、原因分析と責任追及、補償と再発防止策が講じられているのが実情で、被害発生・拡大の予見はあったにせよ、事態発生後の「後追い」が中心だ。一方の人為的温暖化論は、コンピューターによるシミュレーション(模擬実験)で未来のシナリオを推量し、規制をかける話。公害などの事案とは違う。

・・・。公害問題のように「後追い」にならないように前もって行動すべきだ、と言っているのに、「公害などの事案とは違う」って反論はどうよ?もちろん違っているし、違っていてよい。それともこの人は公害問題と同様に温暖化問題でも事態発生後の「後追い」をせよ、と言いたいの?

 指摘の通り、私はカビの生えたような古文書が好きだが、月刊誌などで新しい知見にも触れるべく努めている。今年の「科学」(岩波書店)10月号は「異常気象のメカニズムを探る」を特集し、収録論文・コラム計14編の多くが「温暖化論」に触れつつも、科学者らしい慎重な筆致を守っていることに感銘を受けた。

 「異常気象が(日本で)確かに増えていると言えるだけの十分な証拠はない」「日本の降水量に地球温暖化の影響が現れているとは現段階では断言できない」「気候モデルによる『地球温暖化』にともなうアジアモンスーン変化の予測結果と、過去数十年における現実の変化傾向は一部を除き、整合しているとはとてもいえない状況である」−−。

私はここで紹介された論文を読んでいないが、引用文を読む限りそんなにおかしなことは言っていないように思える。問題なのは、この人はいったい何を基準にして科学者らしい慎重な筆致を守っていると判断しているのか、だ。前回のトンデモ懐疑論賞賛記事と併せて考えると、単に主流派に反対の立場を取っているかどうかのみを基準にしているような気がするが、気のせいだろうか。だとすると、そこにあるのは思考停止である。理論の中身を見て、自分で理解して判断しているのではなく、単に懐疑的であること自体に意味があると思っているだけにすぎない。

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第3次報告書(01年)は、何も対策をとらない場合、1990年→2100年の平均地上気温が1・4〜5・8度上昇し、平均海面水位が9〜88センチ上がると予測した。中間値を取れば気温は3・6度、海面は49センチの上げ幅で、110年に及ぶ話だから、10年単位でみれば気温は0・33度、海面は4・5センチの上昇となる。

 この予測に基づき、だから膨大なコストをかけて人間による二酸化炭素(CO2)排出を減らそうという発想自体に無理が残る、と私は思うが、仮に予測が当たっている場合、CO2排出削減以外に手だてはないのかどうか。

 まず、多発が予測されている洪水や干ばつには、治水や用水などが必要。海面上昇は護岸工事や、状況によっては移住を含む退避策が検討されるだろう。災害は地域的に発生するから、地震対策と同様、エリアを絞った観測に基づく対応も重要となる。海面の全部が一斉に上昇するとしても、対策は「人が住む地域」が最優先されるはずだ。

 とはいえ、10年間で0・33度、4・5センチである。温暖化で「環境難民」が何千万人も出るという予測があるが、主に戦争や突発的な災害で居住地を追われた人々が難民化する。10年で4・5センチなら防災対策に着手する時間はあるし、また各国政府・地域が手を打たないほどに無策とは考えにくい。災害の恐れがある、または被災した国・地域で手に負えない場合こそ、国際協力の出番だろう。

まず、温暖化の予測に対する誤解がある。「何も対策をとらない場合、1990年→2100年の平均地上気温が1・4〜5・8度上昇し」というのは誤りで、「対策をとってもとらなくても、1990年→2100年の平均地上気温が1・4〜5・8度上昇し」というのが正解。最悪のケースでは1990年→2100年の平均地上気温が3.2〜5.8度上昇し、もっとも良い対策が取られても1990年→2100年の平均地上気温が1.4〜2.7度上昇すると見られている。
本論に移ると、CO2排出削減以外に手だてはないのか、という疑問を発すること自体はおかしなことではない。おかしいのは、温暖化対策に積極的な人々は「CO2排出削減以外に手だてはない」あるいは「手だてがあっても採用できない」と考えている、という誤解に基づいて問題を提起していることだ。
現在とられている削減策として京都議定書を例にとると、先進国全体でCO2排出量を少なくとも5%削減するとなっている。仮にこれが理想的に進んだとしても、温暖化自体は避けることができない。もっとCO2排出量を減らせばもっと温暖化を緩和することができるのにもかかわらず、である。これは、たとえ温暖化対策に積極的であっても無制限に対策を取っているわけではないことを示している。結局、今の温暖化対策はCO2削減のみを採用したものではなく、ある程度の温暖化は受け入れて、CO2削減以外の(たとえば防災対策や移住策などの)対策を含めてバランスをとる、というものなのだ。
そのバランスが悪いのではないか、という指摘ならばまだ考慮する価値はあるだろうと思う。しかし、バランスをとれ、という指摘は現状を理解していないまったくの的はずれな指摘にすぎない。現実にはCO2削減も防災対策も移住策も同時並行で行われているのだから。

 政治家や行政は、これら防災を含む公共事業を通じて「具体的」に災害と闘ってきた。「行動する」とはそういうことで、模擬実験の推測に基づいた、「正解だった場合」に効果のある、虚構に近い「抽象的」な政策を後押しすることではないと思う。京都議定書を批准したのは政府だが、私たちが政府見解と同じことを言う義理もない。

どうやらこの人は
ノーリグレット対策というもの
不確実性のもとでどのような決定を下すのが合理的か理解していないようだ。「正解だった場合」に効果のある政策を批判するなら、天気予報で「曇りのち雨」の予報が出ているときに傘を持っていくことも批判しなければいけないはずだが。
虚構に近い、ってのはこの人の印象にすぎず、多くの専門家は虚構と真実の間の、どちらかというと真実に近いほうに位置している、と見ている。

 江口記者は「人為論にはいろいろな『矛盾』『不明点』があることを認める」という。ならば「IPCCの見解と違う」と批判されようとも、その「矛盾」を突く研究・見解を報道した方がいい。少なくとも、私ならそう「行動」する。

本当に「矛盾」を突く研究・見解ならば報道する価値はあるのだけれど、まずはどのような矛盾があって、どのような矛盾はないのかを理解するのが先決ではないのか。それを理解せずにトンデモ懐疑論をバラ撒くのは百害あって一利なし。

 今回、温暖化論を調べる過程で、これまでの報道はあまり参考にならなかった。「人為的温暖化論」に偏っているからだ。

 私は「人為的温暖化」論を疑っているだけで、否定してはいない。不明な部分が多く、コストと効果の対比も不十分なのに、温暖化論が無二の「真理」のように扱われていることを不審に思っているだけだ。

温暖化論を無二の「真理」のように扱っている専門家はこの人の脳内にしか存在しない(まあたまにはいるかもしれないが)。

 世界の「数百人の研究者」が進めるIPCCの研究は貴重だが、徒党を組まない「数十人」が訴える、しかし荒唐無稽(こうとうむけい)とは思えない反論、異論も同様に貴重だ。多数決の原理で科学を判断してはならないと思う。

 カナダでの京都議定書第1回締約国会議は、2013年以降の温暖化対策に関する「対話」の場の設定を決めた。議論を深める時間は十分にある。

個々の研究者は多数決で判断しているわけではない。これまで得られたデータから判断しているだけであって、反論や異論が非主流派であるという理由で却下したりすることはない。そういう個々の研究者の判断を受けてIPCC全体の意見が形成されるわけだが、これは最終的には多数決に頼らざるを得ない。それ以外にいい方法がないのだ。その結果間違えることはあるだろう。しかし、たとえ間違えることがあったとしても、それが現在取りうる最善の選択なのだ。反論、異論がある研究者がやるべきなのは、外野で吠えることではなく、反論をおそれずにIPCCに乗り込んでいって説得力のあるデータで自論を広めていくことなのだ。




総じて、この人は懐疑的であること自体に意味があると考えているようだ。そういうタイプの人間には、是非自分自身にも懐疑的であって欲しいと思う。

この記事に

閉じる コメント(5)

顔アイコン

私はトンデモ理論を信仰するものです。私から見れば。この高田記者は、レベルの低い天の邪鬼にすぎませんし、彼の信仰している理論は、まだまだ常識の範囲内ですね、とてもトンデモ理論と言えるレベルではありません。・・・私の信仰しているトンデモ理論は、「地球温暖化と海面上昇は関係ない」、「地球温暖化は、大歓迎です」の二つです。これは冗談で言ってるのではなく、本気です。だから、地球温暖化を騒ぐ暇があったら他に騒ぐことがあるんじゃないの?というのが、私の主張です。例えば核施設反対とか。 削除

2005/12/18(日) 午後 6:23 [ おおくぼ ] 返信する

顔アイコン

主流派に反する理論だからトンデモなのではなく、主流派の理論を理解せずに既に反論済みの、あるいは反証になりえない証拠を持ち出して否定しているからトンデモなのです。主流派の理論を熟知した上でそれなりの証拠をもって否定するのであれば、それは尊重されるべきです。

2005/12/18(日) 午後 9:33 [ hec*i*o ] 返信する

顔アイコン

その通りですね。 削除

2005/12/18(日) 午後 10:35 [ おおくぼ ] 返信する

顔アイコン

一箇所コメントを。 IPCC第三次報告書の気温上昇予測に用いられている4つの社会経済シナリオは、それ自身が温暖化対策として選択されるという想定で作られているわけではありません。つまり、明示的な温暖化対策を行わない従来ケースを4通り考えていますので、更に温暖化対策で減らせる余地はある数字が、1.4〜5.8℃です。

2005/12/18(日) 午後 11:21 [ tog**a04 ] 返信する

顔アイコン

togura04さん、ご指摘ありがとうございます。その通りですので、該当の文章は削除しました。

2005/12/18(日) 午後 11:31 [ hec*i*o ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事