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昭和歌謡でふと朱里エイコのこの曲を思い出しました。
小学校低学年あたりの頃の曲だったかな?
(年がバレバレ・・・あ、もうとっくにデスネ^^;)
すごく好きな曲だったけど、この人滅多にテレビで観なかったように思う。
それもそのはず。wikiを見たら、アメリカと日本を行ったり来たりしていた
んですね。さすがに本場でその腕を磨いてきただけあって、歌が上手いです。
あのポ−ル・アンカが彼女のLPに収録されていた「マイ・ウェイ」(ポール・アンカの持ち歌)を聴いて大絶賛し、曲を4曲プレゼントしたそうです。
また、1977年12月に発表されたアルバム「NICE TO BE SINGING」には
ポールが15曲も提供したというから、スゴイです!
またこんなエピソソードが。
===ラスベガスのステージで歌っていたある日、偶然リンゴ・スターが遊びに来ていた。彼女の歌が終わると同時に彼はアンコールを繰り返し、スタンディングオベーション。「食事でもしないか?」と誘われたが、彼女は断ってしまったと。その時のことについて「あのときはまだ純情で、よくわかっていなかった。もし断っていなかったら、第二のオノ・ヨーコになれたのに」と後年語っている。===
どこまで本当かわかりませんが、スゴイですね〜。
でも、ヒット曲はこの「北国行きで」くらいだったのかな?
wikiではまたこんなふうに書かれていました。
===今までレコードを出したり、ワンマンショーを開いたりしていたが、さっぱり人気が出なかったため、2度目の単身渡米。当時、彼女のショーを観た専門家たちに言わせると、「彼女の持ち味が生かされるほど、当時の日本は進んでいなかった」とのことだった。===
2004年に56歳で亡くなられていたんですね。
その生涯を思うと、もっとその才能を認められてもよかったのではないかと
思いました。
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