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空海と密教美術展

 
 
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   先日、東京で研修会議があり、どうせ   ならと前日に実家に泊まることにしまし
   た。ちょうど帰省ラッシュで新幹線の指
   定が朝7時のしかとれなかったので、
   上野に着いたのが10時前でした。
   中野にある馬骨の聖地に行くつもりで
   したが、オープンが12時だったので、
   美術館で何かやっていないかと上野公
   園に立ち寄ってみました。
   国立美術館ではギリシャ彫刻の展覧
   会をやっていたのですが、いまひとつ
   興味が持てなかったので、国立博物館
   のほうは、と掲示板をチェックすると
   『空海と密教美術展』とあったので、そ
   っちへ行ってみることにしました。
    
 
 
 
  朝10時すぎから、とても混んでいました。大人ひとり1500円。映画の前売 りくらいの料金でしたが、すっごく満足しました。
 「国宝重要文化財98・9%」
 という謳い文句に思わず笑ってしまいそうになるのですが、それだけ
 見応えのある美術品ばかりでした。
 
 特に目玉は、空海が唐の曼荼羅を手本として日本に伝えたといわれる
 両界曼荼羅図仏像曼荼羅でしょうか。
 
 曼荼羅というのは、難解な仏教の教えを図で表したものだそうですが、
 この曼荼羅図も難解だと思います。^^;
 曼荼羅にはいろいろ種類があるそうですが、金剛界胎蔵界のこの2つ
 からなる両界曼荼羅というのが代表的なものだそうです。
 空海が唐から持ち帰った曼荼羅の図様を継承した日本最古の曼荼羅
 が展示されているのですが、その大きさに圧倒されます。
 そして、今回は何かの事情で金剛界曼荼羅の展示だったのですが、
 平清盛の依頼で描かれたという胎蔵界曼荼羅の大日如来の宝冠は
 清盛の血を混ぜて彩色されたと伝えられているので別称「血曼荼羅」と
 呼ばれているそうです。ひぇ〜
 
 それから、もうひとつの目玉が仏像曼荼羅です。
 会場はいくつかの部屋に分けられているのですが、この会場に
 入ったとたんにその迫力に圧倒されました。
 いくつもの仏像が並び、曼荼羅図を形成しているのですが、
 ひとつひとつが本当に見事なんです。
 それで、その仏像の人気投票とかもやっているらしいのですが、
 (ホント、博物館もいろいろ考えていますネ)
 私は断然「帝釈天騎象」がいいと思いました♪
 りりしくてイケメン!というか仏様は男でも女でもないのかな?
 
 以前から、仏像の印(手の形)の意味とかに興味があって、そういう本とかも
 買ったりしたのですがちゃんと読んでいなくて、今回この展覧会を見て、さら
 に興味が深まりました。もっとお勉強して、もう1度見に行きたくなりました。
 
 9月25日まで開催しているので、ご興味のある方はぜひ行ってみて下さい! 
 詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Sensation / Arthur Rimbaud

     
                        Sensation
 
          Par les soir blues d'ete j'irai dans les sentiers,
 
          Picote par les bles, fouler l'herbe menue:
 
          Reveur, j'en sentirai la fraicheur a mes pies
 
          Je laisserai le vent baigner ma tete nue.
 
 
          Je ne parlerai pas, je ne penserai rien:
 
          Mais l'amour infini me mentera dans l'ame,
 
          Et j'rai loin, bien loin, comme un bohemien,
 
          Par la Nature,- heureux comme avec une femme.
 
 
               青い夏の夕暮れには、小道伝いに
 
            麦にちくちく刺されながら、細い草を踏みにいくんだ
 
          夢みながら、ひんやりとしたその冷たさを足もとに感じるんだ
 
      帽子もかぶらぬこの頭を吹く風に浸しておくんだ
 
       
     もう何もしゃべらない、もう何も考えない
 
     ただ、限りない愛だけが、魂に湧いてくるんだ、
 
     ぼくは行くんだ、うんと遠くへ、ジプシーみたいに
 
     自然のなかを − 女が一緒にいるように浮き浮きしながら 
                                                                                         
                                                                                            (粟津則雄訳)
 
 
*フランス語は母音の上に ´(アクサンテギュ) や `(アクサングラーヴ)、 ^(アクサンシルコン
 
  フレクス)のつく文字があるのですが、そういった文字をパソコンでどのように出したらよいのかわか
 
  らないので、ちがった表記になっています。
 
 
 
19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボーの詩はけっこう難解と言われて
 
いますが16才の頃に書かれたこの詩はストレートで分かりやすい詩だと思い
 
ます。十代の頃のみずみずしい感性に溢れていて、私の好きな詩のひとつで
 
す。
 
 
昔、ランボー(シルベスター・スタローンのではない)の映画を見たことがあっ
 
て、もしかしてYou Tubeにアップされてないかと探していたら、この詩にメロ
 
ディがついた曲がみつかりました。ビックリです!
 
2種類の曲を見つけたのですが、こちらのほうをアップします。
 
 
 
 
 
上の動画には出てこないのですが、歌っているのはJean-Louis Aubertと
 
いってこの人もなかなかカッコいい人です♪初めて知ったのですが、あとでま
 
た取り上げたいと思います。
 
 
結局私が探していた映画の映像は見つからなかったのですが、ランボーを題
 
材にした映画がほかにもありました。オランダの映画で、『太陽と月に背い
 
。原題は"Eclipse Totale"(=皆既食)と言います。 
 
そして、ランボー役はなんとレオナルド・ディカプリオが演じていました!(デカ
 
プリオじゃなく、ディカプリオね。^^)
 
映画『インセプション』の記事でディカプリオはどうでもいい、ようなことを書いて
 
しまったんですが、いやぁ〜、ランボー役のディカプリオやばいです♪
 
この頃、彼は21才なんですね。美しいです〜
 
今度からレオ様と呼んじゃおうかしら? 
 
この動画で使われている曲もカッコイイですね〜
 
Creedというバンドの"My Own Prison"という曲ですが、このバンド初めて
 
聴きました。
 
 
 
 
 
実際のランボーもかなりの美形♪文学界一の美少年ではなかったかと思い
 
ます。ヴェルレーヌが夢中になった(?)のもわかる気がします。
 
16才頃からたびたび家出をするようになったランボーはやがてヴェルレーヌと
 
と出会い、ヴェルレーヌは妻や子どもを捨ててランボーとともに放浪の旅に
 
す。その後、ヴェルレーヌはランボーに向かって発砲し、ランボーは手首に
 
傷を負って入院するという事件が起きます。ヴェルレーヌは投獄され、二人は
 
別れます。まるで小説のような人生ですね。そういった人生経験から彼の代表
 
作『地獄の季節』は生まれたんですね。
 
 
 
ここで紹介した詩とは違う詩ですが、写真のランボーが朗読をする、という面白
 
動画をみつけたのでご紹介しますね。
 
         
 
 
 
 
それから、昔こんなCMがありました。アラ○○ー以上の方なら覚えている
 
かもしれません。
 
 
 
 
このCMで紹介されているようにランボーはその半生は、ペンを捨て商人として
 
生きました。
 
私が昔見た映画はどちらかというと、文壇から姿を消したあとの彼の半生に
 
焦点が当てられていました。
 
その映画でランボー役を演じたのは、イギリスの俳優テレンス・スタンプでし
 
た。そのときのパンフレットがこちらです。↓
 
(照明が反射してうまく撮れませんでした
 
 
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3本立ての文学にまつわる映画ばかりのようでしたが、他の2本は見た覚えが
 
ありません。かなり昔なのでどこの映画館で見たのかも覚えていないです・・・
 
^^;
 
 
 

怖い絵−その2

 
いやぁ〜、面白かった〜
先週放送された「“怖い絵”で人間を読む」の後編を夕べ見ました。
今回取り上げられた絵は、ゴヤ「わが子を食らうサトゥルヌス」、
アルノルト・ベックリ「死の島」、ドラクロア「怒れるメディア」、
イリア・レーピン「イワン雷帝とその息子」、そしてグリューネヴァルト
「イーゼンハイムの祭壇画」
どれも怖さと不思議な魅力に満ちた絵でした。
 
 
 
まずは、ゴヤ「わが子を食らうサトゥルヌス」(1820-23年頃)
この絵は本当に怖い!首のないわが子を両手でつかみ、恐ろしい形相で口を開き、わが子の腕にくらいつこうとしている姿はかなりショッキングだ。
なぜ、わが子を食べてしまったのか?
それは、このサトゥルヌスの神話に由来しているんですね。
サトゥルヌスはローマ神話における農耕神で、自分の息子に王位を奪われると予言されたため、自分の存在をおびやかすわが子を次々と食べていってしまう。
なんとも恐ろしい話です。
でも結局は、母親の機転で救われた末っ子ユピテルに王位を奪われることになる。
ゴヤの絵を見るとサトゥルヌスの目は狂気そのもの。
そしてその狂気は、恐怖から生まれてくるものなんですね
あまりに恐ろしいので直接ブログに貼れません。
気になった方はこちらをご覧下さい。↓
 
 
 
 
それから、私が以前展覧会で見て気に入り、絵ハガキコレクションの1枚となった絵、アルノルト・ベックリンの「死の島」(1883年)
 
 
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怖いというよりどこか神秘的で不思議な絵。この絵は、ある未亡人に依頼されて描いた絵だという。ベックリンは同じ絵を5枚も描いている。
はじめは2枚描き、1枚目は自分のところに置いて2枚目を夫人に渡したらしい。あるとき画商がベックリンのところにあったその絵を見て、店に置くために同じ絵を描いてほしいと依頼。この3枚目の絵が色彩的に明るく人気があったらしい。驚いたことにこの「死の島」という絵は当時のドイツで大流行したという。どの家にも飾ってあったといわれるくらい人気があったのは、この絵に当時の人々は癒しや安らぎを感じていたからだという。というのも19世紀当時のドイツの墓地というのが、汚らしい不浄の場で腐敗臭が漂うようなところだったらしく、墓地のそばの教会で葬儀をあげていると、墓地からたちのぼる有害なガスで死んでしまった人がいたというくらいひどい場所だったのだ。
だから人々は、死んでいくということはあのような場所に葬られてしまうということで、およそ安らぎとは無縁であると考えていたらしい。
それでせめて絵を見て、死後の世界が安らかであると思いたかったのだ。
この絵は戦地へ赴く兵士たちにも人気があり、死と隣り合わせの兵士たちは自らの
なぐさめにしたという。
さらにこの絵はあのヒットラーの心をも捉え、彼のコレクションともなった。そのほかにもヒットラーはベックリンの作品を収集していたらしい。
また、この絵が「死」に対して安らぎを感じさせる要素のひとつは絵の中央にそびえる糸杉にあるという。糸杉は、ギリシア神話で愛する者の死を嘆き、死者をなぐさめるため少年が姿を変えたものなのだそうだ。
白装束の人物は死神であるが、よく描かれる恐ろしい形相の死神とはちがう。
まず、後ろ向きなので顔は見えない。佇まいも静かでおだやかだ。
音楽家、ラフマニノフもこの絵からインスピレーションを受けて楽曲を作ったという。
You Tubeで探して、聴いてみた。イメージにピッタリの曲だと思った。
う〜ん、たまにはクラシックもいいわ〜♪聴いていたらなんか涙が出てきました。
ベルリンフィルハーモニー交響楽団の演奏で、どうぞ!
葉加瀬太郎とアンガス・ヤング(?)を足して2でわったような人が指揮をしてます。
 
 
 
 
次はドラクロアの「怒れるメディア」(1836-38年)
番組では、ある美術館に来ていた人たちにこの絵がどういう場面だと思うか、インタビューしていました。ほとんどの人が、母親が追っ手から子供たちを守ろうとしている、と答えていました。
メディアもギリシア神話に出てくる人物で、ギリシアの王イアソンがその財宝目当てに結婚するのだけど、メディアは異国の王女であるため正式な妻として認められなかったそうです。その後、イアソンは自分の地位のために他の王女との結婚を望み(なんてひどい男!)、怒ったメディアは花嫁衣裳に毒を塗り、新しい花嫁に送りつけたそうです。(ひぇ〜!おそろしい)新婦は死んでしまい、憤慨したイアソンが今度はメディアを追いかけます。メディアは新婦を殺しただけでは気持ちが治まらず、イアソンに生きながらの地獄を味あわせるため、イアソンの子ども(でも、自分の子どもでもある!)を殺そうとするのです。一見、子どもたちを抱きかかえ守ろうとしているかのように見えるけれども、その手にはナイフが光り、目は血眼になり、やはり狂気をはらんでいます。
復讐のためにわが子を殺めようとする、この絵はほんとうに恐ろしい絵だと思いました。
 
 

 
 
わが子を手にかけてしまった、という絵が他にもあります。
イリア・レーピンの「イワン雷帝とその息子」(1870年〜1873年)も生々しい殺害の場面がリアルに描かれていて怖いです。
政治権力の争いのため、次々と妻を殺されていったイワン雷帝は復讐の鬼と化します。そして、杖で自分の気持ちを人々にぶつけます。
やがて息子の妻にもその杖は振り下ろされます。妊娠し、おなかの大きくなった妻は正装がきつくて着れず略装で人前に姿を表したので、雷帝は腹をたて杖を打ち付けるのです。
息子の妻は流産し、怒った息子は父親を非難します。自分が悪かったと思った雷帝ではあったけど、息子の態度にカチンときて、ついには息子にも杖を振ってしまうのです。
怒りが怒りをさらに増幅させていったのです。杖は息子のこめかみに当たり、運悪く息子の命を奪ってしまいます。怒りから我に返った父親の表情には、激しい後悔と自責の念が表れていて、見るものに恐怖を与えます。中野京子さんも解説で怒りから我に返ったときに本当の恐怖を感じるのではないでしょうか。」とおっしゃっていました。
 
 

 
こんな陰惨な絵ばかり見ていたら、気が滅入ってしまいそうですね〜
でも最後は、癒しの絵なんです。
グリューネヴァルトという画家が、修道院の祭壇画として描いた絵なんですが、
「イーゼンハイムの祭壇画」(1512-1515年頃)という絵で、この絵はしかけ絵になっています。
よくあるキリストの磔刑図なんですが、その絵のキリストの皮膚には斑点が描かれています。見るのも辛いくらい痛々しい姿です。
実はこれは16世紀当時にアルプス以北で流行した聖アントニウス病といってペストに匹敵するくらい恐ろしい流行り病を表現していたのです。体中に斑点ができ、組織が破壊され、腐敗していくという病で、原因はライ麦のなかの麦角菌という菌が繁殖して猛毒が発生したらしいのです。
 この病にかかった患者たちは、イーゼンハイムの修道院に巡礼に行きました。この修道院は聖アントニウス病患者の治療のための専門病院に隣接していました。
修道院は患者たちのために祭壇画を依頼します。
この絵を見た患者たちは、自分と同じ病にかかったキリストに勇気づけられ、腐った手足を切断する手術を受け入れることが出来たらしいのです。
そして、日曜日になると扉絵になっていたキリストの磔刑図が開かれ、<受胎告知><音楽を奏でる天使たち><キリストの降誕>そして<キリスト復活>の絵が登場します。病を克服し、見事に復活したキリストの姿に人々はどんなに心癒されたことでしょう。そして、聖アントニウスの祝日になると、この病に打ち勝ち長寿を全うしたといわれる聖アントニウスの銅像が現れたのです。
 
 
 
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ひとくちに怖い絵といっても、その背景や意味はいろいろあるものなんですね。
すごく勉強になりました。
 
 

怖い絵

夕べ、何気なくテレビを見ていたけどあまり面白くないのでチャンネルを適当に変えていたら、
 
NHKハイビジョンで「怖い絵」というタイトルが画面に出てきたので、つい食いついてしまった。
 
プレミアム8「”怖い絵”で人間を読む」という番組だった。
 
幽霊画のようにストレートに怖い絵ではないのだが、その絵に潜む意味やエピソードなどが怖いのだ。
 
途中からだったので始めの絵については見逃してしまったけれど、おもしろかった。
 
解説の女の人も魅力的だった。中野京子という人で、調べてみたらまさに「怖い絵」というタイトルで本を出して
 
いる人だった。そういえばこの本、見かけたことある!
 
 
で、番組の内容だが、私が見始めた時にダビッドというフランスの画家の絵を取り上げていた。
 
それはデッサン画で、鉛筆かなにかで描かれていた。一見庶民のおかみさん風に見えるその絵の人物は、
 
実はマリー・アントワネットだった。処刑される前の姿をダビッドは、「悪意を込めて」描いたらしい。
 
ダビッドは、革命時代ロベスピエールを支持し、国会議員も務めた。ところがロベスピエールが失脚し処刑が決
 
まると、後ろ手に縛られた哀れなロベスピエールの姿をデッサンした。ロベスピエールは、そんなダビッドを罵倒
 
して死んでいったという。そして、ダビッドはナポレオン時代が到来すると、ナポレオンに取り入って皇帝画家の
 
地位をものにする。本当に、変わり身の早い男だったのだ。彼の大作「ナポレオンの戴冠式」や「ナポレオンの
 
アルプス越え」は有名。
 
 
潔く死に向かうマリー・アントワネット。それを笑いものにするかのようにデッサンに描きとめたダビッド。
 
ダビッドは死後、その遺体がフランスに帰国することを拒まれたらしい。
 
 
 
それから、次にオーストリアの皇后エリザベートを描いた作品が紹介された。美しいがゆえに悲劇を惹きつけた
 
人物だったという。オーストリアの皇帝フランツ・ヨーゼフ1世との出会いは、姉のお見合いに付いていったこと
 
だった。当時18歳の皇帝は、お見合い相手の姉よりも妹のエリザベートのほうに夢中になり、母ゾフィーの反対
 
を押し切って結婚。エリザベートにとっては、それからが悲運の始まりだった。
 
フランツ・ヴィンター・ハルターによるエリザベートの「見返り美人図」的な絵は美しいと同時に背景の暗さも
 
あるためか翳りを感じさせる。
 
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そして、最後にエゴン・シーレの絵が紹介された。クリムトと並ぶ20世紀の著名な画家。
 
その絵は「死と乙女」というテーマで、死神に扮した自分の姿と愛人ヴァリの姿が描かれている。
 
シーレは、クリムトの家でモデルだったヴァリと出会い恋に落ちる。
 
ヴァリは愛するシーレのためにいわれるがままのポーズを取り、シーレは過激な絵を描き続けた。
 
シーレは成功し始めると、結婚を考えだす。けれどもそれはヴァリとの結婚ではなかった。
 
ヴァリは、自分と結婚するには身分がふさわしくないと思ったのだ。そして、彼は向かいに住む自分につりあいの
 
良家の娘との結婚を決める。ヴァリに別れ話をし、彼女が素直に別れることを認めると、今度は自分が彼女に
 
捨てられたような切ない気持ちになり、この「死と乙女」という絵を描いたという。
 
そして、シーレやヴァリの人生はまさにその絵のテーマ通りになってしまう。
 
 
いつだったかエゴン・シーレとクリムト展を見にいったことがあった。
 
シーレの作品は、描写が過激なのでなんとなく正視できないようなところがある。
 
でも、見たいという気もする。顔を覆った手のひらの隙間からこっそり覗きたくなるような魅力がある。
 
世紀末を感じるし、シーレの作品には生と死がぶつけられているように思う。
 
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この番組、6/17(木)の午後0:30〜2:00に再放送されるので興味ある方はぜひ観てみて下さい!
 
絵から歴史や人物が学べてオモシロイです。
 
そしてこの後編が同じ日の夜8:00〜放送されます。
 
ちょっと予告で見たら、私の絵はがきコレクションにあるアルノルト・ベックリンの絵が出てきたので
 
絶対見たいと思った。「死の島」というタイトルの絵なんです。「怖い絵」そのものズバリですね。
 
 
アルノルト・ベックリンの作品に関してはこちらでご覧になれます。
 
 
番組についてはこちらをご覧下さい。
 
ハイネというと、「四季のうた」の歌詞で

♪秋を愛する人は 心深き人
 愛を語るハイネのような ぼくの恋人

と歌われていて、なんとなくロマンティックな詩を書く人というイメージがありました。

でも、ある時ハイネの詩を読んで、「なんかロックしてる!」と思ったのです。

たとえば、誰の訳だったかわからないのですが、こんな詩があります。


              ふかい溜息

なんと不快な新しい信仰だ

やつらがおれたちから神を奪えば

呪いだって無くなってしまう

まったくとんでもないことだ


おれたちは祈りなんかなくていい

だけど、呪いはなくてはならぬ

敵にぶつかってゆくからには

まったくとんでもないことだ


おれたちに神を残しておいてくれ

愛すためでなく 憎むためにだ

でなければ 呪うことができなくなる

まったくとんでもないことだ


もうロックというかパンクとかヘヴィーメタルって感じ!

もちろん、ロマンティックな詩も書いているのですが、これもロックな詩。


            ぼくは天国を

ぼくは天国を信じない
いくら坊主がしゃべっても
ぼくはおまえの目だけを信じる
おまえの目こそ天国のひかりだ

ぼくは神さまを信じない
いくら坊主がしゃべっても
ぼくはおまえの心だけを信じる
ほかにはぼくの神はいない

ぼくは悪魔を信じない
地獄も 地獄の責め苦も信じない
信じるのはおまえの目だけ
よくないおまえの心だけ



いったいハイネという詩人はどういう人だったんだろう?

wikiを見てみたら、1797年12月13日、デュッセルドルフのユダヤ人の家庭にハリー・ハイネ(Harry Heine)と

して生を受けた、とありました。ドイツ人かと思ったら、ユダヤ人だったんですね。商人や法律家になることを

目指していたけど、大学でヘーゲルなどの教えを受けて作家として出発することになったようです。

子どもの時は、はじめはイスラエル人の私学校に入学したけど、翌年ナポレオン法典が交付されてユダヤ人でも

キリスト教徒の学校に入ることが許されたため、イスラエル人の学校と平行してフランシスコ派修道院内の標準

学校に入学したのだとか。

でもって少年時代のハイネは「ハリー」というイギリス風の名前やユダヤ人生まれのために周囲からからかいの

対象となっていたようです。

そんなことやユダヤ教とキリスト教の狭間に置かれていたことが彼の詩に影響を与えたのでしょうか?

そして彼は1825年6月、ユダヤ教からプロテスタントに改宗し、クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ

となった、とありました。

また、「政治的動乱の時代を経験したことから批評精神に裏打ちされた風刺詩や時事詩も多く発表している。」

とあり、なるほどと思いました。反骨精神はそこから来ているのですね、きっと。

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