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1、松林図屏風
6曲1双
紙本墨画
長谷川等伯筆(はせがわとうはくひつ)
各縦156.8 横356.0
桃山時代
国宝
東京国立博物館蔵
草稿ともいわれるが,靄に包まれて見え隠れする松林のなにげない風情を,粗速の筆で大胆に描きながら,水墨の濃淡のみを用い,荒々しい筆致によって一気呵成に仕上げたような画面で、観る者にとって禅の境地とも,わびの境地とも受けとれる閑静で奥深い表現をなし得た。等伯(1539-1610)の画技には測り知れないものがある。彼が私淑した南宋時代の画僧牧谿の,自然に忠実たろうとする態度が,日本において反映された希有の例であり,近世水墨画の最高傑作とされる所以である。


2、柳橋水車図屏風(伝長谷川等伯筆)
りゅうきょうすいしゃずびょうぶ(はせがわとうはく)
MIHO MUSEUM
本図は、伏見城御殿を華やかに飾っていた、いわゆる「桃山百双」と呼ばれる意匠性に富んだ金屏風に倣って作られたとされる柳橋水車図屏風である。量産されたらしく、同じ図柄の屏風がいくつも伝わっている。川に架かる橋は緩やかに湾曲し、画面左の水面には水車と蛇篭が配され、画面右上には月が浮かぶ。右から左に進むに従って生長する柳葉は、春から夏への季節の移ろいを表す。宇治川屏風にその起源が求められると考えられることから、金地の華やかな屏風は装飾性だけではなく、極楽浄土への希求が表現されているといえよう。

3、枯木猿猴図(こぼくえんこうず)
長谷川等伯筆

紙本墨画
各155.0×115.0
桃山時代(16世紀)
京都 龍泉庵
重要文化財
桃山時代に狩野派と拮抗する制作活動をした長谷川等伯(1359-1610)の代表的作品。
現在は2幅の掛軸装に仕立て直されているが、本来は屏風であって、その4扇分が現存しているわけである。もと、加賀小松藩の前田利長侯の蔵するところという。等伯は能登半島の根元にある七尾の出身で京に上ってから本法寺の庇護を受け、さらに千利休にも可愛がられたので大徳寺に出入りするようになった。明らかに本図は、大徳寺が蔵する中国鑑賞画中の至宝である牧谿筆「猿猴図」(国宝)の直接的な影響のもとに成った作品である。大地を発って枯木に駆け登り、気ままにぶら下がる猿の奔放な姿に、逍遥にも似た人間の、きわめて精神的な遊びの姿を重ね見ることができる。

4、竹林猿猴図屏風(ちくりんえんこうずびょうぶ)
長谷川等伯筆 桃山時代 六曲一双(右隻)
各縦154.0 横361.8 相国寺蔵
長谷川等伯は、天文八年(一五三九)能登七尾城畠山家の家臣奥村某の家に生れ、染物を生業とする長谷川家の養子となる。初め養父道浄に染色の画筆の手ほどきをうけ、最初は仏画師として出発したようであるが、後に雪舟などの室町水墨画を学び、さらに中国宋・元の名画をも習った。 そして元亀二年(一五七一)養父を亡くすと、いよいよ画をもって本業とすべく京へ上り、名画を学ぶべく大きな寺院へ出入りし、また千利休をはじめとする堺町衆とも交際を深め、次第に見聞を広めていった。天正十年(一五七二)前後に名を信春から等伯と改め、各寺院の襖、屏風等の本格的な製作活動に入った。年も四十歳半ばであり、意欲満々の時である。本屏風はこの頃の作品といわれ、この期に入って本格的に雪舟などの室町水墨画はもちろん、中国の古画へと進み、牧谿の影響を大きく受けている。阿弥派風なやわらかく深みのある竹林と、古木に遊ぶ親子猿を描いているが、明らかに中国の牧谿を学んで、自己のものとしたあとがうかがえ、日本的な情の世界と中国の厳しさとを合わせもつものであり、等伯の歩んだ途を知る記帳な資料である。


【長谷川等伯】 はせがわとうはく
1539〜1610(天文8〜慶長15)桃山時代の画家。等伯の出自は明確でない。武家の出身で染色業を営む長谷川宗清(法名道浄)の養子になったという説が有力。雪舟の弟子の等春に学んだ父宗清から絵の手ほどきを受け,信春(しんしゅん)と号して仏画や肖像画を描いた。1571年ごろ,京へ出て狩野派に学んだが,室町水墨画の雪舟に傾倒,さらに宋の牧渓(もくけい)に学んで一派を形成した。信春を改め等伯と号したのは,雪舟等楊にちなむものであり,彼は自ら雪舟五代を称して狩野派などに対抗した。等伯の円熟期は50歳代で,水墨画の名作,妙心寺竜泉庵の『枯木猿猴図』や東京国立博物館の『松林図屏風』,濃絵(だみえ)の智積院障壁画はこの時期の作である。智積院の絵は,豊臣秀吉が1592年(文禄1)に建立した祥雲寺にあったもので,『楓図』は等伯54歳,『桜図』は子息久蔵25歳の作。等伯の話を日通上人が書きとめた『等伯画説』は,日本最初の画論である。


【長谷川派】はせがわは 

長谷川等伯を祖とし、その画風を伝える日本画の一派。等伯以後、雪旦・雪堤らが出た。長谷川流。

閉じる コメント(3)

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牧谿、雪舟の影響もある?禅のわびの境地を表現し、水墨画の簡潔の写意の風ですね。

2006/4/26(水) 午後 5:24 [ かおり ]

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余韻と余白の世界です。

2006/4/26(水) 午後 5:50 [ かおり ]

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水墨画が禅宗の枠を出る契機となったような人なのかなぁ
日通上人が書きとめた『等伯画説』>読んでみたいですね

2009/10/27(火) 午前 9:58 monmo

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