|
洛北・高雄は古来,紅葉の名所として名高い。清滝川のほとりで思い思いに紅葉狩を楽しむ人々の姿が描かれる。着飾った女性や子供連れ、茶売りなど、にぎわう人々の表情を生き生きと描いている。遠く雲間に神護寺の伽藍や,雪の愛宕社も望まれる。春夏を描いた他の1隻とともに四季の名所絵であったと思われる。画中の印から,狩野元信の次男,「秀頼」の筆とされるが,孫の「秀頼」とする説もある。狩野派による近世初期風俗画の早期遺例として貴重である。
1、高雄(たかお)、槙尾(まきのお)、栂尾(とがのお)の総称が三尾(さんび)
昔から紅葉の名所だった
京都の紅葉は、社寺の歴史、庭、眺望などによって、その味わいがまったく変わってくる。華麗、艶やか、その反対に、秋の情感をつのらせる散り紅葉の侘びた風情も味わい深い。
延暦十三年(七九四)以来、千余年の王城の都であった長い歴史と伝統が今に息づいて、味わいを、さらにいっそう深くしてくれているのだろう。
東京国立博物館で「高雄観楓図屏風」(狩野秀頼画・国宝)を見たことがある。時代は十七世紀の後半、ところは紅葉の名所・高雄、清滝川(きよたきがわ)のほとりである。
酒に酔うもの、舞い踊るもの、武士も僧侶も、町衆の家族たちも、みな満山の紅葉を愛で、楽しむ平和な様子が描かれていた。
愛宕山東麓の清滝川の渓流に沿った一帯の景勝地が清滝。清滝から上流の高雄までを錦雲渓、清滝から下流の保津川に合流する落合までを金鈴峡とよんでいる。この清滝から高雄まで歩くと約四キロ、一時間である。
レンタカーで、三尾の一つ高雄を目指す。紅葉の季節は大渋滞になるというので、朝八時出発、およそ三十分で清滝川のほとりに着いた。
狭い谷あいを、うねるように蛇行して流れる清滝川に沿った国道162号、いわゆる周山街道の御経坂峠を越えたあたりの高雄・槇尾・栂尾の三地区を総称して三尾と呼ぶ。
三尾のいちばん奥の栂尾にあるのが真言宗の高山寺。創建は奈良時代。その後、荒廃していたのを、後鳥羽上皇の院宣によって明恵上人(一一七三〜一二三二)が再興する。
この明恵上人という人物が、なかなかの名僧だったようだ。白洲正子さんの『私の古寺巡礼』の中に、「高山寺慕情」というエッセイがある。
「なぜ違うか。それは他ならぬ明恵自身が、ふつうの高僧とは違っていたからである。彼は一宗一派をたてることにも、弟子をつくることにも、偉い坊さんになることにも、まったく興味を示さなかった。自分は壮年のころから〈師に辞し衆に違して思を山林に縣く〉といっており、釈迦がかつてそうしたように一人で山の中に入って修行することを望んでいた。」
境内は、老杉巨檜や楓がうっそうとしていて昼なお暗く、そうでなくても、山には雨がすぐそばまで近づいてきていて、いっそう暗さを増している。
「明恵上人は、華厳宗にも、真言密教にも、禅宗にも通じていたが、ほんとうに信じていたのは、仏教の宗派ではなく、その源にある釈迦という人間ではなかったか。」(白洲正子)といわれる僧にふさわしい、鎌倉時代そのまま、ここにあるような峻厳な寺であった。
2、カエデと日本
カエデのほとんどが北半球の温帯に分布しています。 どのくらいの種類があるかというと、日本からヒマラヤにかけてのアジアで約90種 、ヨーロッパに13種、北アメリカに26種。と、以外なことに北アメリカよりアジアが圧倒的に種類が多いのです。
そんなカエデの大半が落葉樹。寒くなってくると美しく紅葉します。
では紅葉はどのようにして起こるのでしょうか。
そのメカニズムとざっというとこんな感じです。
ふだん葉は葉緑素が光合成で得た養分を必要な部分に送っていますが気温が低下して くると養分を送る働きが鈍ってきます。送れずに葉にたまってしまった養分が葉の色素を赤色に変化させ、紅葉となる・・。
その養分というのが糖分です。ですので、糖分を多く含む種類の植物ほど美しく紅葉 します。糖分の多い植物を例にあげると、バラ科、ブドウ科、ニシキギ科、ウルシ科、ツツジ科、そしてカエデ科。
シロップを作れるほどの糖分をもつカエデが入っているのもうなづけますね。
最初にお話しした分布状況からみると、東アジアの各国ではどうやらカエデは人間との関わり合いが深い植物のようです。
日本でも古来からカエデは紅葉する木の代表とされ、紅葉を愛でる観賞用の植物として今でも多く栽培されています。
カエデ科のモミジを「紅葉」と書くことがあります。これは平安時代からのことで、それまでは「黄葉」と書かれていました。カエデ科の中でも特に美しく紅く紅葉するイロハモミジやオオモミジなどのイメージがそれ以降「紅葉」と呼ばせるようさせたようです。唐代の詩人、白楽天が詩に詠んだ「林間に酒をあたためて紅葉をたく」という句の「紅葉」は、日本ではカエデとして解釈しています。
日本でも文人は古くからカエデを観賞し、美しさをたたえてきました。
『万葉集』や『源氏物語』にもでてきますね。古美術にもしばしば現われてきました。
平安時代の『彩絵桧扇』はハギとカエデ(モミジ)を描いていますし、桃山時代の『高雄観楓図屏風』(東京国立博物館所蔵)はカエデ(モミジ)の木の下で武士と町人がカエデ(モミジ)見物の宴を開いている図になります。
江戸時代になるとカエデ(モミジ)の美術はますます盛んになり、蒔絵、陶磁器、織物などの模様にも広く使われるようになりました。
じつは意外なことに『高雄観楓図屏風』のように自然の中に入ってカエデ(モミジ) を観賞し楽しむ風習は日本以外ではないのです。
モミジ見物、モミジ狩りがいつごろから始まったかは明らかではありませんが、自然を「見れど飽かぬ」と接した万葉人の時代からあったのではないかと思われます。日本人固有の美意識と呼べるかもしれませんね。
『赤字七宝もみぢ葉模様唐織』という徳川時代の織物は、ハウチワカエデの葉を並べたとても美しいデザインです。このようなカエデ(モミジ)の美術の伝統はもちろん現代の日本にも及び、菱田春草、横山大観などの名作にもなっています。
メープルといってしまうと外国のものというイメージが強いカエデですが、実は日本 の文化とも深く長い結びつきのあるとても身近な植物だということがうかがえますね。
日本では観賞物として、他の地域ではメープルシロップにして食材としているカエデ。同じ植物でもそれぞれの文化によって用途は様々なようです。
3、担い茶屋(にないちゃや)
風炉、釜、茶道具を天びん棒で担い、縁日や行楽地の人々の集まる所へ行って茶を売る道具。室町時代になると、飲茶の習俗の普及に伴い、寺社の門前などに一服一銭という安価な茶売りが登場し、それに続いて棒振り(ぼてふり)と称する担い茶屋が現れた。その姿は「七十一番職人尽歌合」の煎じ物売りや、「高雄観楓図」に描かれており、狂言の「せんじもの」には、抹茶ではないが、煎じ物を売る担い茶屋が現れる。「高雄観楓図」の担い茶屋は、茶筅を振っているので抹茶の担い茶屋のようにも思えるが、煎じ茶の場合もボテボテ茶のように茶筅を用いる例があり、十六世紀の担い茶屋が煎じ物・抹茶のいずれを売っていたか断じがたい。慶長四年(1599)三月に古田織部の一行が吉野で花見の宴を開いた時、「利休亡魂」と額を打った担い茶屋が持ち出された(「茶道四祖伝書」)。これは抹茶の担い茶屋であったろう。江戸時代にも担い茶屋は行われ、京都では禁裏に出仕する桧垣茶屋という担い茶屋があって、今日も、その道具が伝承されている。淡々斎千宗室によって考案された御園棚という立礼(りゅうれい)に用いる棚は、この担い茶屋から着想されたという。
4、浮世絵の原点、観楓図屏風
先日、北斎展を見に行った折、常設展示にも足を運びました。本館2階の国宝室にあったのは、東京国立博物館の2005年カレンダーで9月・10月を飾っていた狩野秀頼筆、国宝「観楓図屏風」(室町時代)でした。
カレンダーになっていたのは屏風の右隻、輪になって談笑している女性たちの部分でしたが、実物は左の方にも鼓を持つ男性や僧、橋の上で笛を吹く人物などが描かれていますし、画面の上の方には神護寺のお堂や、もう雪をかぶった愛宕の山も見えています。でも、この大きな屏風の中で、作者が一番描きたかったのはやはり、カレンダーで選ばれている部分だったろう、と想像されます。なぜなら、女性たちは美しく、とても楽しそうだからです。
昔、英語のレッスンで「紅葉狩り」を英語で説明するという部分がありましたが、それによると、「お花見」がお酒とご馳走で騒ぐのに対し、「紅葉狩り」は静かに紅葉を楽しむ、という説明がされていました。確かにこの観楓図でも、ご馳走らしきものは簡単なものだけ。輪の中の白い小袖の女性は杯を持っていますが、他の者はどうもお茶を飲んでいるようで、どうやら中心は飲食ではなく、おしゃべりです。右から三人目の女性は乳飲み子に乳をやっていて、胸をはだけながらも楽しそうに話を聞いている様子です。
筆者は秋の一日を屈託無く笑いあってすごしているこの女性たちを美しいと思ったにちがいありません。はしゃぐ子供たちや、少し肌寒くなってきた中、うまそうに茶をすする男にも、筆者の暖かいまなざしが感じられる絵です。画面全体の中で人物たちはまだ小さい扱いですが、筆者の人々を見る目は、後世の浮世絵に見られる視線と同じように思います。
広重の東海道五十三次でも、北斎漫画でも、私達は江戸時代の庶民の姿を見ることができます。生き生きとした彼らの姿は筆者たちの気持ちを今に伝えているように思います。舟を操る船頭には、仕事に取り組む時の快い緊張感や、働き手として自分が主人公になれる時間を持てた時に誰でもが感じる幸せ感が表現されているし、欄干にもたれて月を見ている女には忙しい毎日の中で、ポンとあいた時間に月を眺めて浮世の憂さをほんの一瞬、忘れていられる幸福感を見て取れます。
新潮社の『美術館へ行こう 浮世絵に遊ぶ』(安村敏信 著)という本の中では、浮世絵の源流の一つとして、中世の肉筆風俗画があげられ、その代表としてこの「観楓図屏風」の写真が載っています。つまり、この国宝室の屏風は現在開催されている北斎展へつながるものとして、関連ある展示品だったのです。紅葉の季節だからこの屏風が出ているものかと思っていた私は、迂闊にも、博物館の学芸員さんの意図に気付かずにいました。北斎展のお帰りには、本館の国宝室で、この赤と緑の鮮やかな屏風をご覧下さい。
|
昔は優雅であったのですね。まあ本の一部の人なのでしょうが、今の遊びを浮世絵風に描いたらどうなるのでしょうね。・・・絵にならない?
2006/4/29(土) 午前 6:41 [ tak*oya*su*a ]
効率優先の時代には人の心がちょっと悩みが多過ぎるみたい、優美典雅な芸術が難しいかな?
2006/4/29(土) 午前 9:04 [ 梨花 ]
いつもコメントありがとうございます。励みになりますので、これからもどうかよろしくお願いします。
2006/4/29(土) 午前 9:42
はじめまして!!凄〜く綺麗ですね
長〜〜い間、お休みしていましたが
京都高雄の紅葉をブログに載せました。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです(*'-'*)
2007/11/24(土) 午後 4:38 [ 花 舞 ]
花すきさん こんにちは!貴方のブログに見に行ってきました。京都の紅葉は素晴らしいですね!羨ましいです!
2007/11/26(月) 午前 9:27 [ かおり ]
今頃ですがはじめまして。このように詳細なこの屏風の記事があるとは知りませんで失礼いたしました。最近はブログ更新されていないようですが、また面白い記事を期待しています。
2015/4/30(木) 午前 11:49 [ 乱読おばさん ]