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じつは2年ほど前から、左上の奥の歯茎がすり減ってきて、歯がぐらつき始めました。以前から気になっていて、歯周病対策の歯磨きを使ったりしていたのですが、歯茎のすり減りはひどくなっていたようです。歯茎がすり減っていたので塩入り歯磨きをやめ、刺激の少ない歯周病対策の歯磨きにしていました。
本当は誰かと一緒に歯医者に連れて行ってほしいのですが、みんな忙しいのか連れて行ってくれず、歯茎が痛くなってもひたすら我慢するしかありません。
いつもお世話になっているホームヘルパー派遣センターにファックスしても、「訪問介護」をすすめられるだけで、歯医者には連れて行ってくれません。

一人で歯医者に行けたら、とっくに行ってますよ。一人では行けないから、どうすることもできないんですよ。自分でも情けないと思ってます。「緘黙症」の症状が軽かった41年前に家族が気がついて治療していれば、状況は変わっていたことでしょう。

今は痛みも引いていますが、左側は噛むことができず(噛むと歯が痛い)、柔らかなものしか、右側で食べることしかできません。
歯茎治療の薬(かなり高いです)をずっと塗り続けていますが、まだまだ時間がかかりそうです。

歯の治療は、入院するしかないんでしょう。みんな忙しいから、治療となったら、毎回歯科のほうへ通うとなると、負担も大きいでしょう。

親が生きていたときに、ちゃんと治療しておけばよかった…。
そう思うと、いつも気分が萎えます。

お久しぶりです

じつは2週間ほど前から風邪気味で、市販の風邪薬を飲んでいたのですが、風邪は治まってきたものの、今度はひどい便秘に悩まされ、うんちの出にくい日が続いてました。出し切ってないので、おしりのところにいつも違和感…。
ネットで「風邪薬 便秘」で検索したところ、どうやら風邪薬の中には便秘になりやすい成分が入っているようで、風邪薬を飲むのをやめ、昨日になってトイレで、出しにくいうんちを一生懸命、踏ん張ってました。2時間10分の格闘の末、かなりの量のうんちを出すことに成功。
ヘルパーが来る日だったので、本当に焦りました。
その後もお尻に違和感があったので、何度もうんちを出し続けました。
結局昨日は、朝から何も食べることができず、かなり疲れたので7時過ぎに寝ました。
体調を崩すと、いろんな事を考えさせられます。そもそも風邪を引いたのは、夜中に何度も目が冷めて睡眠時間が少なくなって、それが原因ではなかったのか?とか、市販の風邪薬飲んだだけで、こんなひどいことになったのは初めて!などなど…。
こんなとき、そばに誰かがついていてくれたら、気分がだいぶ楽だっただろうになぁ。いつもヒトリだから、相談相手がいません。体が弱っているときは、特に寂しいものを感じます。
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8月12日、中国・湖南省で唐辛子の大食い大会が開催された。参加者は唐辛子入りの巨大なプールに浸かりながら、ひたすら唐辛子を食べる。写真は苦悶の表情を浮かべる男性。

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 00年ドラフト2位で指名され、阿部と同期入団の上野裕平氏(38=巨人球団職員)は「自分たちの世代のNo.1の打者でNo.1の捕手。2000安打は凄い数字だけど、慎之助なら打つと思っていた」と快挙を祝福した。

 上野氏が球団広報を務めていた数年前。阿部が負傷し、試合中にともに帰京したことがあった。「試合中に原監督に許可をもらって、一緒に新幹線で帰った。“早く戦列に戻りたいから”って、そのまま病院で診察してもらって、治療に行った。慎之助はケガに強いけど、ケガをした後には、落ち込まずに1日でも早く治すことに集中していた。だから、予想よりも早く戻ってくることが多かった」と回想する。阿部は今年6月に右膝を痛めながら、2週間も経たずに1軍に復帰した。

 同期入団した8選手のうち、現役を続けているのは阿部だけ。上野氏は「安打はもちろんだけど、ホームランを400本近く打っていることの方が凄いと思う。これからも頑張ってほしい」と感慨にふけった。
 プロ入り前、阿部の担当スカウトだった中村和久氏が祝福の言葉を贈った。「まさかここまでの選手になるとはね。この前、3500塁打を達成したときに“川上さん”よりも塁打数が多いんだ”と。凄い選手になった」

 初めて阿部を見たのは、安田学園3年時の春。「前年の夏から2年生捕手として注目されていた。スイングがとにかく速くて、右中間、左中間にライナーで運ぶ姿が印象に残っている。捕手としても肩が強くて、様になっているなと。そういう印象でしたね」と振り返る。

 中村氏は中大での4年間を含め、阿部を5年間、追いかけた。オープン戦やリーグ戦はもちろん、練習にも足を運んだ。中大4年時の00年は、恒例となっている夏の甲子園の視察も取りやめ、阿部を追った。「練習にもほとんど顔を出して、合宿にも足を運んだ。慎之助は野球道具をきっちり並べて、グラウンドでは常に先頭で全力疾走。野球への取り組みも素晴らしかった。中大での4年間、ずっと変わらなかった」と回想する。当時の長嶋茂雄監督は野手を獲得する際に、「プロでタイトルを獲れるか?」と上位指名の基準は高かったという。そんな中、中村氏は球団幹部に「プロでクリーンアップを打てる。打撃タイトルも獲る」と進言した。

 阿部は12年に首位打者、打点王の2冠を獲得。17年目の今季は、2000試合出場、3500塁打も達成した。中村氏は「これからも4番としてチームの勝利に貢献してほしい」とエールを送った。

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