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今年は終わったかも……(挨拶)

満開を迎えた直後に香川では雨と強い風。
今年は桜と余程縁がないとみえます。


さて。
では、本題へ。

2016年が終了してしばらく経ってしまいましたが、2016年下半期の「旅」を振り返る企画展を開催します。
写真も一挙放出、開催期間中に200枚以上を貼っていきます。
お楽しみいただければ幸いです。


それでは、企画展7日目を投稿します。
なお、特記のない限り、写真の撮影日=訪問日です。


2016年10月30日 真田の足跡と建築美の旅 <後半>(長野県)


 6日目の<前半>の続きとなる<後半>です。
 大法寺を離れた後は、宿泊場所のある別所温泉に向かいました。
 旅館に着いたのが15時30分頃、夕暮れが近づいてきました。そこで、一息つくことなく旅館を出て、一人で散策に出かけます。

 旅館から道案内に沿って歩くと、黒門があります。そこからしばらく歩くと、木々に囲まれた石段と山門が目の前に現れます。ここが、目的地である安楽寺です。


 安楽寺(上田市)は、崇福山護国院と号する曹洞宗の寺院で、本尊は釈迦如来です。寺伝では、天平年間(729〜749)に行基が建立したとも、天長年間(824〜834)に創立したとも言われており、判然としません。
 歴史的に存在が明らかとなるのは鎌倉時代の弘安年間(1278〜1288)に信濃出身で臨済宗の僧侶であった樵谷惟仙が寺に入り、実質的な開山となって以降のこととなります。安楽寺は、鎌倉の建長寺と深い関係を持ち、中世には塩田荘を領した北条氏の庇護を受けて栄えました。室町時代以降は衰微しますが、天正年間(1573〜1592)に高山順京が再興し、曹洞宗寺院となって現在に至ります。


 山門をくぐり、参道を歩くと正面に規模の大きな本堂があります。その左手側に拝観受付がありますので、ここで拝観料を払い、境内を登っていくと、特異な形式を残す国宝の塔が聳えています。
国宝「安楽寺八角三重塔」
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 国宝「安楽寺八角三重塔」 は、様式手法から鎌倉時代後期(1275-1332)に建立されたとみられる、こけら葺の屋根を持つ八角三重塔婆です。初重に裳階がついていることから、一見すると四重塔のように見えます。
国宝「安楽寺八角三重塔」
礎石、石製礎盤
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国宝「安楽寺八角三重塔」
弓形連子、繰形、台輪、裳階組物(出組)、軒(二軒扇垂木)
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国宝「安楽寺八角三重塔」
初重の軒(二軒扇垂木)、組物(禅宗様三手先、詰組、繰形)
裳階の軒(二軒扇垂木)、組物(禅宗様出組)
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 この三重塔には、礎盤上に立つ円柱、裳階の出組詰組、身舎の三手先詰組、扇垂木、連子窓、藁座、桟唐戸など、純然たる禅宗様が用いられており、鎌倉との繋がりを感じさせます。我が国を代表する禅宗様の建築物であり、且つ現存する唯一の木造八角塔として貴重なものであり、国宝に指定されています。

 周囲に高い木々があることもあって、太陽光がまったく当たらず、細部はともかく、全景の良い写真は撮れませんでしたね。また、別所温泉のなかでも屈指の人気を誇る寺院であることもあって、なかなか人が途切れることがなく、ここで40分くらい待機することになりました。安楽寺を拝観した後は、同じく別所温泉の名所である常楽寺にも行こうかと思っていましたが、今回は諦めました。


 16時30分頃に塔の前を離れ、石段を下りていきます。そして、塔を見るために素通りしてしまっていた傳芳堂を覗きこみます。そこには、嘉暦四年(1329)に造像された国指定重要文化財「木造惟仙和尚坐像」国指定重要文化財「木造恵仁和尚坐像」が安置されていました。

 それらを拝んだ後、拝観受付のところまで戻ってきて、同じく行きは素通りした文化財建造物を見ます。
上田市指定有形文化財「安楽寺経蔵・八角輪蔵」
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 上田市指定有形文化財「安楽寺経蔵・八角輪蔵」は、寛政十二年(1800)に安楽寺十三世南沖仏鯤代により建てられた土蔵造の経蔵で、屋根は宝形造、銅版葺です。正面中央に両引の腰板縦連子戸を立て、その外側に防火用の両開き漆喰扉を吊り、両側に花頭窓を開きます。内部は、たたき床で、天井は格天井で花鳥画が描かれています。中央に朱塗りの八角輪蔵があり、黄檗版の一切経が納められています。この地方では最大の規模を持つ経蔵です。


 以上で、安楽寺を離れます。先述のとおり、塔の前でかなりの時間を過ごしてしまったこともあり、すでに日暮れの時間帯となっていました。常楽寺はまたいずれということにして、17時前には宿へ戻り、のんびりと温泉を楽しみました。

☆この日の主な文化財
国宝「大法寺三重塔」
国宝「安楽寺八角三重塔」
国指定重要文化財「大法寺観音堂厨子及び須弥壇」
国指定重要文化財「木造惟仙和尚坐像」
国指定重要文化財「木造恵仁和尚坐像」
長野県指定県宝「上田城櫓〔南・北・西〕」
上田市指定有形文化財「安楽寺経蔵・八角輪蔵」
国指定史跡「上田城跡」
長野県指定史跡「真田氏館跡」
長野県指定史跡「砥石城跡」(遠望)



2016年10月31日 信州の寺社の旅(長野県)

 2泊3日の長野県の旅も、最後の1日となりました。
 なお、この日の紅葉については、既に紅葉シリーズで御紹介しておりますので、そちらを御覧ください。
  ↓
2016年 紅葉シリーズ  閉耕遒旅藩奸


 さて、この日はまず、朝食の時間の前(7時30分頃)に、宿からほど近い場所にある北向観音堂を訪れました。
北向観音堂(常楽寺)
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 北向観音堂(上田市)は、常楽寺に属する一堂で、天長二年(825)円仁(慈覚大師)により開かれたとされる古刹です。安和二年(969)に平維茂が伽藍の大改修を行いましたが、木曽義仲の兵火に遭って焼失。その後、源頼朝による再興が行われ、建長四年(1252)には北条国時が再建したと伝えられています。江戸時代に入って火災に遭い、享保六年(1721)に本堂が再建されました(※ただし、後世の改変が多く、現在の撞木造(善光寺と同じ形式)となったのは昭和三十五年(1960)頃のことです)。なお、北向観音の名称は、この観音堂が北向きに建つことに由来します。


 本堂の他、境内には愛染堂、護摩堂(不動堂)、鐘楼、温泉薬師瑠璃殿、額堂、札所薬師堂などが建っています。
北向観音堂(常楽寺) 愛染堂
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 こちらは、明治十五年(1882)に建立された愛染堂です。小堂ですが、彫刻も手がこんでいて見ごたえがあります。後に紹介する「愛染カツラ」とも縁のある堂舎です。
北向観音堂(常楽寺) 手水(慈悲の湯)
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 こちらは、北向観音堂の名所の一つである手水です。
 手水の水は、普通水道水であったり湧き水であったりしますが、北向観音堂の手水の水は、天然温泉となっています。別所温泉にある寺院ならではの手水です。


 そして、同じく北向観音堂の名所の一つであるのが、こちらの霊木です。
上田市指定天然記念物「愛染カツラ(別所温泉)」
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 上田市指定天然記念物「愛染カツラ(別所温泉)」は、樹高22m、目通り周囲5.5m、枝張り約14mを測るカツラの大木です。伝説では、天長二年(825)の大火の際、千手観音がこのカツラの樹の上で影向(神仏が一時姿を現すこと)したとされ、霊木として崇められます。
 『愛染カツラ』の名称は、境内の愛染堂とカツラの木に因んだ小説「愛染かつら」(※第一回直木賞を受賞した川口松太郎(1899-1985)による筆)からそのように呼ばれているようです。

 紅葉シリーズでも紹介したとおり、葉は殆ど散ってしまっていたので、今回は根本と落ち葉の写真を御紹介します。色づいた葉を枝に一杯たたえている姿も見てみたいですね。


 さて、北向観音堂のお参りを終えたあと、宿へと戻り、温泉に浸かったり朝食を食べたりして、この旅最後の宿での時間を楽しみます。
 そうしてゆっくり宿で過ごし、10時30分頃になってようやく宿を離れ、最初の目的地である前山寺へと向かいます。


 前山寺(上田市)は、真言宗智山派に属する寺院で、本尊は大日如来。独鈷山の山麓にあり、弘仁年間(810〜824)に空海(弘法大師)が護摩修行の霊場として開いたと伝わります。鎌倉時代の元弘年間(1331〜1333)、善通寺(讃岐国)から長秀上人が来止し、伽藍を整備して前山寺を開きました。以降、教学の寺として学僧を輩出したほか、塩田城の鬼門に位置することから祈願寺として武家の尊崇を受けるなどして、栄えました。


 何気に私の地元である香川県とゆかりのある寺院ということになります。
 さて、駐車場に車を止めて、参道入口へと向かいます。
上田市指定天然記念物「前山寺参道並木(東前山)」
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 車道に面して構えられた冠木門から続く前山寺の参道の並木は、上田市指定天然記念物「前山寺参道並木(東前山)」として保護されています。北に向かって緩やかな傾斜を示す石畳の参道の両側には、マツやケヤキの巨木が並び立っています。


 参道を歩いていくと、茅葺屋根の山門があります。門をくぐり、拝観料を払って、前山寺の主要伽藍を見て回ります。
前山寺 本堂
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 こちらは、前山寺の本堂です。桁行十間、奥行八間の規模の大きな木造の本堂で、屋根は分厚い茅で葺かれています。内部には本尊である大日如来が安置されています。

 なお、この本堂ですが、冠木門からまっすぐ続く参道の正面にはなく、参道の西側に北面して建てられています。通常、参道の先には本堂があってしかるべきと思うのですが、珍しい配置です。そして、本来本堂があっても良いはずの参道の真正面にあるのが、名塔と呼ばれる前山寺の三重塔です。
国指定重要文化財「前山寺三重塔」
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 国指定重要文化財「前山寺三重塔」は、室町後期(1467-1572)に建てられた三間三重塔婆です。全体的に和様を用いる一方で、木鼻や肘木などに禅宗様を用いています。
国指定重要文化財「前山寺三重塔」
木鼻(南西隅)(目と牙がつけられた若葉形)
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 なお、若葉形の木鼻には目と牙がつけられており、木鼻が若葉形から動物形へと変わっていく過渡期にあるものとして注目されます。
国指定重要文化財「前山寺三重塔」
初重北面西側組物(中備の間斗束の束が省略されている)
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 また、中備の間斗束は束が省略されており、この手法は、信濃國分寺三重塔(重文)や、後に紹介する法住寺虚空蔵堂(重文)と共通しており、地方的特色を示しています。
国指定重要文化財「前山寺三重塔」細部
二重西面及び北面軒裏と組物(窓や縁がなく、貫が突出している)
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 この三重塔は「未完成の完成塔」と称されています。二重と三重を見ると、戸も窓も縁・高欄もなく、縁板を乗せるはずの長い貫だけが突出しています。また、柱の上部にある切り込みは、戸口や窓をつける設計であったことを示しています。
 このように、未完成の塔でありながら、これが完成形であるかのように堂々とそして優美に建っています。周囲の自然とも見事に調和しており、まさしく「未完成の完成塔」と称されるにふさわしい塔です。

 前日の旅で訪れた国宝「大法寺三重塔」といい、国宝「安楽寺八角三重塔」といい、今回見られなかった国指定重要文化財「信濃國分寺三重塔」といい、この一帯には名塔が集中していますね。素晴らしいです。


しばしの滞在後、名塔に別れを告げて、前山寺を後にします。

 この後、お土産または自宅用として、上田紬のお店でいろいろ購入していきます。
 そして、お昼の時間帯になったので、予約していたお店へ向かいます。そちらで秋の味覚である松茸三昧を楽しみました。

 
 贅沢な昼食を終えたところで、時間は13時過ぎ。帰りの電車までは、まだ時間がありますので、神社へと寄ることになりました。
生島足島神社 拝殿
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 生島足島神社(上田市)は、生島大神と足島大神を祀る式内社で、旧社格は国幣中社。創建年代は不詳ですが、神代において、建御名方富命が諏訪の地に向かう途中、この地で留まり、生島・足島の両神に米粥を煮て献じたという伝承があります。この伝承は、現在も「御籠祭」という神事に名残が見られます。
 神社は、古代より歴代の天皇から崇敬を受けたほか、中世未期以降は「下之郷大明神」「諏方法性大明神」などと呼ばれ、武田氏や歴代上田藩主の保護を受けました。寛政十一年(1799)に社名を生島足島神社に改めています。

 「御籠祭」の神事が行われるのは、長野県指定県宝「生島足島神社本殿内殿」です(写真は拝殿です)。桁行三間、梁間二間、切妻造で、天文年間(1532〜1555)の建立と推定されています。神社本殿の古い形式を伝えるものとして貴重です。

長野県指定県宝「生島足島神社摂社諏訪社本殿及び門」
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 生島足島神社と向かい合うように社殿を構えるのが、建御名方富命を祀る諏訪社です。一間社流造、銅板葺(元はこけら葺)の本殿は、慶長十五年(1610)の建立で、上田藩主 真田信之の再建であることが棟札から判明しており、そのことは細部の彫刻に中央で盛んになった桃山様式が表現されている点からもうかがえます。本殿の前の門も同時代のもので、内部に床を張った諏訪系の神社にみられる「御門屋」の形式を持っていたとみられます。
 これらの本殿と門は、安土桃山時代の様式を伝えるものとして貴重で、長野県指定県宝「生島足島神社摂社諏訪社本殿及び門」となっています。


 なお、この諏訪社の前には、「夫婦欅」があります。紅葉シリーズで御紹介していますので、こちらを御覧ください。
 ↓
2016年 紅葉シリーズ  閉耕遒旅藩奸


 境内にはもう1棟、文化財建造物があります。
長野県指定県宝「生島足島神社歌舞伎舞台」
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 長野県指定県宝「生島足島神社歌舞伎舞台」は、木造平屋建、桟瓦葺、切妻造で、桁行九間(約16m)、梁間六間半(約12m)を測る、長野県下現存最大規模の歌舞伎舞台です。氏子中には明治元年(1868)に建てられたと伝わっており、江戸期の農村歌舞伎舞台の典型例を示すものとして貴重です。

 なお、生島足島神社には、武田信玄真田昌幸・信幸(信之)に関係する古文書94通が伝存しており、国指定重要文化財「生島足島神社文書(内永禄九、十年起請文八十三通)」となっていますが、この歌舞伎舞台の内部に、その写しが展示されており、無料で見ることができます。


 時刻は13時45分過ぎ。生島足島神社を離れて、JR松本駅へと向かいますが、その途中、私の希望で、重要文化財のある「法住寺」という寺院へ寄ります。


 法住寺(上田市)は、天台宗の寺で、円仁(慈覚大師)の創建と伝えられます。文安年間(1444〜1449)に兵火に遭って焼失しましたが、その後、再建されています。


 車道沿いにある仁王門から150mほど北へ行くと、木立の中の一段高いところに、虚空蔵堂が建っています。
国指定重要文化財「法住寺虚空蔵堂」 遠景
イメージ 19

国指定重要文化財「法住寺虚空蔵堂」 近景
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 こちらが本尊である虚空蔵菩薩を安置する国指定重要文化財「法住寺虚空蔵堂」です。桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間、こけら葺の建物で、棟札から室町時代後期の文明十八年(1486)の建立であることが分かります。和様を基調とした堂ですが、肘木などの細部に禅宗様が用いられています。
国指定重要文化財「法住寺虚空蔵堂」(中備の間斗束の束が省略されている)
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 また、この虚空蔵堂も中備に束のない斗を置いており、国指定重要文化財「前山寺三重塔」などと同じで、地方的特色を示しています。ちなみに、棟の両端には鬼板が用いられていますが、ここでは実際に鬼の面が飾られています。なお、本尊を安置する禅宗様の厨子も同時代のもので、附指定となっています。


 この本堂の左手前には、カツラの巨木があります。
法住寺のカツラ
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 環境庁による計測(年次不明)では、樹高は10m、目通り幹囲5.7mで、推定樹齢は300年以上。どっしりとしていて樹齢を感じさせる主幹は途中で切断されていますが、若い幹が何本か伸びており、黄葉した葉をつけています。
 紅葉シリーズでも書きましたが、カツラは私の地元の香川県ではほとんど見られない木ですので、今回の長野県の旅では思い出深い樹木となりました。


 さて、法住寺を14時10分過ぎに離れた後は、254号線を西へ行き、JR松本駅まで戻りました。3日間乗り回したレンタカーを返した後、しばらくJR松本駅構内で時間を潰します。
 そしてJR松本駅を15時53分に出発する特急ワイドビューしなの18号に乗り、JR名古屋駅へ。18時頃にJR名古屋駅に到着し、その後新幹線に乗り換えてJR岡山駅へ向かいました。20時過ぎにJR岡山駅へ着いた後、香川県へと帰りました。

 2泊3日の長野の旅は、良い建築と巡り合えた旅となりました。また、いつもよりゆったりと温泉を楽しむこともできました。長野にはまだまだ行きたいところがありますので、いずれ再訪したいですね。

☆この日の主な文化財
国指定重要文化財「前山寺三重塔」
国指定重要文化財「法住寺虚空蔵堂」
長野県指定県宝「生島足島神社本殿内殿」
長野県指定県宝「生島足島神社摂社諏訪社本殿及び門」
長野県指定県宝「生島足島神社歌舞伎舞台」
上田市指定天然記念物「愛染カツラ(別所温泉)」
上田市指定天然記念物「前山寺参道並木(東前山)」

以上、6日目・7日目は、長野県の旅を御紹介しました。

8日目は、旧閑谷学校の旅を御紹介します。

今日はこれまで。
ではではー。

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