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驚きました(挨拶) 今日は、身近なところで京都における初詣を行ったので、それについて書こうと思っていましたが。 (地蔵院・大将軍神社・東向観音寺・北野天満宮にいきました) 衝撃的なニュースがあったので、それについて話したいと思います。 平賀源内ゆかりの寺が全焼 香川・さぬき市http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn/20100109/20100109-00000034-nnn-soci.html(Yahoo!ニュース 動画ニュース 日本テレビ) 香川・さぬき市の自性院常楽寺で9日朝、本堂と客殿を全焼する火事があった。常楽寺は四国霊場第86番札所・志度寺のすぐ西隣にあり、境内には江戸時代の発明家・平賀源内の墓がある。
9日午前9時前、さぬき市志度の常楽寺から火が出ているのを通りかかった近所の人が見つけ、119番通報した。火は客殿から本堂に燃え移り、消防車6台が出て、約2時間後に消し止められたが、この火事で木造平屋建ての本堂と客殿計609平方メートルが全焼した。出火当時、寺の住職は不在で、境内にある自宅には家族6人がいたが、全員逃げ出して無事だった。 たき火の火が燃え移った可能性があり、警察と消防が詳しい出火原因を調べている。 先ほどパソコンをつけた時、動画ニュースが上がっていて知りました。 自性院常楽寺へは、志度寺一帯の旅で訪れています。 2008年3月18日のことで、既に旅の纏めを投稿しています。 ↓ 志度寺一帯と造田一帯の旅 前編 http://blogs.yahoo.co.jp/heiannoneko/40973547.html 志度寺一帯と造田一帯の旅 後編 http://blogs.yahoo.co.jp/heiannoneko/40977717.html (当ブログ) 自性院は前編に載っています。 情報量が少なかった頃の纏めですので、寺院の由緒をここで追記しておきます。 微雲窟 自性院 常楽寺 真言宗善通寺派 四国曼荼羅霊場第十番 天正年間(1573〜1592年)頃に志度に来住し繁栄した摂津の豪族多田和泉守一族の菩提寺として創建。 四国霊場第八十六番札所・志度寺の塔頭で、本尊は不動明王。 ただし中央正面には弘法大師を祀っている。これは寺院所在地が志度寺の御影堂跡とされていることに由来します。 右方に不動明王を中尊として、右に毘沙門天、左に愛染明王。 左方に竹林上人を中心に、右に阿弥陀如来、左に地蔵菩薩・普賢菩薩を安置しています。 天明四年(1784)には竹林独雄上人が第七代目の住職となりました。 衣食を人に与え、子どもとよく遊び、蟻や蚊など小さな生命も散らさなかった人物とされ、「さぬき良寛さん」と呼ばれ親しまれています。 また、江戸時代の本草学者・蘭学者・医者・作家・画家であり、「エレキテル」「火浣布」に代表されるように発明家として有名な平賀源内を輩出した平賀家は、自性院の檀家でした。 (※平賀源内は現在のさぬき市志度生まれ) その平賀源内は安永八年(1779年)に没しており、その墓は自性院の山門をくぐった右側にあります。 平賀源内の墓(自性院)(2008年3月撮影) ※国指定史跡「平賀源内墓」は、東京都台東区橋場二丁目(南千住駅の南東)にあります。 要するに、自性院は菩提寺としてその墓を建立しているわけです(供養塔としての意味合いが強いといえます)。 ただし、そもそも著名人の墓所とされるものは、何箇所かあることがよくあります。 「本物」には当然価値がありますが、それ以外も決して軽く扱うものではないと私は考えています。 自性院常楽寺は、以上のような由緒を持つ寺院です。 しかし残念ながら……今回の火事で本堂・客殿が全焼してしまったようです。
焼失した本堂(2008年3月撮影) 寺院内にある本堂の落慶法要に際して刻された由緒記から得られた情報によると。 正徳四年(1714)に建立された本堂は老朽化が激しかったため、昭和五十九年より本堂新築の大願を発し、昭和六十三年着工、平成二年四月までには本堂が新築されたようです。 (本堂建立の由来記の日付が平成二年四月一日であることから、落慶法要がこの頃と考えられます) その際の工事内容は、本堂新築・不動明王像と厨子、弘法大師像の修復、能化部屋改築、仏具荘厳具整備、客殿の屋根畳替え、境内整備等だったようです。 このようにして、大勢の方の喜捨によって新築された本堂も、十数年で焼失してしまったということになります。 ……檀家さん達の信仰の面から考えると衝撃は大きいことでしょう。 火災の原因は調査中ですが、失火である可能性が高いとのことです。 (焚き火の火が燃え移ったか) 火の不始末が原因だとすると、寺院側にとってはさらに大きな衝撃でしょう。 その衝撃に追い討ちをかけるようで非常に酷な話なのですが……。 私としてはどうしても触れておかなければならない件があります。 以下、非情なことに心を痛めつつも、諫言を呈させていただきます。 自性院の道を挟んで反対側(北側)には、さぬき三十三観音霊場第三番札所である圓通寺があります。 そして、自性院のすぐ北東には、四国霊場第八十六番札所である志度寺があります。 志度寺には…… 国指定重要文化財「志度寺」(※「本堂」「仁王門」を一括指定) 国指定重要文化財「絹本著色志度寺縁起」(※第四巻・五巻は東京国立博物館に) 国指定重要文化財「絹本著色十一面観音像」(※現在は奈良国立博物館へ) 国指定重要文化財「木造十一面観音両脇士立像」 香川県指定有形文化財「志度寺閻魔堂及び奪衣婆堂」 香川県指定有形文化財「木造如来形坐像」 香川県指定有形文化財「木造金剛力士立像」 さぬき市指定有形文化財「絹本著色十一面観世音像菩薩」 さぬき市指定史跡「生駒親正墓塔」 さぬき市指定史跡「海女の墓五輪塔群」 ……などの文化財があります。 この中でも、国指定重要文化財「志度寺」のうち「仁王門」及び、香川県指定有形文化財「木造金剛力士立像」(2軀)は、文字通り、自性院の目と鼻の先にあります。 自性院は塀で区切られているとはいえ、全焼した本堂から、志度寺仁王門は10m程度しか離れていません。 今回の火災、視聴者提供の写真を見る限りでは、かなり燃え上がっているようです。 もしこれが、隣接する志度寺へと燃え移っていたら……。 日本国そして日本国民に大きな損失を与えていたことでしょう。 可能性論ですが、火というものは恐ろしいものです。 どんなことが起こるか分かりません。 再度言いますが、追い討ちをかけるようで酷であり、また非情なことでありますが。 寺院側には、負っている責任を改めて確認していただきたいのです。 これは皆さんにもお願いしたいことでもあります。 皆さんの身近には、普遍的価値があるもの、そして普遍的価値はなくとも「誰か」にとって重要な価値があるものが、たくさんあります。 それを何らかの形で失わないよう、常に心に止めておいていただきたいのです。 最後になりましたが、火災により、多方面での被害を受けた方々にお見舞い申し上げます。 人的被害が無かったことをせめてもの幸いとして、復興に力を注いでください。 機会がありましたら、またお賽銭を入れさせていただきますね。 ではではー。
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