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荻野吟子は、近代日本における最初の女性の医師です。 数々の困難を克服し、明治18年医術開業試験に合格し、日本公許登録女医第1号となりました。 生誕之地史跡公園 荻野吟子記念館 荻野吟子は、嘉永4年(1851)3月3日に俵瀬村(たわらせむら)、現在の熊谷市にうまれました。 ※最初と最後の写真は、道の駅めぬま「めぬまアグリパーク」で撮影しました。 追記:2010.6.3 22:09 熊五郎さんより 「ところで、日本最初の女性医師という場合、現在に通ずる近代的資格の医師として荻野吟子が最初ということですよね。江戸時代の蘭方医としては、シーボルトの娘の稲も女性医師になっています。」 という、ご指摘をいただきました。ありがとうございます。 一行目の文章
「荻野吟子は、日本における最初の女性の医師です。」を、「荻野吟子は、近代日本における最初の女性の医師です。」に改めました。 |
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熊谷市には何度もいったのに、知りませんでした。
すばらしい女性がいたのですね。
2010/6/2(水) 午後 10:45
そのようなお方が埼玉に!
知らなかったぁ〜
バラに囲まれた素敵な場所ですねェ
2010/6/2(水) 午後 10:53
お晩です!。初めまして、コロンって言います。瀬棚町で荻野吟子の話を良く聞きました。「男女7歳にして籍を同じ有せず」と言われた明治と言う時代背景を考えると、大変な苦労があったものと思います。そうした人を輩出した環境には、興味がありますね。
2010/6/2(水) 午後 10:54 [ コロン ]
今は、熊谷市ですが元は妻沼町の出身の方です。
郷土に立派な方がいらっしゃって誇りに思います。
2010/6/2(水) 午後 11:01
私もそんな素晴らしい方が埼玉にいらしたとは初耳です
素敵なバラ円に像まであって立派な女医さんだったのがうかがえます
2010/6/2(水) 午後 11:21 [ 清ちゃんの紙飛行機 ]
荻野吟子は偉大な女性です。
亭主の女遊びのために性病を移され、
挙句婚家から離別を申し渡され、
医学を志してからも、偏見と女性差別によって大変な艱難辛苦を舐めさせられました。
妻沼の熊谷の埼玉の日本の、そうして人間の誇りと呼べる方です。
Wポチです☆
2010/6/2(水) 午後 11:30
波乱万丈なかただったのですね。
でも凄い女性で尊敬してしまいます。
バラにも負けないぐらい美しいですね (*^^)v
2010/6/2(水) 午後 11:39 [ ケンさん ]
W成功!!
2010/6/2(水) 午後 11:39 [ ケンさん ]
ヾ(o・_●・)ノこんばんはぁ♪
以前テレビでやっていませんでしたか?
素晴らしい女性ですよね。(✿◕ ‿◕ฺ)ノ凸ポチ☆
2010/6/2(水) 午後 11:49
立派な記念館があったのですね。
薔薇に囲まれて 輝いています。
埼玉の誇りですね。
2010/6/3(木) 午前 6:49
尊敬しますね。
薔薇の花に囲まれて輝かしいです。ポチ☆
2010/6/3(木) 午前 7:06 [ 風景と花 ]
おはようございます!!!
塙保己一、渋沢栄一は知っておりましたが
荻野吟子は今回知りました!!!
とても立派な方ですネ!!!
ありがとうございました!!!
Wぽちっ!!!★やぎなお★
2010/6/3(木) 午前 8:18
おはようございます。
荻野吟子、初めて知りました。
きっと、凛とした方だったことでしょう。
勉強になりました。
2010/6/3(木) 午前 9:17 [ ドーム前整体塾 ]
懐かしいタイトルに、お邪魔しました。
私の実家の近くです!
昔、三田佳子さん主演の大河ドラマにもなりましたよね!当時、地元は盛り上がってましたよ〜♪
2010/6/3(木) 午後 0:25
学生の頃に渡辺淳一氏の小説で読みました。
「花埋み(はなうずみ)」
同じ女性としてすごく感動した記憶があります。
2010/6/3(木) 午後 3:05 [ ひなぞう ]
たしか以前リクエストさせていただきましたよね。ありがとうございます。ポチっ。
ところで、日本最初の女性医師という場合、現在に通ずる近代的資格の医師として荻野吟子が最初ということですよね。江戸時代の蘭方医としては、シーボルトの娘の稲も女性医師になっています。
2010/6/3(木) 午後 4:16
素晴らしい女性ですね、、大きなポチです、、ポチとね。
2010/6/3(木) 午後 9:33 [ 雄明丸 ]