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田中 正造(たなか しょうぞう) 天保12年(1841年)11月3日〜大正2年(1913年)9月4日 明治時代の日本の政治家、日本の公害の原点「足尾銅山鉱毒事件」の告発者として有名。 田中正造の遺骨は栃木・群馬・埼玉県の鉱毒被害地計6箇所に分骨されています。 利島村(現北川辺町)の墓川辺村民と利島村民が協力し、 利島小学校(現北川辺町立西小学校)敷地内につくりました。 田中正造翁の墓 田中正造翁頌徳碑 田中正造翁之墓 平成22年3月23日に加須市、騎西町、北川辺町及び大利根町の4つの市町が合併し、新しい「加須市」が誕生します。 にほんブログ村埼玉情報←応援クリックお願いします。
撮影:2010年2月20日-埼玉県 北川辺町 /西小学校 カメラ:ニコン-Nikon D80 レンズ:シグマ-SIGMA 28-70mmD 1:2.8-4 |
埼玉の偉人
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近代日本経済の立て役者として、今なお多くの人々の尊敬を集める渋沢栄一は、 天保11年(1840)、深谷市血洗島の農家に生まれました。 詳しくは1枚目の写真をご覧ください。 1枚目の写真をクリックすると大きくなります。 写真の屋敷は、渋沢家の住宅等として使われてきたもので、 通称「中の家(なかんち)」と呼ばれています。 昭和58年からは「学校法人青淵塾渋沢国際学園」の学校施設として使用され、 多くの外国人留学生が学びました。 平成12年、同法人の解散に伴い深谷市に帰属し、現在に至っています。 |
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稲垣田龍(いながきでんりゅう) 江戸時代後期。文政天保年間に活躍した天文暦学者。 市指定史跡 昭和59年 2月17日指定 稲垣田龍の墓 江戸時代、平賀源内門人の浅野北水につき 蘭学・天文学・暦学等を研究。 地動説、ニュートン力学等の新しい学説に共鳴し、 太陽系とその各惑星・衛星の動きを説明した 「地転新図」「天文図」「地動説の紹介」等の貴重な文献資料や業績を残した。 |
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化政期に活躍した俳人鈴木荘丹(すずきそうたん) 1732〜1815 鈴木荘丹の墓(市指定史跡) 文化12年(1815)、84歳で与野に没し妙行寺に眠ってます。 荘丹の墓石には、 「秋の空 こころ動かす風もなし」と 心静かな晩年の心境を詠んだ句が刻まれています。 鈴木荘丹は、 儒学、医学、俳諧等を学び医師として活躍し 与野に移り住み俳諧の向上に努めました。 松尾芭蕉を慕い多くの注釈書を残しています。 |
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撮影:2007年8月23日-埼玉県 大利根町 /道の駅童謡のふる里おおとね ささの葉 さらさら のきばに ゆれる〜♪ 今日は、七夕。 「たなばたさま」を作曲した下總皖一を紹介します。 下總皖一(しもおさかんいち・しもうさかんいち・しもふさかんいち・しもーさかんいち) 生まれ故郷の埼玉県大利根町では「しもーさかんいち」先生とよんでいるようです。 没年 昭和37年(1962年) 今年(2008年)は下總皖一 生誕110年目にあたります。 「たなばたさま」「野菊」「ほたる」などの曲は、下總皖一の曲として有名です。 彼の作曲分野は極めて幅広く、合唱曲、器楽曲、協奏曲や校歌など、多岐にわたっています。 道の駅「童謡のふる里おおとね」には 等身大の銅像があり、 横の「たなばたさま」の歌碑は、 ボタンを押すとメロディーが流れます。 |




