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現代の「ストレス社会を生き抜く」ためには。
現代社会は、ストレスに満ち人々の心は病んでいる。その病相は、日本では過労死や自殺率の悲劇的な形で表れている。さらにそれは、子ども社会に痛ましい「苛め」にも投影されている。
いま、中国では自殺者が毎年二十五万人前後に達し、若者の精神疾患も増加傾向にあるという。急速な経済成長による「格差拡大」などが、国民の心理的ストレス増大につながっているのだろうが、精神疾患にかかる患者数は他の病気を上回り、心理的な疾患や傷害などを抱えた青少年は約三千万人。若者の死亡原因のトップは自殺で、親族や友人らの自殺による心理的後遺症に苦しむ人々は、毎年百五十万人に上ると言われています。
この最も憂慮すべき現代の「潮流」として、肥大化する「自己中心主義」と、それに対応する希薄化する「他者との関係性」が「指摘」できる。この流れを変えることなくして、ストレス社会の深刻化を食い止めることはできないであろう。
かって日本の社会には、ストレスの多い環境におかれた人々を支えあう「土壌」があった。
残念ながら、今日、そうした条件の多くは失われ、行き場をなくした人が増えている。自分が抱える問題を心おきなく語り合える「人間関係」が、希薄になっているからだ。
「ストレス」という言葉は、もともと物理の用語である。物体が外部の力を受けた時にできる「歪み」を表す言葉で、これが転じて人間の心身に当てはめて使われるようになった。
物理的圧力にどれだけ耐えられるかは、物質によって異なる。ストレスにどれだけ対応できるかも、人によって、また環境によって違ってくるのが、当然であろう。
ある人が耐え難いストレスと感じる仕事や人間関係でも、別の人にはストレスとはならないかも知れない。また、いまはストレスと感じても、別の機会には、そうではない場合もある。さらに、結婚や昇進など喜ばしいはずの出来事も、時として、ストレス反応を引き起こす要因になりうる。
それゆえ、悩んでいる人に「たいしたことはないよ」と励ましたつもりの一言が、かえって追い込み,ストレスを一層深刻にしてしまうことさえある。人間の心は機械ではない。まことに「微妙」である。
一次元から見れば、少なからぬストレス体験は、今日的な「自我」の観念に端を発しているともいえよう。すなわち、現代人の自我は、いかなる状況にも、「自由な個人」として、あくまでも一人で立ち向かえるように課せられているし、期待されてもいる。
と同時に、管理社会は、どうしても人間を単なる歯車の一つとして扱おうとする。いつしか人は、巨大な時代の流れに対して無力であり、社会を、よりよき方向へ変革することなど、不可能だと思い込まされてしまっている。
一方には過重な期待と、他方には無力感――。この両者に引き裂かれて、人はますますストレスに脆くなる。
ゆえに、ストレスの対処を考える上で、人間観の「変革」が要請されている。つまり、人間には、限りない可能性と脆さの両面が内在している。そして、お互いに支え合うなかで、一人ひとりが強くなれることを、もう一重、深く理解していくことである。
人間の目は「前」についており、目標に向って前へ進みゆく存在である。と共に、苦しむ人びとに手を差しのべることによって、自分自身の「悩み」に、決然と打ち勝つ力を「増す」ことができるのだ。
ホ−ムペ−ジ「社会のお茶の間」を、よろしく、お願い致します。
『書庫』は、ここ http://www.geocities.jp/heihoujyuku/
教育が、知育・徳育・体育なら、罰は、知罰・徳罰・体罰があっても良い。
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<教育が、知育・徳育・体育なら、罰は、知罰・徳罰・体罰があっても良い。>この言葉とても気に入りました!その通りだと思います!時と場合にもよりますが,暴力と体罰はまた違うと思います。参考にさせていただきます!
2007/3/5(月) 午前 1:39 [ murman_aurora ]
murman auroraさん・教師に対する生徒の暴力行為を制止すること等は、体罰には当たらないが、暴力行為に及んだ生徒に、学校に損害を与えたのだから、その償いとして学校のために何か寄与することを考えさせ、自転車置き場の清掃、階段のクモの巣を取りますと、希望すればやらせるなどは「徳罰」であり、徳育である。罰としての学習活動や清掃活動は体罰には当らない。これらは、知罰(居残り指導)徳罰(清掃活動)として、子どもたちの「情操教育」に繋がるのでは(笑)。
2007/3/5(月) 午前 2:16 [ 兵法塾 ]
兵法塾さん・・いい罰制度ですね!暴力生徒には知罰と徳罰が効くでしょう、1000文字の写経に幼稚園生徒への躾の先生をさせる罰とか。悪知恵生徒には100km徒歩訓練とかの体罰。きっと2度と過ちを犯したくなる罰こそ罰の意味があります。私のブログで兵法塾さんを紹介させて頂きました。これからは馬鹿の時代から正直が楽しく面白い時代に・・・頑張りましょう。
2007/3/5(月) 午前 9:41 [ Kの夢チャレンジ ]
kabusuiriclubさん・あなたの「ブログ」に、当『社会のお茶の間』を「紹介」して頂き、有難う。少しでも、皆様方の「お役に立てれば」と「心がけ」ています。今後とも、宜しく、お願い致します。
2007/3/5(月) 午後 2:10 [ 兵法塾 ]
合理主義、別な言い方をすれば効率・改善でしょうか。ゆとり、遊びのない空間、余白のない空間=職場・学校・家族=同僚・親子・友人間を疎遠希薄なものにしてしまった感があります。すべてにタメや遊びがないと機能しなくなるのですが。
2007/3/5(月) 午後 4:15 [ 日隈玄斎 ]
heihoujyukuさんこんにちは何時も御訪問有り難う御座います、
2007/3/5(月) 午後 6:13
hinokumaさん・現代の「情報化社会」に「埋没」していると、本当の自分の姿が見えなくなってしまう。確かに、ある程度の「空間」がないと人間関係も「疎遠希薄」になりますね。本来、人間の「生き方」は、もっと冷静で公正な思慮反省を本とし、自分の判断に狂いのないことを確かめた上で、毅然とした決断を下し、どのような反対や妨害にも屈せず、自信を持った行動に徹することであるが、いまは「ブレ」て、基盤が歪み「無責任社会」となつた。が、早く「修復」しなければなりませんね(笑)。
2007/3/5(月) 午後 8:00 [ 兵法塾 ]
山奥の狸さん・いつも「お邪魔」しています。勝手なことばかりして、勝手に、心を「癒して」います(笑)。有難う。
2007/3/5(月) 午後 8:10 [ 兵法塾 ]
『陽明学』。学生時代「人がもし着実に致良知の工夫に徹し得るならば、他人から非難誹謗を浴びせられ、他人から詐偽暴慢を加えられようとも、それはそれなりに自分にとっての益となる。それはそれなりに自分の徳を向上させる助けになる。もしその工夫を行なわぬとすれば、それらはすべて魔物となって、ついにはそのために圧し倒されるにいたるであろう。と「陽明学」で読んだ記憶がある。(つづく)
2007/3/6(火) 午前 0:51 [ 兵法塾 ]
『陽明学』。現代人は、いま、社会や環境の重圧に打ちひしがれ、妥協と迎合を余儀なくされ、本来の、伝統的な日本人の精神力が脆弱となり、それに加えて、義に対する行動力が欠徐している。陽明学は「行動の科学」とも言われ、精神の「起死回生の書」でもある。一読されたし。(おわり)
2007/3/6(火) 午前 1:12 [ 兵法塾 ]
heihoujyukuさんこんにちは何時も御訪問有り難う御座います、
2007/3/6(火) 午後 4:14
山奥の狸さん・こんど、新たに「茶室」を建てられるそうですね。また、遊びに行く「楽しみ」ができて嬉しいです。お元気で頑張って下さいね。
2007/3/6(火) 午後 4:35 [ 兵法塾 ]
以前は何かあってもなにくそと思う人のほうが多かったような 今は人間あきらめる人が多くなったのですね。
2007/3/6(火) 午後 10:19
cygntさん・確かにそのようです。日本の伝統的精神文化の中に「負けじ魂」というものがあった。それが戦後教育で「去勢」され、一番大事な「精神面」が歪んで、日本人は「脆弱」になりました。今後、この「歪み」を「正す」必要がありますね。
2007/3/6(火) 午後 10:54 [ 兵法塾 ]
訪問ありがとうございます。人間ってなぜこんなにも人の関わり、傷ついたり苦しんでいかなければいけないのでしょうか?他人といつも比べられて、自分らしさを失ってもう何年か経ってしましました。
2007/3/9(金) 午後 9:28
hirokomiyajpさん・確かに、そのとりですね、だが、その反面、そうでない場合もありますよ。人の事は気にせず、自分らしさを発揮し「失った分」を取り戻せば。あなたなら、きっと、できますよ。頑張って下さいね。
2007/3/9(金) 午後 10:30 [ 兵法塾 ]
heihoujyukuさんこんにちは何時も御訪問有り難う御座います、茶室今日は生コン打ちです、頑張ります。
2007/3/13(火) 午前 7:52
山奥の狸さん・こんばんは。いつも有難う。また、楽しみが増えます。遊びに行きますね。よろしくお願いします。
2007/3/13(火) 午後 9:34 [ 兵法塾 ]
日本人は変質したようです。坂の上の雲に描いた司馬遼太郎さんの求める人間像の反対に位置する人が増えました。何で人を殺したらいけないのか教えなければ分らない人がいるのです。小さいときに心の奥底に叩き込む教育が全く無視された結果です。自然界で行われている生体系の循環からはみ出た人類の悲劇かも知れません。
2007/4/12(木) 午前 1:00 [ 琵琶湖研究室 ]
『確かにお説のとおり』ですね。
2007/4/12(木) 午前 1:57 [ 兵法塾 ]