社会の「お茶の間」

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社会の「お茶の間」

 
 
 
社会の「お茶の間」
 
わが町・金沢 石川県
 
 
『前に進むときは「後退」を考え、何ごとも減らすが「賢明」だ』
 
一般的に言って日本人は、前に進むことを考えるときには、そのことだけしか考えようとしない。これに対して中国人は、進むことを考えるときには、それと同じくらいのウエ―トをもって退くことを考えている。
 
たとえば孫子の「兵法」である。「孫子」の戦略の基本的な一つが「勝算なきは戦うなかれ」である。勝つ見込みのない戦はするな。戦いをしょうとするからには、勝てるという見通しをつけてからやれというのだ。だから、勝算がなかったら、ひとまず後にさがって戦力を温存しておけば、勝てるチャンスがめぐってくるから無理するな。と、言うのが「孫子」の発想である。
 
その点、日本人はろくな勝算もないのに、バスに乗り遅れるなとばかり、やみくもにとび出していこうとする。その敢闘精神は、それなりに評価されなければならないが、他面、「匹夫の勇」の批判は免れない。
 
その点、中国流の戦い方には余裕がある。時間はかかるかもしれないが、容易に負けない戦いをすることができる。これは戦いだけでなく、人生の生き方にもあてはまる。進むことだけを知って退くことを知らない一本調子な生き方では、対応を誤る恐れがある。
 
「老子」にこんな言葉がある。「曲がっているからこそ生命を全うすることができ、屈しているからこそ伸びることができる。窪んでいるからこそ水を満たすことができ、古びているからこそ新しい生命を宿すことができる。所有するものが少なければ得るものが多く、所有するものが多ければたちまち迷いが生じる」伸びるためには、まず屈しなさいというのだ。こういうしなやかな生き方を身につければ、屈することもいっこう苦にならないかもしれない。時には、あえて退いたり屈したりする柔軟な生き方を身につけたいところである。
 
菜根譚に「この人生では何ごとにつけ、減らすことを考えれば、それだけ俗世間から抜け出すことができる。たとえば交際を減らせば、揉め事から免れる。口数を減らせば、非難を受けることが少なくなる。分別を減らせば心の疲れが軽くなる。知恵を減らせば、本性を全うできる。減らすことを考えず、増やすことばかり考えている者は、全く、この人生をがんじがらめにしているようなものだ」。と、減らすことが賢明な生き方であるらしいと頭では承知していても、容易に減らすことができないのは、人それぞれに欲がからんでいるからだろう。と、韓非子は語っている。
 
やはり「韓非子」にも、こんな話がある。むかし、晋(しん)の国の献公が虢(かく)と言う国を攻めようと考えたが、そのためには虞(ぐ)の領内を通過しなければならない。そこで献公は、虞の王に贈物をして、道を貸してくれるように申し入れた。虞の王は贈物に目が眩んで、申し入れを受けようとする。それを見て、重臣の一人が諌めた。
 
「なりませんぞ。虞と虢はもちつもたれつ、まさに車とそえ木のような関係にあります。もし道を貸せば、虢が滅びる。その日のうちに虞もまた滅びるでしょう。なりませんぞ。なにとぞ、お断りになってください」。と。
 
だが、虞の王は耳をかさず、晋に道を貸した。その結果,間もなく,虞もまた晋に滅ぼされた。
 
韓非子は、この話をしたあと「虞が国を失ったのは、なぜか。目先の利益にとらわれて、それに伴う損害の面を考慮に入れなかったからである。だから私は、小さな利益にとらわれると、大きな利益をそこなう。と言うのだ」と、付している。
 
 
 
 
 
兵 法 塾
 
教育が、知育・徳育・体育なら、罰は、知罰・徳罰・体罰があっても良い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

社会の「お茶の間」

 
 
 
社会の「お茶の間」
 
わが町・金沢 石川県
 
先日、北国新聞のコラム欄で、瀬戸内寂聴さんの記事を読んで深く考えさせられました。寂聴さんはお立場上、色々な方からのご相談を受けることが多いと思う。その中の「ある身の上相談の行方」をご紹介いたします。
 
五十代の女性からで、一人息子が大学を卒業し、就職活動に入ったが、ことごとく失敗し、ついに自信喪失から鬱状態になってしまい、夫も自分も、彼を宝のように余生の生きがいにしていた八十七の姑も、息をひそめるような暗い日々を送っていた。
ところがある日、何を考えたか、決然と出かけていった息子が、別人のように明るい表情で帰ってきて、自衛隊に行ったら、試験のあと、即、入隊の許可が出たという。昨日までのあの憂鬱な、息苦しそうな表情はどこへ行ったのだろう。
 
「私も、夫も、老姑も、その表情を見て、夢かと喜びましたが、次の瞬間、思わず申しあわせたように息子から目を伏せていました。誰よりも息子を愛していた姑がその場からそっと抜けていきました。心配して追っていった私の目に映ったのは、畳に濡れ雑巾のように小さい体を投げ打って、片手で激しく畳を打ちつづけながら、泣いている姑の姿でした。口からは「殺される。殺される」と、呻き声が聞こえました」。
 
 手紙は長く、その後、入隊した息子は元気さと明るさをいや増してきたとある。しかし東京で空襲を受け、身ひとつになり、夫はシベリアの土と化した過去を生き抜いてきた姑は、戦争を心底から憎み、自衛隊に入った孫は、やがて戦争にかり出され、戦死するだろうといいつづけ、ノイローゼになり、体力まで日増しに弱り、寝たきりになってしまったという。自衛隊に入る息子を止められなかった自分たち親が間違っていたのであろうかという相談に、私は自信のある返事が書けなかった。電話番号が手紙に書いてあったので電話して「しっかりした答えのできない自分の本心をうち明け、何よりも病気の老人をやさしく看とってくれるように」と話した。
 
 その後、今の政権は改憲を望み、憲法9条を変えたがり、自衛隊を軍隊にしょうとしている。老婆の危惧はすべて実現化してきた。彼女の愛孫は、われわれ国民がもっと必死になって力を合わせ、9条を守り抜こうとしない限り、やがて外国の戦争にかり出され、外国人を殺し、自分も外国人に殺される羽目になるだろう。とあった。
 
 
 
 
 
兵 法 塾
 
      教育が、知育・徳育・体育なら、罰は、知罰・徳罰・体罰があっても良い。
 
 
 
 
 
 
 
 

社会の「お茶の間」

社会の「お茶の間」
 
領土資料の保全強化を
 
 政府の「領土・主権をめぐる内外発信に関する有識者懇談会」は11日, 山谷えり子領土問題担当相に提言書を提出した。
 
 
島根県・竹島や沖縄県、尖閣諸島が日本の領土であることの主張を裏付ける資料の保全強化や、海外発信も可能な専門家育成の重要性を指摘した。
 
 
 
「本棚を整理していたら「正論」の創刊31年記念号(0411)が出てきた。開くと「編集者へ・編集者から」の欄に、「竹島について」島根県八束町の松本良博さん(県土・竹島を守る会・顧問)が掲載されていた。懐かしく再度読ませて頂いた。
 
「正論 編集者へ・島根県八束町 松本良博」
 
 当時、守る会の事務局長・梶谷満里子さんとは二、三度交流があったのですが、北方四島や尖閣諸島問題に駆られて疎遠になり、申し訳ありませんでした。歴史的なことは十年経つと希薄になるので、松本良博さんの稿を記載させて頂きます。
 
 島根県隠岐郡五箇村の「竹島」は、自衛権行使が出来る自衛隊が誕生する前の昭和二十七年(敗戦ボケで平和憲法に陶酔中)に、韓国に武力占領されました。
 
 昭和三十年代には、国会で誰か「竹島の領有権は」と質すと、時の首相が「竹島は日本固有の領土である」と答弁し、毎年同じ答弁が繰り返されていた。
 
 経済疲弊した韓国に「経済援助すれば韓国も素直に竹島を返すだろう」という甘い先送りの外交が大失敗。昭和四十年、日韓基本条約締結の際、有償無償五億ドルの大金を拠出し、その資金を基に韓国は経済発展を遂げたが、感謝の念も竹島変換の気持ちも無いばかりか、彎曲捏造された反日教育一辺倒です。
 
 政界の世代交代から、国会で「竹島領有権」主張が聞こえなくなって久しい。小さな無人島でも「竹島」は、山陰の漁民にとっては優良な漁場(今は近づけない)で、  
国家の安全保障でも生命線。いま地元島根では「竹島領有権をとりもどそう」という声が高まり、さらに強固な「県土・竹島を守る会」が構築された。とある。
 
「正論 編集者から」
 
「県土・竹島を守る会」に注目しています。
竹島は県土にして国土です。島根県民だけの問題ではありません。本誌が全国展開の橋渡しになれば幸いです。
 
 
    安心・安全・安定が、社会の「基本」です。ル−ルを守りましょう。
 
 
 

社会の「お茶の間」

社会の「お茶の間」
 
強国主導の覇権主義に「怒る人々」と、人間生命を尊重する「理念と方策」
 
いま、中東で、絶望的な「テロの抵抗」が頻発しているが、練達の兵士だけでなく、使命感に燃えた青年たちや、絶望的な「報復感情」にとらわれた人たちが実行しているといわれる。そして、無差別テロよりも酷い子供の殺戮が行われ、犠牲者の遺族、関係者らの怒りと悲しみに言葉はない。
 
なぜ、人を絶望に陥れるテロがやまないのか。理由は、偏狭な政治的イデオロギ−や、宗教的信念にとらわれてしまう人がいるからである。しかし、彼らがそのような信念に頼らなければ「自己の尊厳」を確保できないくらいに、政治への深い絶望があることも事実である。しかし、だからといって手段を選ばない「テロ抵抗」が正当化されるわけではない。「テロとの戦い」には、際限のない「報復合戦」があるだけだ。
 
1990年代、世界は社会主義や福祉国家の理念を捨て、経済的繁栄をもたらす唯一のメカニズムとして、超大国・アメリカが主導する資本主義経済に包含されていった。そして情報技術・金融システムの発展は、国家の思惑とは別に一般市民の経済的基盤や、生活様式から文化的嗜好まで、アメリカ・スタンダ−ドに変えていった。
 
物を買う・所有することの「欲求」は、文化的障害をやすやすとのりこえ、インタ−ネットの情報は、国家やマスメディアによる情報統制に風穴をあけ、世界の他人と自分を比べられる環境の中で、多くの人が持っているものを、持てるようになりたいという「消費欲求」が、資本主義の「活力」ではあるが、グロ−バルな世界で成功するのは一握りの「個人・企業・国家」だけである。
 
西欧でもアジア諸国でも、新自由主義経済によって社会階層の「格差」が増大している。グロ−バル化した経済において、企業は、低廉な労賃や潜在的市場を求めて多国籍化するので、先進国では産業の空洞化が発生し、職につけない若者が増大しつつある。産業が移転された国家群では経済が「離陸」するのであるが、短期間の急激な経済成長では一握りの成功者と、大量の低賃金労働者という「格差」が残ってしまう。一方、産業移転を受けない国家群では、権力者が、経済的富を国民や希少資源から得ようとし、内戦や、地域紛争を繰り返し、さらに国力を減じているのが「現状」である。
 
要するに、経済の「グロ−バリズム」は、富の一極集中と、庶民の相対的剥奪感を生じ、強国が主張する自由経済の「覇権主義」は、怒る人々を生み出す「要因」となっている。そして、中間層から中下層に地滑り的におちこんでいく階層が、国家に生活や自己の尊厳を保障してもらおうとする。そうした期待を背負った政治家が、保護主義的経済やナショナリズム的言辞により、雰囲気としての国民の「共同性」を演出している。これが先進国の現状である。途上国では、国家に期待できない人たちが、民族や宗教という「共同性」にすがるようになり、偉大なるものに「所属」することで、自己の尊厳を「確保」しょうという思想・行動は、偉大な理念のためには自分の命を捨て、他者の命を奪うことを命じる。日本では「歴史的経験」をふまえて、個人の尊厳と民主的な社会関係が「至高の価値」とされた。
 
しかし、昨今、自己承認・自己実現に耽溺する「個人」と、日本という、アイデンティテイ−形成を図ろうとする「政治的動き」が、極端に分化している。他方、日本国、日本経済という看板以外に「中身」がない自己では、個人の確立がなされていない。自己と世界との関係を冷静に見つめ、なお、「他者の苦しみや悲しみを、自己のものとする」ような感性や想像力を、どのように生み出していけるか。そして、対立しあうものとの間に、人が絶對に陥らないための「信頼関係」を、どのように「構築」していけばよいかを「考え」なければならない。
 
 
安心・安全・安定が、社会の「基本」です。ル−ルを守りましょう
 
 
 
 
 

社会の「お茶の間」

                                          社会の「お茶の間」
 
お陰さまで一応「目的」を果たさせて頂きました。永い間「協力」有難う御座いました。次の「新たな目的」にチャレンジしますので、宜しくお力添えを願います。
 
日本人の「伝統的な気骨」は「何処」へ行ったのか
 
「駄目なものは駄目」の精神風土
 
日本の社会は、経済的に「豊か」になったが、それとは逆に、日本人は「堕落」した。外国の顔色を見て外交、防衛、経済政策を決めるという、いまの「政治家」の貧しさは、現代日本人が、何か大切なものを「見失った」からではなかろうか。日本は、江戸時代から「教育を充実」させ、武士階層に限らず町人や農村の家庭でも「駄目なものは駄目」と屁理屈を許さない「精神風土」があった。
 
若者は「物質文明」に酔っている
 
道徳的にも、まず、「身を修め」、「家を治め」、しかるのちに「国を治める」。これは、「終身斉家治平天下」という「儒学の基本」である。いま、教えている「国語教育」は教育漢字、当用漢字などと「無意味な識別」をして効率だけを求め、伝統的な「国語」を「破壊」した。そのため、若者の一部では「デタラメ」な日本語を操り、薄っぺらな外国語の「前衛文化」に狂奔、伝統を壊している。生命以上の価値を認めず、物質文明に酔っている。
 
当時、誰もが「勤皇も天皇」も全く「知らない存在」だった
 
江戸の「儒学」は「朱子学」から「陽明学」へ、覇道より王道を求め、「知行合一」が、日本人の「美意識」の根底を形成する「哲学」として「確立」され、「忠誠心」の対象は、所属する藩であり、その先の対象は、徳川家でなく「勤皇」であった。だから徳川家の学問が「朱子学」で、皮肉にも「反徳川思想の拠点」となり、15代将軍慶喜は徳川家を「明治維新」で潰し「新しい日本」が始めて生まれた。それまで、多くの「日本人」は、「勤皇も天皇」も全く「知らない存在」であつたが、当時、日本人の「気骨」の基底には、「祖国防衛」と「国際情勢」に対する「鋭い感覚」が次第に芽生えていった。
 
国民こぞって「経済復興」
 
「国家とは何か」という「国家意識」が常にあつたからこそ、「国民全体」がまとまり「桜花の咲く国家」となり、強い「連帯感」と「危機意識」となって日清・日露戦争に勝てた。また、第二次大戦で連合軍と戦い「敗戦」を喫したが、戦後「廃墟の焼け野原」から「大和心」を失わず、みんなで「力」を合わせ、稀有の「経済復興」を成しとげた。
 
国家意識がなくなった
 
近代化・工業化とともに日本から「共同体意識」の源泉にあった農耕文化が希釈し、伝統的風景も村の祭りも衰え、農村が衰退し過疎が進み、他方で、都会に人口が集中、町がビルだらけで白くなり、全く、寒々として「国家意識」がなくなった。
 
「民主主義の暴走」と「物質万能主義信仰」
 
こうなると、伝統的な「精神」は衰退し「気骨」を失い、たとえば、中国、韓国の「内政干渉」にも「敏感に反応」しない国になって、精神の衰弱、腐敗、政治セクトの横暴がまかり通るようになる。こんな状況に成り下がったのは経済の繁栄がいきすぎ、自由の過剰、要するに、「民主主義の暴走」と「物質万能信仰」である。
 
「教養」とは、知識を超えた人間の「立ちい振る舞い」
 
「教養」とは、知識を超えた人間としての立ちい振る舞い、作法、文化の領域に及ぶ。戦後は、戦いに「負けた」が、日本人の「気骨」は残っていた。そして「文武両道」の「精神」は生きており「サムライ」がいた。「異論はある」と思うが、いまの財界人といわれる一部に、外国の「茶坊主」のように振舞っている人がいるが、これでよいのか。また、「問題がある」と思うが、昨今、教養のない政治家や外国の「代弁屋政治家」が国会を「占拠」し、この現状が「日本の将来」への「展望を暗く」している。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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