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パスポートやビザの必要がなかった。邦人は農民や青年開拓義勇団であろうと家族であろうと
入国時の荷物検査と入国申請書以外は必要なかったのである。
また、邦人は日本国籍を放棄して満州国籍をとるのに反対で立法化に反対運動をおこしました。
要は満州には満州国国民がいませんでした。独立国であるのに、植民地よりも酷い制度を
甘受したのである。台湾、朝鮮は全員日本国民の国籍を維持しました。この形態を進めたのは、
満州という独立国に無為進駐した関東軍の横暴横車の結果であろう。その精化朝鮮、台湾からは
多くの日本留学生が日本を学んでくれました。しかし満州からの留学生は極めて少ない
情勢でありました。満州国の軍隊にも多くの日本人が入隊していました。終戦間際のソ連の
だまし撃ちを迎えて、孤軍奮闘したのは満州軍でありました。関東軍はおおむねも抜けの空で
在満の関東軍といえば40歳を越す老齢者の集団でありました。中堅は全部、南洋方面に
戦争末期に輸送されて台湾とまりかバシー海峡(台湾の南の海)で撃沈されています。
満州に移住した邦人は満州国の国籍立法運動を起こして現地の国籍に入籍するのが当たり前
でありました。満州国皇帝にとっては憤懣やりきれない関東軍と日本高級官吏の政治参与であった
でしょう。
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こんにちは、これはよくご存じですね。
まったく同意です。
2010/4/4(日) 午後 10:01
ヒロシサマ:台湾、朝鮮の植民地化は避けることができない政治
変革の一過程で通らねばいけない筋でした。だが満州は清朝を夢見る
愛心覚羅薄儀を皇帝にして満洲化でなくて日本の属国にしたい悪夢を見ている関東軍と日本政府の思いのままの仮想国にしました。現在でもインドに亡命しているダライ・ラマ14世の位置はまさしく満州国
皇帝の心境とおなじでありましょうか?
2010/4/5(月) 午前 0:12 [ nachitakao ]
満州国に移住した日本国籍の人々は
国が消滅した後、他国の国民となり
後世の人々が日本に帰化したという
例は多いのでしょうか?
2019/3/14(木) 午後 9:28 [ MIYUKINEKO ]